Yahoo!ニュース

ASEAN国防拡大会議、米中の思惑――国連海洋法条約に加盟していないアメリカの欠陥

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

4日、「ASEAN10カ国+域外8カ国」の国防拡大会議があったが、合意に至らず共同声明は出されたかった。その背景には米中パワーの代理紛争を嫌うASEAN諸国と、米中の思惑がある。

◆共同声明見送り―――米中勢力争いに巻き込まれたくないASEAN諸国

3日からマレーシアの首都クアラルンプールで、ASEAN(10か国)国防相会議が開催されている。4日からはASEAN域外8か国(日本、アメリカ、中国、ロシア、オーストラリア、インド、韓国、ニュージーランド)が加わったASEAN国防拡大会議が開催された。

関心は、中国の覇権と、アメリカが南沙諸島で中国が造成する人工島の周辺12海里以内の海域に駆逐艦を派遣し航行の自由を主張したことに対して中国が反発するという対立に集まっている。

しかしASEAN諸国にとっては、実は非常に迷惑なことなのだ。議長国のマレーシアのヒシャムディン国防相は、「南シナ海における意図しない衝突を避けるための法的拘束力を持った連絡メカニズムの策定を急ぐことは重要であっても、あくまでも問題の平和的解決を求める声」が相次いだと述べている。また「ASEAN以外の国が、これ以上加わって、緊張を高めないでほしい」という苦渋もにじませている。

フィリピンはたしかにアメリカ軍の駐在を一定条件で認める方向で動いてはいるが、他のASEAN諸国は中国との利害関係が深い。「利害」というより、中国との友好的な経済関係なしに今後発展していくことには困難があることを知っている。

その結果、アメリカが望むような「中国を制裁する」形での共同声明を出すことはできなかった。

アメリカ、日本、フィリピン以外は、中国を制裁するような「南シナ海」とか「航行の自由」といった文言を盛り込んだ共同声明を出すことをいやがった。共同声明案は、3日のASEAN国防相会議ですでにその方向で出来上がっていたのだ。

フィリピンを除くASEAN諸国は、この根本姿勢を崩そうとはしなかった。

結果、アメリカ、日本、フィリピンの反対により、「中国に有利で、アメリカに不利な」共同声明発布は見送られたということだ。

◆アメリカは国連海洋法条約に加盟していない

アメリカは、あくまでも11月1日付の本コラム「南シナ海、米中心理戦を読み解く――焦っているのはどちらか?」に書いたように、大統領選で民主党が不利になりそうなのを防ぐために動いている。自らのプレゼンスを主張するため、という「お国の事情」がある。

もし本気で中国を制裁したいのなら、国連の場で戦えばいい。

国連には「国連海洋法会議」があり、また準拠する法律として、「国連海洋法条約」がある。そこには「人工島」に関しても明記してある。中国もこの条約に加盟しているので、平和裏にというか、「武力による威嚇」ではなく、「論理武装による討議」で多数決議決をして中国を屈服させればいいのである。特にオバマ大統領はノーベル平和賞を受賞しているのだから、「中国が国連海洋法に違反している」というのなら、なおさらのこと、そうすればいいのではないかと、誰しも思うだろう。

ではなぜ、アメリカは、そういう手段に出ないのか?

それは、何を隠そう、アメリカこそが、この国連海洋法条約に加盟していないからである!

なぜ加盟していないかというと(というよりも、なぜ最初は主導的立場にありながら脱退したかというと)、アメリカ企業にとって不利だからだ。海洋法を守ると、アメリカ企業による深海開発に不利だということから脱退し、今日に至っている。

そのアメリカが「国際法」をかざして武力的な威嚇をすること自体、本末転倒ではないだろうか?

日本政府は、「法の順守」と言いながら、法から逸脱して動いているアメリカに全面的に賛同している。

それに対して、中国は1996年に加盟している。日本も同年、批准した(加盟した)。

◆中国のしたたかな戦略

中国が、南シナ海における行動を合法的とする法的基盤となっているのは、4月21日付けのの本コラム「すべては92年の領海法が分かれ目――中国、南沙諸島で合法性主張」に書いたように中国の領海法だ。

この領海法は、日本が1895年に閣議決定して日本の領土であることが明確になっている尖閣諸島を中国名「釣魚島」として、中国の領土としてしまった。明らかなルール違反である。

日本は瞬時に国際司法裁判所に提訴しなければならなかったが、何もしなかったのは、何度も書いてきた通りだ。しかし、いま現在、手がないわけではない。日本も中国も国連海洋法条約を批准しているので(加盟しているので)、国連海洋法会議で、違法性や不適切性などに関して指摘し、是正を求めるという方法が、まだ残っている。

しかし、アメリカは海洋法に関しては、自らが加盟していていないために、国連で討議しようとはしない。

こういった全体的な状況をASEAN諸国が理解しているのかどうかは定かでないが、中国は心得ている。

そしてこの中国もまた、自国の領海法に違法性があるのを知っているので、ひたすらASEAN諸国を懐柔する手法に出ている。

実は明日5日には、習近平国家主席は、最もランクの高い国事訪問(公式訪問)としてベトナムを訪問する。中国の中央テレビ局CCTVは、ベトナムの首脳らが、いかに熱烈に習近平国家主席の来訪を待っているかを、テレビが燃え上がるほどにくり返し報道している。

もちろんベトナム指導層の熱烈歓迎の言葉も数多く「肉声で」発信されており、とてもとても、ASEAN国防相会議で、中国を制裁しようなどというムードではないのである。

日本のメディアでは、フィリピンやベトナムなど少なからぬ国がアメリカとともに中国制制裁に動くだろうという(やや挑戦的ムードの)報道が散見されたが、いかがなものだろうかと思いながら、執筆をしながらBGMとして聞いていた。

中国のしたたかな外交の真相を深く知らないと、ミスリーディングをしてしまう危険性を孕んでいる。

アメリカが、大統領選のために仕掛けた「威嚇」は、ASEANでは、否定された格好だ。

アメリカともあろう大国が、習近平国家主席が翌日にベトナムを国事訪問するという「ビッグ・イベント」を控えている11月4日に、ASEAN国防拡大会議などを開いて、中国制裁の共同声明を出すことができると読んだのだろうか?

中国のしたたかさは、そのようなものではない。今回は、アメリカの誤算としか言いようがない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事