Yahoo!ニュース

コインチェック問題 CMに見る仮想通貨の「わからなさ」

河尻亨一編集者(銀河ライター主宰)
コインチェックのCMは公式サイトより削除された(1月28日)。(写真:アフロ)

コインチェック社が扱っていた仮想通貨「NEM(ネム)」の不正送金問題が取りざたされている。報道によれば、流出金額は580億円相当とも言われる。

ビットコインを始めとする仮想通貨は世界的にブームだ。つい先日、町を歩いていたとき、前からやってきたオフィス勤務風の女性二人が、大きな声で「ビットコインやってる?」みたいな世間話をしていてちょっと驚いた。

つまり、この1年くらいで仮想通貨はグッと身近な存在になりつつあるのだが、ブームのわりには「なんだかよくわからない」ところも多い。その難解な仕組みや不安定な値動きにもかかわらず、多くの人を引きつけるのはなぜだろう?

それはさておき、こういった未知の商品がブレイクするとき、CMの影響力は大きい。この記事を執筆している途中でも、「DMMビットコイン」や「ビットフライヤー」のテレビCMを目にした。参入企業が増し競争が激化するにつれ、CMもさらに増えていくことが予想される。

この記事では、近頃よく見かける「仮想通貨のCM」を表現の面から考察してみたい。それはどのように視聴者に届いているのだろう。

「なぜこの商品がいいのか?」が語られない謎CM

まずは物議を醸したコインチェック社のCMだ。

同社では昨年12月8日より、タレントの出川哲朗氏を起用したウェブ動画「兄さん知らないんだ篇」を公開、その後テレビでもCMをオンエアしていた。

不正送金発覚後の1月28日には公式サイトより動画を削除、テレビCMもオンエア中止となったようだが、一度公開したCMを完全に消し去ることは難しい昨今。ネットでは転載された動画を容易に見ることができる。

それはこういった内容のCMである。

「兄さん知らないんだ篇(30秒)」

(一人二役で"双子の兄弟"に扮した出川哲朗氏が、薄暗い洋風の応接室で向き合う。兄を問い詰める弟)

弟:なんでビットコイン取引はコインチェックがいいんだ? 兄さん

兄:……(無言)

弟:まさか……

兄:兄さんが知らないはずないだろ? 

弟:じゃ、教えてよ! なんでビットコイン取引はコインチェックがいいんだよ、兄さん……やっぱ知らないんだ!

(中略)

ナレーション:ビットコイン取引アプリNo.1。コインチェック

概ねこういったやり取りが繰り返されるだけなので、後半は一部省略させていただくが、それにしてもイマイチよくわからないCMだ。

なぜ、ビットコイン取引はコインチェックがいいのか? 肝心の答えが出演者のやり取りの中で明かされず、最後やや強引に「ビットコイン取引アプリNo.1」という情報だけが一方的に伝えられるからである。

何回も見ればわかるのか? と言えばそうでもない。逆に見れば見るほど謎は深まる。

先端のフィンテックを売りにする企業、それもアプリを用いたスムースな取引を謳うアプリのCMで、なぜこんな重厚なセットに、静かなオーケストラBGMなのか? なぜこの兄弟、上着はスーツなのに下は短パンなのか?

表現のディテールが凝っているだけに、メッセージの意味不明さが一層際立つ。企画と演出が噛み合ってない感触さえある。

これってCMとしてどうなんだろう? 高度な技術で作られた「わからない」ものを「わかりやすく」伝えることで興味を喚起するのは広告の重要な役割(ルール)ではあるが、「兄さん知らないんだ篇」はこのお約束を放棄しているかのようだ。

同社の公式リリースによれば、「ワードとしては聞いたことあるものの、その仕組みや詳細がまだまだ浸透していない『ビットコイン』の現状を彼らが代弁しているかのような作りになっています」とのことではあるが(ちなみに衣装は「昔の欧米風スーツ」とのこと)、このリリースを読む人はCMを見る人に比べて圧倒的に少なく、多くの視聴者・ユーザーにとって「そんなこと知ったこっちゃない」。

当CMについてはリリース直後より「イラっとくる」といった声がSNSなどに投稿され、折り悪しく年末のビットコイン暴落などの影響もあり、なぜか出演タレントが叩かれるという事態も生じていたようだ。

実はほぼだれもわかってない? 仮想通貨のそんな現状がCMに映ってる

その原因の一端は、この「わからなさ」にある。

「わからない」こと自体は、CMの打ち方によっては実は効果的である。実際、長期にわたる大型キャンペーンなどでは、第1弾のCM(ティザー)で謎めいたメッセージを送り、視聴者の気を引いておいて、その後徐々に種明かしをしていく手法が採られることも多い。

もしかしたらこのCMも第2弾、第3弾では、もっと「わかる」ものになっていく予定なのかもしれない。

そもそも世間には、イマイチわからないCMなんて山ほどあり、「CMなんてそんなもんでしょ?」って声もあるだろう。

ハイテク金融商品をそのリスクも含めて15秒や30秒で説明せよということ自体、どだい無理なことかもしれず、CMをリリースする側もこ難しい解説はあえてせず、マスキャンペーンではまず社名やサービス名を覚えてよ、という思惑もありそうだ。

だが、広告する対象が高いリスクも伴う金融商品であることを考えると、これはやはり視聴者のメリットを考慮した表現とは言えないのではないか。取り方によっては、「わからなくてもいいから買え」というふうにさえ見えてしまう。

このなんだかモヤモヤする"わからなさ"は「DMMビットコイン」や「ビットフライヤー」のCMにもある。

「DMMビットコイン」のCM(リンクはYoutube公式)ではモデルのローラ氏が、「仮想通貨を知らないのに、知ってるフリをする人」を演じ、仮想通貨を「仮想通過」、ビットコインを「ピットイン」と勘違いする。このギャグというか、ボケ自体はわかりやすすぎるほどだが、こちらも広告されるサービスの特徴は、結局よくわからない。

一方、女優の成海璃子氏を起用した「ビットフライヤー」のCMは一昨年(2016年)の年末から複数バージョンがオンエアされている。

好感度は高いようで、ビットフライヤー社のYoutube公式チャンネルを見ると、再数回数100万回を超えている動画も複数あるが、基本的にはサービス名(社名)を連呼しながら歌って踊る内容で、これもやはりよくわからない。

あくまで現状の話ではあるが、仮想通貨のテレビCMはまるで仮想通貨の存在そのもののように「わからない」、あるいは「わからせようとしない」まま垂れ流しになっていると言えそうだ。

筆者は広告表現の規制に対して慎重な立場だが、ここまでの「わからなさ」「視聴者への不親切さ」が続くと、今後はそういった動きも顕著になって来るようにも思う。

折しも登録仮想通貨交換業者を正会員とする「日本仮想通貨事業者協会」が、広告取り扱いに関する要請を会員に行った(1月29日)。

「リスクの表示」「不適切な表現の使用禁止」など11か条からなる要請である。

だが、筆者にはこれまたイマイチわからない。リリースでは「不適切な表現」とあるが、じゃ、例えばどういった表現なら適切と同協会は考えているのだろう(現在、同協会に取材依頼をしており、協力が得られそうなら追記するか別稿の形でお伝えしたい)。

適切・不適切以前に、まずはもう少しCMを「わかる」ようにする必要性があると思うのだが(でないと、適切かそうでないのかさえ「わからない」)

「商品のどこがいいのか?」をわからせないまま世間に放り出されたコインチェック社のCMは、多くの人にとっていまだ「よくわからない」仮想通貨の現状を、結果的に社会に"広告"するものとなった。若い企業が思い切ってメディアにメッセージを投げかけてみたら、図らずもコインの"裏"が見えてしまった。

CMは経済の表層的存在ではあるが、それはときに社会や時代の深いところまで映し出してしまう。

(追記)

本稿執筆中の段階で、Facebookが仮想通貨の広告を認めない方針を打ち出した(1月31日の報道による)。こういった動きも注視したい。

編集者(銀河ライター主宰)

編集者、銀河ライター。1974年生まれ。取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を行う。カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルを毎年取材。訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』で第75回毎日出版文化賞受賞(文学・芸術部門)。

河尻亨一の最近の記事