スクエニ前社長が語る、変革期の経営・人事戦略【和田洋一×倉重公太朗】第4回
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コロナ禍が起こって以来、多くの会社が変化に追われています。しかし、新しいことを始めるときには、いつの時代も反対勢力との戦いがあるものです。これまでスクエア・エニックスの中で新規事業を立ち上げ、ビジネスモデルや社会制度を改革していった和田洋一さんは、どのようなステップを踏んで会社を変えていったのでしょうか。また、個人が変わるためには何をすべきでしょうか?
<ポイント>
・労働関連法規で足を引っ張られた経験
・使命とは『命を使う』こと
・リモートネイティブ世代をどのように教育すべきか
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■会社で新しい考え方を取り入れるには?
倉重:和田さんは、最終的にスクエニにも外部の力を取り込みました。外部の力を内部に取り込んでいくという考え方は、まさにダイバーシティーに必要だと思います。どういうことを意識していたのですか。
和田:新しいビジネスを立ち上げ、定着させるには、とにかく実績が出ないと皆は納得しません。命令するのはすごく簡単です。しかし、腹に落ちなければ本当にできないのです。銃口を突き付けて脅しても、できないものはできません。その泉をどうやってくみ出すかです。
新しいものについては、まず異色な人材をそろえてきます。私も一緒に前線に出ますが、既存分野で稼いでいる人たちは関心がありませんし、「どうせあいつらは潰れる」くらいにしか思っていません。
倉重:「何か変なことをしている」という感じですか。
和田:「変なの」と笑われます。実績を出さなければいけませんから、いくつか張ります。しかし、そのときに必ず社内にコンフリクトが出ます。「なぜ稼いでいないあちらがかわいがられて、給料も出すのか」と絶対に思うのです。あるいは「自分はこれほどプロジェクト予算を削られたのに」と怒りを覚え、僕がかばったとしても、水面下でいじめ、つぶそうとします。ですから隔離することが最初のステップです。隔離して成功例が出れば彼らも分かり始めますから、そのときに教えてあげます。それが第二段階。いきなり、「ほら、おまえらも分かっただろう」と言っても仲良くはなれません。
倉重:そこをどのように融合させるのですか。
和田:僕は知的好奇心をすごく大切にしていますから、スクエニカレッジを造り、開発以外の人間も全部動員しました。それはリーダーのパーソナリティーによりますから、飲み倒しても良いのです。個性によって手法は多様に考えればいいと思います。
倉重:実感として確実に成果が出ましたか。
和田:出ました。今やスクエニは完全にFree to Playで食べています。数字を見れば明らかです。
倉重:私も課金していますから、本当にそのとおりです。
和田:まず隔離して、実績が見え始めてから、両者をお見合いをさせる緩衝地帯を作ってあげました。その演出の仕方はトップのパーソナリティーや組織の土壌によって違います。
倉重:スクエニはたまたまカレッジだったのですね。
和田:1グループは、「密」に少人数の形にしました。
倉重:そこでお互いの価値観を分からせるというプロセスですか。
和田:分からせることができてきたら、今度は組織を一緒にします。これが第三段階。
最終的には組織を一緒にして、本業として運営します。
■労働関連法規は古過ぎる
倉重:そういった変革のプロセスの中ではいろいろな社員の方がいたと思います。皆が皆、うまく融合していい成果を出せたわけではなく、やはり分かってくれない、伝わらない、パフォーマンスが出ない方はいたかもしれません。
お読みいただいた『雇用改革のファンファーレ』にも、今の労働法の規制はすごく会社経営にとって厳しいと書いてありますが、実際に労働法の規制に引っ掛かってつらかったことや、なぜこれができないのかと思ったことはありますか?
和田:労働関連法規は想定している世界観が古過ぎます。
倉重:由来が工場法ですから。
和田:『女工哀史』の世界ですから、悪い資本家がかわいそうな田舎の女の子をいじめているという世界観です。さらに、「労働者のパフォーマンスは時間に比例する」という、間違った世界観でもあります。とにかく全体として古過ぎます。そのずれがあらゆるところに出るわけです。例えば「勤怠管理とは時間管理である。したがって残業代が出てくる」という具合に。また「金だけの問題ではないから」と衛生管理が取って付けたように出てきます。昇給昇進も、「給料を下げてはいけない」と言われたら上げられません。「絶対にクビにしてはいけない」と言われたら採用できません。出口を固くするから入り口が固くなってしまうのです。
倉重:まさにそのとおりです。
和田:それから、「ゆりかごから墓場まで一企業内で完結しなさい」と、これも変な世界観です。
倉重:確かに、もはや一企業だけの話で雇用を考える時代ではありません。
和田:社会全体で、どうセーフティネットを持つかです。会社によっても成熟しているところとそうでないところがありますから、一律に全部自己完結せよ言われても無理です。
倉重:例えば、これからVRのゲームあるいは位置情報ゲームを作ろうといったときに、当然スクエニだけでできるような話ではありません。Googleの地図を借りたり、コロプラと一緒に開発したりして、いろいろな会社と共同作業をしていかなければいけません。1社で全部完結するなどという世界観は、もはやこれからは考え難いでしょう。
和田:会社という経済主体が前提となって、アライアンスだ何だと会社間のつながりが深くなっているのが現在の姿だと思います。もっと先に進んで、経済主体が会社ではなくなる世界観になるかもしれません。
倉重:これからは本当にそうなっていくのでしょうか。
和田:グループや個人そのものなど、いろいろ出てくると思います。かといって、いきなりフリーランスの世界観にだけ閉じ込めてしまうのもおかしい。その辺りを何とかしてあげなければ、ふん詰まり状態が続いてしまうでしょう。
倉重:まさに今は時代の変わり目です。
和田さんが今いらっしゃるのはベンチャーですか。
和田:今は6社ほど関わってしています。もっぱら若い人たちと付き合っていますから、公開、未公開を含めて基本的にベンチャー系です。
■使命とは『命を使う』こと
倉重:今の時代において意識されていることは何ですか。
和田:会社という一種の非常に固い殻が柔らかくなっていくでしょうが、それだけでは新しい価値にはなりません。内外における流動性、粘着性が出てこなければならないと思います。その際に、最小ユニットが個人なのか複数人になるのか、また、ユニット同士の関係がどうなって新しい価値を生み出していくのか、関係性自体が新たな主体に発展しうるのか、それらの解決を後押しする制度に関心があります。
倉重:どうやって社外の人と関わり、会社の組織ではないけれどもチームとなり、新しい価値を生み出していくかが鍵になってきそうですね。
和田:鍵になります。僕が手伝っている会社の一つにメタップスがあり、その子会社のメタップスペイメントでは社長をしています。この会社では、来年終わりからリモートを織り込んだ働き方を実行することにしました。目的はコスト削減ではなく、各人の時間を、つまりは機会を与えることです。その時間を勉強とネットワーキングに当ててもらいます。
倉重:通勤時間をもっと有効活用せよということですか。
和田:それも含まれます。
倉重:うちの事務所でも今年いっぱいフルでリモートをやりますが、すごく時間が増えたという感覚があります。
和田:ただ、よっぽど意志が強くなければ、その時間はぼーっとして終わってしまいます。
まだ新しい環境におけるロールモデルや文化が確立していませんから、自己管理だけに押しつけるのは無理があると思います。
倉重:働くベースになっている会社という殻も曖昧になり、外とどうつながるかが大事で、一つの会社にいるわけでもない時代になってきます。そういう中で、働く個人としてはどういう意識でいたらいいと思いますか?
和田:これは結構難しいです。僕などは大企業で訓練を受けていますから、経営もできましたし、今のノマド生活も楽勝です。ただ新卒からやってみろと言われると相当きついです。
倉重:リモートネイティブ世代をどう教育するかという話ですね。
和田:教育、創発的活動、信頼関係を築く事、この3つはリモートだけではしんどいと感じます。
どういうツールや、やり方で補完するのかはまだ分かりませんが、いきなり「リモートでやってみろ」ではなく、ある種のノウハウとセットで任せてあげないと振り落とされると思います。
倉重:最初の教育コストなどを誰が・どのように引き受けるのかという話ですね。
和田:そうです。雑にあたると、独立独歩できる人間以外は要らないという話になってしまいます。
倉重:私もコロナ前に独立しておいて良かったと思います。
これから独立だったら本当に大変でした。
和田:今年の新卒の方は、始まりの4月から会社へ行っていません。
「これから1人で生きろ」と言っても、それはかわいそうです。
倉重:それを何とかするのが大人の責任だと思いますが、あえてそういう人にアドバイスを送るとしたら、どうですか。
和田:残念ながら個人だけでは無理ですから、大人たちが新しい環境を用意してやらないといけないと思っています。
でも、心構えは言えるかもしれません。「おまえは何になりたいのだ」という質問はよくされますよね。たいていは、「会計士になりたい」「どの会社に入りたい」「マスコミがいい」など、会社か、職業か、業種で答えていました。
ところが、経済主体が会社という単位ではなくなると、この回答は無意味になります。これまでのような目標設定をしてしまうと、あっという間に迷子になってしまうはずです。自分はどういう状態が幸せなのかをきちんと自覚すべきだと思います。
倉重:むしろ、「どうありたいのか」、そこから逆算するのですか。
和田:そうです。どういう状態が幸せなのかを考えます。僕でしたら、人の役に立つことです。きれいごとではなく、人の役に立たなければ生きていても意味がない、生かせてもらえないと10代の時に思いました。
倉重:10代でそのようなことを思ったのですか。
和田:ある人が「使命は『命を使う』と読む」と言いました。「命を誰かに使われるのか、自分で使うのかであれば、自分で使いたい。では何のために使うのか。人の役に立ちたい」というすごく簡単な理屈です。
自分の特性を考えますと、健康ですし、飲み込みは早い方ですし、コミュニケーション能力もあります。そうしたら影響範囲は大きいほうが、より人の役に立てるだろうと思いました。それで先ほど言ったように外交官を目指し、経営者になりました。
まず「この状態が幸せだ」という自覚があって、その上で社会とどういう関わり方をしていくか。これは本当に真剣に見つめたほうがいいです。どれほどくだらなくても、赤裸々に見つめるべきです。
例えば、「どうしてもモテたい」ということは、人生目標としてはめちゃくちゃかっこ悪いです。しかしそれが本心なら、どれほど自分にうそをついても、どうせそこに戻ってしまいます。ダメと思うようなものであっても、早く気付いたほうがいいでしょう。
倉重:自分が何を好きか、最初はそのレベルでいいと思います。
和田:「立派な経営者になりたい」と言っているけれども、実は立派な経営者としてちやほやされる状態が嬉しいのかもしれません。あるいは、ちやほやされることに関心はなくて、お金が欲しいのかもしれません。それならば、目的のために経営者よりももっと効率良く稼げる手段を考えればいいですよね。
倉重:自分の持っている小さな好きや、これがいいなと思う気持ちをまず大切にすること、あるいはそれを見つけろということですか。
和田:そうです。自分が何者かをまず見つめるべきだと思います。
倉重:自分の中にありますからね。
和田:そうです。見つめてからでないと具体的にはなりません。
まず自分が何かを見つめて、動き始めることが大切だと思います。
倉重:私も、モテたい一心で司法試験を受けていた時期がありました。彼氏、彼女のいる人たちに「爆発しろ」と思いながら勉強していたのでよく分かります。最初の動機は何でもいいのですね。
和田:仮に最初の認識がずれていても、本当はこれがしたかったのだとだんだん分かってくると思います。
倉重:小さいところから自分は何が好きなのか、どうありたいのかを考えろということですね。
和田:そこから組み立てます。抽象的な話を先にしても理解しにくいでしょう。新しい枠組みがまだ提示されていません。そういう意味では僕の頃など楽でした。画一的だと言われていますが、何も考えなくていいのですから、型にはまってしまえば楽勝です。
倉重:これから先の世の中はどうなるか分かりません。
そういう意味では「自分はどうありたいか」を考えないと意味がないだろうと思います。
和田:結局ゴールはありません。人生は過程だと思います。
(つづく)
対談協力:和田洋一(わだ よういち)
1984年、野村証券入社。2000年、株式会社スクウェア入社。2001年にCEO就任。2003年から2013年まで株式会社スクウェア・エニックス(現スクウェア・エニックス・ホールディングス)CEO。社団法人コンピュータエンターテインメント協会会長、経団連著作権部会長なども歴任。現在は、メタップス、マイネット、ワンダープラネットの取締役、数社のアドバイザー等。