新型肺炎 中国で医療従事者1700人が感染、6人死亡 それでも礼賛を繰り返すWHO事務局長は変?
「医師は兵士、病院は戦場」人民日報
[ロンドン発]新型コロナウイルスが中国から世界に広がっている問題で、中国の国家衛生健康委員会は14日、中国国内で1716人の医療従事者が感染し、いち早く異変を医師仲間に知らせた武漢市の李文亮医師(34)ら6人が死亡していることを明らかにしました。
湖北省の医療従事者の感染は1502人にのぼり、まさしく「医師は兵士、病院は戦場」(人民日報)になっている実態を浮き彫りにしました。中国共産党の報道管制、情報統制が感染者と濃厚接触せざるを得ない医療従事者に感染を広げてしまったことは否定のしようがありません。
元世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長の尾身茂・独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)理事長は13日、日本記者クラブで行われた記者会見で中国を礼賛するWHOのテドロス・アダノム事務局長に苦言を呈しました。
エチオピア出身のテドロス氏は中国の武漢市や湖北省の初動の遅れが感染拡大を招いたのは明らかなのに「中国はよくやっている」と称賛を繰り返し、政治的に中立であるべきWHOの伝統と信頼を損ねています。尾身氏の発言は次の通りです。
「SARSの時、中国は意図的な情報非公開」
「2002~03年にSARS(重症急性呼吸器症候群)があった。それまで感染症は日本で言えば厚生労働省の管轄。SARSで香港などへの経済的なインパクトが強く、あれ以来、国際社会は厚労省の枠を超えて各国の首脳、外務大臣が同じことを繰り返すまいと強い関心を持つようになった」
「2003年から2年半はSARSと同じことをいかに繰り返さないかという議論しかWHOでは行われなかった。国際保健規則が改正され、決まったことが一つある。どうも普段と違うような状況があれば病原体や原因が分からなくてもすぐにWHOを通じて国際社会に報告することだ」
「中国もその議論に十分参加した。SARSの時は中国政府の意図的な情報非公開が半年間にも及び、WHOが2003年4月に香港や広東省への旅行延期勧告を出した。それに比べると今回、中国の習近平国家主席の対応は早かった。中国が一生懸命、本気でやっているのは間違いない」
「しかし中国はSARSを起こした同じ国。国際保健規則を巡る議論を湖北省の衛生担当者が知らないということはあり得ない。昨年12月初旬から(原因不明の感染例の報告が)もっとあったはずだ。初動が遅れたということについて中国はSARSで反省をしているわけだから」
「こういう全ての感染症の大流行に共通する要素は初動の遅れ。西アフリカのエボラ出血熱も現地にキャパシティーがなく、初動が遅れた。今回も武漢市があれだけの事態になったというのは明らかに初動の遅れがかなりの原因だった」
「テドロス発言はWHOトップとしては残念」
「テドロス氏から“中国はよくやっている。他の国のために一生懸命やっている。心から感謝しています”という発言があった。どこの組織にも欠点はある。WHOにも政治的な圧力はもちろんある。本部と地域の事務局長も選挙で選ばれているから各国の意向は理解している」
「WHOは基本的には健康を守るために設立されたテクニカルエージェンシー。政治的、経済的な考慮はしても最終的にはテクニカルに行くべきだ。1948年の設立以来、ずっとそれでやってきてテクニカルなところではこの組織は信頼できるという関係が確立されていた」
「テドロス氏の発言は、今の習近平氏はよくやっていますよ、ただし残念ながら武漢市の対応は遅すぎて国際社会は重く受け止めており、反省すべきですと、これぐらいは最低言わないとWHOのトップとしてはちょっと残念だ」
「WHO は各国の優秀な人材が周りを固めているから、テクニカルな勧告は彼の発言と違って、そんなめちゃくちゃなことはやらない。イメージが悪くなったので早く是正しないと。折角1948年から営々と築いてきた信頼感がなくならないよう早く軌道修正する必要がある」
「WHOはテクニカルエージェンシーとして各国の上にいるわけではないが、政治的中立の立場で言うべきことは言った方が良い」。尾身氏の指摘は筆者が想像していた以上に厳しいものでした。それだけ、初動の遅れでSARSに続き感染を拡大させた罪は重いというわけでしょう。
「中国の行いを認めて何が悪いのか」WHO事務局長
テドロス氏は新型コロナウイルスの感染拡大について「世界にとって非常に重大な脅威 」と警告する一方で、中国について「もし中国の並外れた対策が取られていなかったら、国外でもっと感染が拡大していただろう」と中国礼賛を繰り返してきました。
12日の記者会見でも「WHOは中国の面子を守るためよくやっていると称賛するよう中国政府から圧力を受けているのか」と質問され、テドロス氏は「全ゲノム配列決定の公開や武漢市封鎖など中国のしたことを認めて何が悪いのか」と反論しました。
世界全体で見ると感染者の99%が、死者の99.8%が中国本土に集中。中国本土では感染者の81%が、死者の95.4%が湖北省に集中しています。テドロス氏は「感染拡大防止のため都市を封鎖した武漢市は英雄的だとイギリスの理事は発言した」と言います。
事務局長選を争ったイギリスのデービッド・ナバロ元国連事務総長特別顧問は英紙フィナンシャル・タイムズに「テドロス氏は非常によくやっている。彼は中国と協力しなければならない。中国を非難しても何も始まらない。テドロス氏はボタンを掛け違えないよう必死だ」と評価しています。
テドロス氏は記者会見でこう続けました。「中国人女性がドイツから上海に戻った後に感染が判明した際、直ちにドイツに知らせて感染拡大を防いだ。われわれは真実を語る必要がある。中国がWHOに称賛を求める必要などない。習近平氏は自ら感染拡大防止の先頭に立っている」
「こうした政治的リーダーシップは称賛に値する。全ての加盟国が中国を称賛している。今は特定の国に烙印を押して非難している場合ではなく、力を合わせてウイルスと闘うことだ」
パンデミック(世界的な大流行)を防ぐには感染の99%を占め、情報量が圧倒的なエピセンター、中国の協力が欠かせません。大国になった中国を面と向かって非難するより持ち上げた方が賢明だというのがテドロス流のようです。
しかしWHO事務局長はやはり変?
テドロス氏は2017年7月にWHO事務局長に就任後、ジンバブエの独裁者ロバート・ムガベ大統領(当時、故人)をWHOの親善大使に任命。しかし国際的な抗議を受けて、すぐに撤回しました。世界保健総会にも中国の政治的な圧力を受け、3年連続で台湾を招待しませんでした。
権威主義的な支配と人権侵害で批判を集めているルワンダのポール・カガメ大統領が世界保健総会で医療政策の成功をアピールする基調演説を行ったこともあります。しかしWHO事務局長のとんでも発言は何もテドロス氏に限ったことではないようです。
米外交評議会のスチュワート・パトリック氏は外交雑誌フォーリン・アフェアーズのブログで次のような懸念を示していました。「香港出身のマーガレット・チャン前事務局長は北朝鮮の医療制度は医療スタッフが不足していないため、多くの途上国の羨望の的だと話したことがある」
「結局のところ、WHOの意思決定は自由を制限する恐れがある加盟国主導のプロセスだ」とパトリック氏は指摘します。
大型爆撃機を台湾領空に接近させる中国人民解放軍
新型コロナウイルスの流行で台湾はWHO加盟国ではないものの、リアルタイムの情報を入手できるようオンラインを通じて会合への参加を認められました。しかし台湾は世界から中国の一部とみなされ、航空便がキャンセルされるなど大きな経済的な打撃を受けています。
この最中、中国人民解放軍の戦闘機は台湾領空への接近を繰り返しているため、再選を果たしたばかりの蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は「軍事的に国を脅かすより、武漢ウイルスと闘え。大型爆撃機H6では新型コロナウイルスと闘えない」と反発しています。
貿易赤字を減らすため中国に貿易戦争を仕掛けたトランプ米政権は新型コロナウイルス対策を進めるため米疾病予防管理センター(CDC)や1億ドルの支援を提案。WHOやCDCの関係者の受け入れを渋っていた中国も今月8日にようやく支援受け入れに動き始めました。
テドロス氏の出身国エチオピアへ一番多く直接投資している国は中国で、昨年全体の約6割を占めました。習近平氏が国家主席に就任してから劇的に国連への拠出金も増やしています。エチオピアだけでなく国連機関も中国の影響力には抗えなくなってきているのが現実です。
【これまでの経過】
2019年12月1日、感染源とみられる華南水産卸売市場(武漢市)に出入りしていない肺炎患者を武漢市金銀潭医院が発見していた(2020年1月24日に同病院胸部外科の首席医師が医学誌ランセットで発表)
12月8日、武漢市が新型肺炎患者を報告
12月下旬、武漢市内の複数の病院に連日、発熱などを訴える市民数百人が詰めかける
12月30日、武漢市衛生健康委員会が2つの文書で新型肺炎患者が華南水産卸売市場で見つかったため、医療施設はリアルタイムで患者数を把握して治療に当たり報告するよう指示
・李文亮医師がメッセンジャーアプリのウィーチャット・グループで同級生の医師ら約150人と患者の診断報告書を共有し、「華南水産卸売市場で7人のSARS患者を確認」と発信して治療に当たる際、注意するよう呼びかける。後に新型コロナウイルス肺炎と判明
12月31日、武漢市衛生健康委員会が「27人が原因不明のウイルス性肺炎にかかり、うち7人が重症。人から人への感染はまだ見つかっていない」と発表
・中国がWHOに武漢市で新型肺炎が発生していることを報告
2020年1月1日、華南水産卸売市場を閉鎖。2日に清掃や消毒を実施
・武漢市公安当局が「ネット上に事実でない情報を公表した」として李文亮医師ら8人を処罰したと発表
1月5日、中国当局がSARS再流行の可能性を否定
1月6~10日、武漢市人民代表大会
1月7日、WHOによると、中国当局が新型ウイルスを検出。新型コロナウイルス(2019-nCoV)と名付けられる
1月9日、中国疾病予防管理センター(中国CDC)が新型コロナウイルスの全ゲノム配列決定を公表
・中国国営中央テレビ(CCTV)が武漢市で新型コロナウイルスが確認されたと報じた
1月11日、中国当局は初の死者(61)を発表。華南水産卸売市場で買い物をしていた男性で、1月9日に死亡
1月11~17日、湖北省で人民代表大会
1月13日、WHOがタイで女性の感染者を報告。中国国外では初の感染者で、武漢市からやって来た
1月14日、WHOが記者会見で、武漢市で新型コロナウイルスが検出されたと認定
1月15日、日本で武漢市滞在歴がある肺炎患者から新型コロナウイルスを確認。日本国内1例目。6日に受診した際、報告あり
1月16日、武漢市で2人目の死者
1月17日、アメリカの3つの空港で武漢市から到着した乗客のスクリーニングを開始
1月18日、伝統行事「万家宴」が開かれる
1月19日、SARSが流行した当時、広東省で広州市呼吸器疾病研究所の所長を務めていた鐘南山氏(83)が新型コロナウイルス専門家チームのリーダーになり、武漢市金銀潭医院を訪れる。武漢市疾病予防管理センター(武漢CDC)も状況を把握し、国家衛生健康委員会が緊急会合
1月20日、鐘南山氏が「現在の統計によると、新型コロナウイルス肺炎は確実に人から人に感染している」と発言し、皆が初めて新型コロナウイルス肺炎の深刻さに気付く
・中国で3人目の死者
1月22日、WHOが新型コロナウイルス肺炎の流行で初の緊急委員会(23日も継続)。「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」との結論には至らず。委員間で意見が対立
1月23日、1100万人都市の武漢市を閉鎖。中国当局が中国で最も大切な祝日、春節(旧正月)の関連イベントを中止
・WHOが中国国外では人から人への感染を認める証拠がないと発表
1月24日、中国が武漢市で1000床の臨時病院の建設開始
1月25日、湖北省で集団隔離された都市の人口は合わせて5600万人に
1月26日、WHOが新型コロナウイルスのリスクを「穏健」ではなく「高い」と変更
1月28日、習近平氏とWHOのテドロス氏が北京で会談
1月30日、WHOが緊急事態宣言
2月1日、李文亮医師がミニブログサイト新浪微博で新型コロナウイルス肺炎と診断されたことを明らかにする
2月2日、フィリピンで死者。武漢市から来た男性で、中国国外では初
2月4日、人民日報が「中国共産党政治局常務委員会が3日の会議で明らかになった欠点や不足への対処能力を高めることを確認した」と伝える
2月7日、李文亮医師が死去
2月11日、テドロス氏が新型コロナウイルスの病名を「Covid-19」と公式に命名。一方、国際ウイルス分類委員会コロナウイルス研究グループは新型コロナウイルスそのものについて、SARSの姉妹種「SARS-CoV-2」と名付ける
2月13日、中国共産党が湖北省と武漢市のトップを更迭
2月14日、中国国家衛生健康委員会が国内で1716人の医療従事者が感染し、6人が死亡していることを発表
(おわり)