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「私にジェンダーバイアスは無い」と断言する人は危い 公平な評価に必要な思考とは? 

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
東京レインボーパレードより(写真:アフロ)

 ジェンダーを巡る問題が社会を賑わし続けている。これだけ騒がしているのになぜ社会は変わらないのか。こんな思いを抱いている人も多いだろう。その答えとまでは言わないが、考えるヒントが詰まった一冊がイリス・ボネットによる『WORK DESIGN(ワークデザイン)行動経済学でジェンダー格差を克服する』だ。

あなたは性別で差をつけずに公平に人を評価できますか?

 「あなたにジェンダーバイアスはありますか?」「あなたは性別の差をつけずに公平に人を評価できる人ですか?」と聞かれたとしよう。どう答えるだろうか。「そんなものはない。公平な評価はできる」と即答する人こそ、本当は危ういということを本書は教えてくれる。

 ボネット自身も男性保育士に息子を預けようとしたときに、保育士が男性であったことに反射的な拒絶感を抱く。人は誰もがバイアスとは無縁ではないし、認知の仕方には様々な癖がある。ただし、それは差別をするのは仕方ない。だから解決は難しいということを意味しない。人の意識を変えることは難しいが、行動は変えることができるからだ。

公平な採用、決め手はたった一枚のカーテン

 冒頭に示されたエピソードが象徴的だ。アメリカ5大オーケストラで演奏する女性はほんの40数年前まで5%に過ぎなかった。いまは35%以上になった。ちなみにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は1997年まで女性は一人もいなかった。

 なぜ増えたのか。この期間で女性の演奏技術が飛躍的にあがったから? 社会的な意識が高まったから? 答えはいずれも否である。

 採用試験の方法を変えただけだ。デフォルトを変更し、審査員と演奏家の間にカーテンなどで隔てて、誰が演奏しているかを見えないようにする。たったこれだけで、採用は変化した。彼らは音楽的な技術を評価していたつもりで、誰が演奏しているのかをチェックしていたことになる。

 音楽家の意識に訴えるよりも、採用のデザインを変える。これだけでバイアスの影響は低くなり、より公平な採用が可能になったのだ。審査する側の意識を変えるより、選考過程の「デザイン」を変えることでフェアな審査へと行動が変わっていった。

なぜダイバーシティ研修は意味がないのか?

 彼女は本書の中で、ジェンダー差別解消のために導入されている企業のダイバーシティ研修の効果は低いと指摘する。理論的な背景は本書に詳細に記述されているが、重要なのは「免罪符効果」の指摘だ。

 人は望ましい行動(この場合は研修を受けて、差別を認識する)を取った後に、免罪符(研修を受けたのだから!)を与えられたと感じ、元々男女差別意識を持っていた人は、さらに差別的な行動を取る可能性が高まるという。

 筆者にも思い当たるシーンがいくつもある。普段は偉そうに多様性の尊重やら、女性差別問題で声をあげよう訴えるメディア業界の人たちが、いざ自分の組織になると、書いている「理想」と正反対の行動を取る。研修を受けていたにも関わらずだ。彼らが綺麗な言葉を吐き、理想論を書くことで、自分に免罪符を与えていたと考えれば言動不一致も理解できる。

 ではどうすべきなのか。本書のなかには変革のヒントがいくつもある。例えば、イギリスのケースだ。企業の女性取締役を増やしたいときにどちらのメッセージが効果的か。

「まだ取締役における女性比率は10%に過ぎない」

「すでにFTSE100構成企業の94%以上の企業に女性取締がいます」

 同じデータを使っても重点を置く数字をどこに置くかで、メッセージの伝わり方は変わる。後者のほうが効果的なのだ。人は誰もがやっていないなら、と自分の行動を正当化しがちだ。逆にみんながやっているとなると、合わせなければと同調し、これが変化につながる。

 研修から能力構築へ、直感からデータと仕組みづくりを大切にした人材マネジメントへ、職場と学校は競争環境を不平等から平等なものへ、ダイバーシティは「数合わせ」から「成功の条件づくり」へ。これが彼女が必要と訴えるものである。

 「意識が低い」「意識を変えよう」という批判は大事ではあるが、それだけでは社会は変わらない。意識ではなくデザインを設計する行動にこそ可能性があることを本書は膨大なデータとともに教えてくれる。大きな変化を起こすきっかけになるのは、ちょっとしたものである。

(初出:光文社「本がすき。」を元に加筆・修正)

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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