【駅の旅】八ッ場ダムに沈んだ名湯・古くて新しい温泉は今?/JR吾妻線・川原湯温泉駅(群馬県)
800年の歴史の名湯がダム湖に沈んだ!
群馬県の山間部にある川原湯温泉は、800年の歴史を持つ名湯だ。かつて、吾妻川の清流に沿って、温泉情緒が漂う静かな山峡のいで湯であった。だが、1952(昭和27)年に、首都圏の生活用水の確保と、利根川の氾濫を防止する目的で、大規模なダムを建設する計画が浮上。温泉街を含む周辺集落がすべて水没してしまうため、賛否両論が入れ乱れて、建設計画は難航。だが、紆余曲折の末に2020(令和2)年3月末にダムは完成した。
JR吾妻線も線路を付け替え、川原湯温泉駅は水没
この結果、JR吾妻線の岩島~長野原草津口間が2014(平成26)年に川をはさんだ旧線の南側に敷設された新線に切り替わり、温泉街と共に川原湯温泉駅もダムの底に沈んだ。
日本一短いトンネルは廃止され、今は観光用自転車トロッコが走る
廃止された区間には全長7.2メートルの、当時、日本一短い樽沢トンネルがあった。だが、このトンネルがある地点は水没を免れ、その後は観光用自転車型トロッコ「吾妻峡レールバイクアガッタン」のルートとして活用されている。(現在、冬季運休中)
また、新しいダム湖「八ッ場あがつま湖」には、この1月1日から湖を40分で一周する遊覧船が運航を開始したほか、夏から秋にかけては水陸両用バスが運行されている。
温泉街は高台に移転
川原湯温泉の温泉街にかつて20軒以上あった旅館は、水没に伴って高台に移転する宿と、そのまま廃業する宿に分れ、結局、残ったのは6軒だけだった。現在、温泉宿を含む集落は、かつての吾妻川の南側に移転し、その高台からは広大なダム湖を眺めることができる。昔の温泉情緒は失われてしまったが、日本一新しい温泉街として生まれ変わったのである。
そのうちの1軒、「山木館」は350年以上の歴史を持つ老舗旅館。かつて吾妻川の渓流を見下ろす位置にあり、ムササビの来る宿として知られていた。そして宿のシンボルが水車で、以前は露天風呂の脇にあったが、現在は玄関前に移設されている。
温泉の中心は昔も今も「王湯」
共同浴場「王湯」は、その昔、源頼朝が開いた湯と伝えられており、源氏の紋「笹りんどう」が掲げられている。王湯に湧き出ている源泉が、川原湯温泉の各旅館に引かれている。硫黄の匂いが漂う露天風呂からは、木々の向こうにダム湖の姿を眺めることができる。また、毎年1月20日の早朝に行なわれる奇祭「湯かけまつり」は、ここが舞台となる。この「王湯」も高台に移転された。
特急が通過となり、無人駅になってしまった川原湯温泉駅
だが、この温泉を訪れる人の多くはマイカーでやって来るため、吾妻線を利用して川原湯温泉駅で降りる客は極めて少ない。かつて停車していた上野からの特急「草津」は2017(平成29)年春からすべて通過となり、昨年4月から無人駅になってしまった。せっかく近代的な駅舎を新築し、特急が停車できる長いホームがあるのに、あまりにも寂しい駅の風景であった。