Yahoo!ニュース

【駅の旅】八ッ場ダムに沈んだ名湯・古くて新しい温泉は今?/JR吾妻線・川原湯温泉駅(群馬県)

800年の歴史の名湯がダム湖に沈んだ!

 群馬県の山間部にある川原湯温泉は、800年の歴史を持つ名湯だ。かつて、吾妻川の清流に沿って、温泉情緒が漂う静かな山峡のいで湯であった。だが、1952(昭和27)年に、首都圏の生活用水の確保と、利根川の氾濫を防止する目的で、大規模なダムを建設する計画が浮上。温泉街を含む周辺集落がすべて水没してしまうため、賛否両論が入れ乱れて、建設計画は難航。だが、紆余曲折の末に2020(令和2)年3月末にダムは完成した。

計画から68年、紆余曲折を経て八ッ場ダムが完成し、広大なダム湖「八ッ場あがつま湖」が出現した。
計画から68年、紆余曲折を経て八ッ場ダムが完成し、広大なダム湖「八ッ場あがつま湖」が出現した。

 JR吾妻線も線路を付け替え、川原湯温泉駅は水没

 この結果、JR吾妻線の岩島~長野原草津口間が2014(平成26)年に川をはさんだ旧線の南側に敷設された新線に切り替わり、温泉街と共に川原湯温泉駅もダムの底に沈んだ。

水没した旧川原湯温泉駅は、吾妻線で最後まで残った木造駅舎だった。(2006年1月撮影)
水没した旧川原湯温泉駅は、吾妻線で最後まで残った木造駅舎だった。(2006年1月撮影)

日本一短いトンネルは廃止され、今は観光用自転車トロッコが走る

 廃止された区間には全長7.2メートルの、当時、日本一短い樽沢トンネルがあった。だが、このトンネルがある地点は水没を免れ、その後は観光用自転車型トロッコ「吾妻峡レールバイクアガッタン」のルートとして活用されている。(現在、冬季運休中)

岩沢~川原湯温泉間にあった、全長7.2メートルの樽沢トンネルを行く特急「草津」(2006年撮影)
岩沢~川原湯温泉間にあった、全長7.2メートルの樽沢トンネルを行く特急「草津」(2006年撮影)

 また、新しいダム湖「八ッ場あがつま湖」には、この1月1日から湖を40分で一周する遊覧船が運航を開始したほか、夏から秋にかけては水陸両用バスが運行されている。

温泉街は高台に移転

 川原湯温泉の温泉街にかつて20軒以上あった旅館は、水没に伴って高台に移転する宿と、そのまま廃業する宿に分れ、結局、残ったのは6軒だけだった。現在、温泉宿を含む集落は、かつての吾妻川の南側に移転し、その高台からは広大なダム湖を眺めることができる。昔の温泉情緒は失われてしまったが、日本一新しい温泉街として生まれ変わったのである。

老舗旅館の山木館は、ダム建設に伴い、352年間の歴史ある旧館から高台の新館に移転した。
老舗旅館の山木館は、ダム建設に伴い、352年間の歴史ある旧館から高台の新館に移転した。

 そのうちの1軒、「山木館」は350年以上の歴史を持つ老舗旅館。かつて吾妻川の渓流を見下ろす位置にあり、ムササビの来る宿として知られていた。そして宿のシンボルが水車で、以前は露天風呂の脇にあったが、現在は玄関前に移設されている。

山木館のシンボルの水車は、移転後も回り続ける。
山木館のシンボルの水車は、移転後も回り続ける。

温泉の中心は昔も今も「王湯」

 共同浴場「王湯」は、その昔、源頼朝が開いた湯と伝えられており、源氏の紋「笹りんどう」が掲げられている。王湯に湧き出ている源泉が、川原湯温泉の各旅館に引かれている。硫黄の匂いが漂う露天風呂からは、木々の向こうにダム湖の姿を眺めることができる。また、毎年1月20日の早朝に行なわれる奇祭「湯かけまつり」は、ここが舞台となる。この「王湯」も高台に移転された。

移転前の大湯。源氏の笹りんどうの紋章が、誇らしげに掲げられていた。
移転前の大湯。源氏の笹りんどうの紋章が、誇らしげに掲げられていた。

高台に移転された現在の大湯。ダム湖を見下ろすことができる。
高台に移転された現在の大湯。ダム湖を見下ろすことができる。

特急が通過となり、無人駅になってしまった川原湯温泉駅

 だが、この温泉を訪れる人の多くはマイカーでやって来るため、吾妻線を利用して川原湯温泉駅で降りる客は極めて少ない。かつて停車していた上野からの特急「草津」は2017(平成29)年春からすべて通過となり、昨年4月から無人駅になってしまった。せっかく近代的な駅舎を新築し、特急が停車できる長いホームがあるのに、あまりにも寂しい駅の風景であった。

川原湯温泉駅を通過する上野行の特急「草津」。ホームには、今も特急停車位置の案内表示が残されている。
川原湯温泉駅を通過する上野行の特急「草津」。ホームには、今も特急停車位置の案内表示が残されている。

【テツドラー田中の「駅の旅」㉔/JR東日本/吾妻線・川原湯温泉駅/群馬県長野原町大字川原湯】

1955年神戸市生まれ。本名は田中正恭。生来の鉄道ファンを自認し、1981年国鉄全線、2000年国内鉄道全線走破のほか、シベリア、カナダ、オーストラリアの横断鉄道など、世界27カ国を鉄道旅行。主な著書は『消えゆく鉄道の風景』『終着駅』(自由国民社)、『夜汽車の風景』(クラッセ)、『プロ野球と鉄道』(交通新聞社)など。TBS『マツコの知らない世界』、文化放送『くにまるジャパン極』等にゲスト出演。雑誌寄稿多数。その他、離島めぐり、プロ野球観戦、地酒、エスニック料理など多趣味な人生を送る。2018年10月〜2023年3月までyahoo クリエイターズプログラム・ショート動画に259篇投稿。

テツドラー田中の最近の記事