朝ドラ『虎に翼』のスタートダッシュで、伊藤沙莉が見せた秀逸なヒロイン像
4月と10月の改編期、NHK朝ドラの新たなヒロインと出会います。
女性であることは分かっていますが、毎回「どんな人なんだろう、どんな人生を歩むんだろう」と興味と期待がふくらみます。
最近は実在の人物をモデルとした主人公が続いていますね。『らんまん』は男性でしたが、植物学者の牧野富太郎。『ブギウギ』では歌手の笠置シヅ子でした。
モデルは三淵嘉子(みぶち よしこ)
そして今回の『虎に翼』は、三淵嘉子がモデルです。
牧野富太郎や笠置シヅ子と比べると、誰もが「ああ、よく知ってるよ」という人物ではありません。しかし、なかなか凄い女性なのです。
大正3年(1914)生まれの嘉子は、昭和13年(1938)に現在の「司法試験」に合格。太平洋戦争が始まる1年前、昭和15年(1940)に日本初の女性弁護士の一人となります。
戦後は、まだ占領期の昭和24年(1949)に裁判官(判事補)。日本でテレビ放送が始まる前年、昭和27年(1952)に初の女性判事。
そして、「あさま山荘事件」が起きた昭和47年(1972)には、初の家庭裁判所所長に就任しました。
司法界の「ガラスの天井」を次々と打ち破っていった嘉子の軌跡は、戦前・戦後を貫く「試練の女性史」でもあるのです。
とはいえ、実際の嘉子の人柄がどうだったのかはともかく、「初の女性弁護士」「初の女性判事」と言われると、ちょっと怖そうというか、堅そうというか、ややひるんでしまいそうな感じになりませんか?
ヒロインの強い「個性」と「協調性」
このドラマでは、嘉子をモデルにしたヒロインは猪爪寅子(いのつめ ともこ)。
演じるのは、伊藤沙莉さんです。朝ドラでは、『ひよっこ』(2017年)での安部米店の娘、さおりが印象的でした。
また同じNHKのドラマ10『これは経費で落ちません!』(2019年)も記憶に残っています。主人公の森若沙名子(多部未華子)が所属する経理部の同僚、佐々木真夕。
どちらも、沙莉さんにしか出来ない個性的な役柄であり、女性の妬みやそねみもユーモラスに演じて見事でした。
スタートしたばかりの『虎に翼』でも、沙莉さんが演じることで、「初の女性弁護士・判事」から来る、堅苦しいイメージのヒロインにはなっていません。
世間の常識が、まだ「女性の幸せは結婚にあり」だった時代。自己主張する女性が疎(うと)まれていた時代に、寅子は自分なりの幸福を求めていきます。
納得がいかない事態や言動に接したときに、寅子が発する「はて?」という疑問の声は、彼女の生き方の象徴とも言えるでしょう。
強い「個性」を持ちながら、周囲を巻き込む「協調性」もそなえている。芯は強いのですが、どこか大らかな寅子のキャラクターを、沙莉さんは全身で表現しています。
極端なことを言えば、伊藤沙莉という主演俳優を得たことで、今回の朝ドラの成功は半分約束されたのではないか。そんな予感を抱かせてくれる立ち上がりでした。