2020年は「13万人」が死傷 違法性の高い労災でも「自己責任」の現実
昨年は「過去最少」でも、802人が労災で死亡
4月30日、厚生労働省が2020年1月から12月までを対象とした「労働災害発生状況」 を発表した。この報告は、厚労省が労災の件数や傾向を分析し、毎年この時期に公表しているものだ。
先日、この報告にもとづいて、新型コロナウイルスへの感染による2020年の労災が年間6041人だったという報道がされていた。新型コロナウイルス感染も、業務上であれば労災が認定されることは、もっと知られるべきである。一方で、通常の労災、特に事故の件数や実態については、あまりマスメディアで報道されることもなく、イメージが湧かない人も多いだろう。
2020年版「労働災害発生状況」によると、同年の労災による死者数は802人。休業4日以上の労災被害を受けた死傷者数は13万1156人にものぼる。1日あたり2人が労災で死亡し、360人が労災による負傷や病気に遭っているという計算だ。これでも統計上、死亡者数は「過去最少」の人数であるという(ちなみに、過去最高は1971年の6712 人である)。
一体どのような労災の事例が多いのだろうか。労災を減らすために労働者には何ができるのだろうか。厚労省の発表を元に、企業の法的責任という観点から解説してみたい。
死傷者数、死亡者数ともに多い「墜落・転落」、「はさまれ・巻き込まれ」
労災事故の具体的な類型として、2020年版「労働災害発生状況」から死傷者数の多い上位4つを挙げると、次のとおりだ。
1位 転倒 3万929人(うち死亡者数28人)
2位 墜落・転落 2万977人(うち死亡者数191人)
3位 動作の反動・無理な動作 1万9121人(うち死亡者数なし)
4位 はさまれ・巻き込まれ 1万3602人(うち死亡者数126人)
死亡者数でみても、高所から労働者が落下する「墜落・転落」は1位、機械の操作中の事故である「はさまれ・巻き込まれ」は3位である。労災事故の中でもこの2つが、死者数・死傷者数という観点からは、特に被害が大きい事故のパターンであることがわかる(死亡者数の2位は「交通事故」の164人)。
そこで、2020年に起きた労災事故で、公表・報道されている「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」から、いくつか実際の例を見てみよう。
「墜落・転落」の例1:作業床から転落死
ソーラーパネル設置工事現場において、地上から高さ3メートルの作業床の端で、労働者が足場板を地上に下ろす作業を行っていたところ、墜落して亡くなった。
高さ2メートル以上の作業床の周囲に義務付けられている、囲いや手すりなどを設置するか、防網を貼って墜落制止用器具を使用させるなどの墜落防止措置が講じられておらず、労働安全衛生法第21条、労働安全衛生規則第519条(開口部等の囲い等)に違反した疑いで、太陽光発電工事会社と責任者が書類送検されている。
「墜落・転落」の例2:屋根を踏み抜いて墜落死
建設会社の倉庫屋根の修繕工事現場で、60代の男性労働者が、台風被害のために割れた屋根のスレート素材の張り替え作業をしていた際、屋根を踏み抜いて高さ約6メートルから墜落して亡くなった。
スレート素材の屋根の上での作業に義務付けられている、幅30センチ以上の歩み板の設置、防網を張るなど、踏み抜きによる危険を防止するための措置を講じなかったとして、労働安全衛生法第21条、労働安全衛生規則第524条(スレート等の屋根上の危険の防止)に違反した疑いで、建設会社と現場責任者が書類送検されている。
「はさまれ・巻き込まれ」の例1:機械調整中に挟まれて死亡
食品製造会社の工場で、工場内のプラスチック製容器を洗浄する機械の不具合が起きたため、機械内で修復作業に当たっていた30代の男性労働者が、容器と機械の内壁の間に頭や上半身を挟まれて亡くなった。
機械の調整作業を行う場合に、機械の運転を停止させなかったとして、労働安全衛生法第20条、労働安全衛生規則第107条(掃除等の場合の運転停止等)などに違反した疑いで、同社と責任者2名が書類送検された。
「はさまれ・巻き込まれ」の例2:機械の安全装置が動かず指を切断
金属加工会社の工場で、プレス機械を用いて労働者が金属加工作業を行っていたところ、プレス機械の光線式安全装置(危険な箇所に身体の一部などが接近したことを光センサーによって検知し、プレス機械を停止するための安全装置)の切替えスイッチが「無効」に設定されており、光線式安全装置が稼働しない状態になっていたため、指を挟まれて切断する重傷を負った。
プレス機械の切替えスイッチが切り替えられた状態にあっても、安全装置が稼働するようにするなどの安全措置が講じられていなかったとして、労働安全衛生法第20条、労働安全衛生規則第131条第2項(プレス等による危険の防止)に違反した疑いで、同社と代表取締役が書類送検された。
こうした事件が、実に年間約3万5000件も起きている。そのうち被害者が命を落としてしまったのは約300件にのぼる。死亡していなくても、そのほとんどのケースにおいて、被害者が体の一部を動かせなくなったり、指や腕を切断したりする後遺症を負ってしまっているであろうことは、想像に難くない。
厚労省は長年にわたり労災防止に取り組んでおり、事故件数の減少という意味では、一定の改善の成果が出ている。しかし、まだ依然として数が多いことは否定できない。
どうしたら、労災事故をもっと減らしていけるのだろうか。そのための視座として、労災事故と法律違反という観点について説明しておきたい。
「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」の影に労働安全衛生法違反あり
実は、上に紹介した「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」の二つは、ともに「企業の法的責任」が認められやすい事故であるという特徴がある。
そもそも、労災が認定されるということは、業務上の事故であったことが国に認定されたということである。そして、労働災害と認定された場合には、国の労災保険が適用され、被害が「一部」補償される。この「一部」というのが重要で、場合によっては企業にさらなる補償を請求できる。死亡災害や身体欠損の場合、この追加分の保障額はかなりの高額になる(なお、効果的な請求方法については後述する)。
とはいえ、労災認定だけでは、企業の法的責任が認められる根拠になりうるが、それだけで企業の責任が直ちに認められるとは限らない。実際、偶然的な条件や、本人のミスの影響が大きい労災事故もあるからだ。
そうした中で、「墜落・転落」と、「はさまれ・巻き込まれ」については、労働安全衛生法などで、その原因となる企業の問題について明確に規定されている。このため、これらの労災事故を起こした企業が法律違反をしている可能性が高く、その違法状態と労災事故の因果関係から、企業の法的責任が認められやすい。特に労働安全衛生法第21条、同法第20条は次のように定めている。
先ほど紹介した4つの事故も、労基署がこれらの条文に違反しているとして書類送検をしている。なお、具体的な「必要な措置」については、厚労省の通達である「労働安全衛生規則」で定められている。
このように、「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」の労災事故の背景には、これらの法律や関連する法令に違反した「原因」がある可能性が高い。しかし、違法の可能性があるからといって、企業が「自発的」に労働条件の改善や被害者への補償をするとは限らないので、注意が必要だ。
なぜなら、労災が認定されたとしても、企業側の賠償責任については別途被害者が法的に請求しなければならず、国による支払いの強制措置などはないからである。そのため、本来の被害全体に対し補償を受けていない被害者の割合は相当に高いと考えられている。では、こうした違法行為があった場合に、どうすれば企業の法的責任を追及できるのだろうか?
労基署の「是正勧告」はあまり役に立たない?
一方で、労災を起こして明確な違法行為をしている企業に対して法的責任をつ給することで再発防止を図ることも重要だ。この点については、労働基準監督署の「出番」であると考える人も多いだろう。たしかに、労働基準監督署は、労働安全衛生法違反を「取り締まる」ことができる。
第一に、労働安全衛生法に違反する企業に対して「是正勧告」という行政指導をすることができる。労災事故が発生した場合に、労働基準監督署が法違反の調査を行い、是正勧告を出すケースは非常に多い。
しかし、そこからが問題だ。是正勧告を受けた企業の名前は、社会的には公表されない。労災事故に伴う行政指導の場合は、原則として労基署が企業にしか伝えないことになっているからだ。これをいいことに、労災事故を起こして、労基署から是正勧告を受けても、企業がその事実を社員に対して公開せず、揉み消してしまい、ろくに社内で労災防止のための改善をしないというケースも多い。
このため、労災事故にあった労働者までが、自分が後遺症を負った労災事故について、会社が労働基準監督署から是正勧告を出されていても、そのことを知らされず、事故を起こしたのは全て自分のせいだと責め続けていたというケースは、全く珍しくことではない。是正勧告が出るだけでは、企業の反省という意味では、それほど効果的とはいえないのだ。
企業名が公表される「書類送検」の効果と限界
労基署は第二に、さらに強力な手法として、労働安全衛生法に違反する企業について、刑事手続きを取ることができる。具体的には、検察が裁判所に刑事裁判として起訴して、裁判所が有罪の判決を下すように、労働基準監督署が検察に「書類送検」をするのだ。
しかも、労働基準法や労働安全衛生法で企業を書類送検した場合、厚労省はその企業名をもれなく公表することになっている。この記事で紹介した4つの事例も、労働安全衛生法違反で書類送検されたために、厚労省によって公表されたものだ。こうして書類送検された企業名と違反条文は、厚生労働省が毎月月末に公表している「労働基準関係法令違反に係る公表事案」 にまとめられている。
このリストはもともと「長時間労働削減推進」を目的として、労働基準監督署が書類送検した企業を公表するという趣旨であった。しかし実際には、重大な労災事故による書類送検の数が多く、長時間労働に関する労働基準法違反というよりも、労働安全衛生法違反を起こした企業のリストになっている。
このリストの最新版である2020年4月1日~2021年3月31日公表分を確認すると、この1年間での法令違反による書類送検の違反内容の1位は「労働安全衛生法第20条」違反で115件、2位が同法第21条違反で111件となっている。やはり、「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」に関する労災事故が、労働基準法・労働安全衛生法違反の重大事件のほとんどを占めていることがわかる。
しかし、書類送検がなされても、残念ながら検察や裁判所における労災に対する問題意識は高くなく、多くの場合では有罪判決どころか、起訴すらされない。会社に「前科」がつくにはハードルが高い。
厚労省のホームページに公表された企業名のリストも、わずか1年で掲載は取り下げられてしまう仕組みだ。企業にとって名前の公表はダメージが少なくはないだろうが、1年間やり過ごせば、逃げ切れてしまうとも言えるのだ。
会社に対する最大の責任追及は、裁判や団体交渉
労働基準監督署の行政指導や刑事手続きは、もちろん重要だ。しかし、それだけでは不十分だということはすでに述べたとおりである。そこで重要になるのが、労働者自身が会社に対して責任を追及するという方法である。
もちろん、個人で会社に抗議しても、会社は相手をしてくれない場合がほとんどだ。そのため、具体的には、弁護士による裁判や、個人で加入できる労働組合による団体交渉が選択肢となる。
これまで説明してきたように、特に「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」は、背景に労働安全衛生法違反がある可能性が高い。これを根拠として、企業には注意義務違反や安全配慮義務があるとして、会社に対して「慰謝料」や、後遺症さえなければ働いて得られたはずの「逸失利益」などを請求することができるのだ。
実際に、個人加盟の労働組合である「労災ユニオン」では、会社から被害者に納得のいく解決金を払わせ、経営者からの謝罪をさせているという(詳しくは下記の記事)。
参考:仕事の事故で指を無くしたらいくら請求できる? オリンピックに向けて増加する労災事故
労災の後遺症の程度によるが、その金額の相場は、百万円程度から数千万円に及ぶこともある。これだけの支払いは、是正勧告や書類送検よりも、企業の経営にとってよっぽどのダメージである。
また、団体交渉の過程においては、企業の責任を具体的に追及し、責任者に謝罪をさせたり、表面的なものに止まらない再発防止策を約束させることもできる。こうした権利行使によって、会社が労災事故の被害者に対して向き合うようになったというケースは多い。労働者が声を上げることによって、本人の権利救済はもちろんのこと、将来の労災発生の防止にも繋がるのだ。
労災ユニオンでは、今回の労災件数の発表を受けて、労災相談ホットラインを5/22(土)、5/23(日)に実施する予定だという。ぜひ、労災被害にあっており、会社に責任を取らせたいという人は相談してみてほしい。
【ホットライン概要】
日時:5/22(土)、5/23(日)の13時~17時
主催:労災ユニオン
番号:0120-987-215(相談無料・通話無料・秘密厳守)
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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。