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訪日外国人数はSARSの時の6倍~新型肺炎の地方経済への影響に対策を

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
東北地方では異常な暖冬と小雪の影響に加え、新型肺炎で観光客減の影響も(筆者撮影)

・新型肺炎の影響は急激に拡大

 新型肺炎の影響は、急激に拡大している。中国政府は、1月27日以降、中国から海外への団体旅行を事実上禁止し、旅行会社がセットしている個人旅行も同様に禁止した。

 昨年、2019年1月の訪日外国人観光客数は、268 万 9 千人と2018年1月の250万1千人を約18万人上回り、過去最高を記録した。航空路線の中国路線、台湾路線の拡充もあり、2月上旬の春節休暇で多くの人が日本を訪れた。ここ数年の中国、台湾などからの春節休暇の観光客増で、国内の観光地や商業地などは「春節商戦」の好影響を享受してきた。

 しかし、今回の春節は、新型肺炎による中国政府の出国制限や日本国内での患者の発生などから、その好影響は急速にしぼんでしまった。

・SARSの時は日本人が海外に行かなくなっただけ

 今回に類似しているのが2002年11月に発生したSARSだ。SARSは、2002年11月に中国広東省で患者が報告され、その後、2003年3月に入るとベトナムや香港でも患者が発生し、32の地域と国に拡大した。そのため、WHO(世界保健機構)は、SARSが国際航空路線によって拡大されているとし、旅行への注意喚起も発表した。

 その後、4月にSARSコロナウイルス(SARS-CoV)の特定がなされ、WHOと各国政府の協力により封じ込めが功を奏し、7月に収束宣言が行われた。

 当時、アジア諸国を中心にして海外旅行の自粛や航空便の欠航などが行われ、アジア諸国では観光産業が大きな影響を受けた。しかし、現在と大きく違うのは、日本の場合、「訪日外国人観光客が少なかった」ということだ。つまり、日本人が海外旅行に行かなくなっただけで、国内の観光産業への影響も小さかった。

・訪日外国人数は2002年の6倍

 2002年の訪日外国人数は約524万人、日本人の出国人数は約1,652万人だった。SARSの影響が大きく出た翌2003年には、訪日外国人は前年度比0.5%減(約2万7千人減)と微減であったが、日本人の出国数は19.5%減(約330万人減)と大幅減少となった。

 しかし、2018年の訪日外国人数は、約3,119万人とSARS当時(2002年)の約6倍に膨れ上がった。すでに海外を訪問する日本人よりも、日本を訪れる外国人の方が多くなっている。当然ながら、国内の観光産業に与える外国人観光客の影響は、非常に大きくなっている。

・観光産業は電子部品輸出や自動車部品輸出と同程度の立派な「輸出産業」

 観光庁によれば2019年の訪日外国人旅行消費額は前年比6.5%増の4兆8,113億円だ。この数字は、電子部品や自動車部品の輸出額とほぼ同規模になっており、日本にとっては立派な「輸出産業」に成長したと言える。2011年の8,135億円と比較すると、わずか8年ほどで約5倍の伸びを記録している急成長産業でもある。

 問題は、この数字の内訳で、中国1兆7,718億円(構成比36.8%)、台湾5,506億円(同11.4%)、韓国4,209億円(同8.7%)、香港3,524億円(同7.3%)とこれらの上位の国と地域で約64%を占めるのだ。困ったことに、2019年後半、政治的問題で急減した韓国人観光客の穴を埋める形で増加してきた中国人観光客が、ここへきて急減する可能性が出てきたのだ。

・観光業の衰退は地域経済の問題に直結する

 日本の高齢化は、観光産業にも大きな影響を与える。国内宿泊旅行者数は、2003年をピークに減少しつづけており、2020年代に入り、今まで国内の観光産業を支えてきた存在だった団塊の世代が後期高齢者となるため、減少傾向が加速する。

 そんな中で観光産業は、地方部においても地域経済活性化の重要な存在であり、そして、その鍵となるのが海外からの観光客である。観光産業は、経済の波及効果が広範囲に及ぶ。農業、漁業など一次産業はもちろんのこと、製造業など二次産業、さらには第三次産業である商業やサービス業への波及効果も大きい。利用客減に悩む地方交通機関の活性化にも、利用客増という好影響が期待できる。

 もちろん、想定したほどの経済波及効果が生まれていなかったり、急増した観光客に対応が間に合わず観光公害の発生など問題もあるものの、人口減少が一層加速し、消費市場が縮小する日本において数少ない経済活性化の手段だ。

 SARSの時よりも中国やその他の国の「隔離と検疫」による封じ込め対策は素早く動いている。今後、どうなるか予断は許されないが、いずれ、本来の状況に戻るはずだ。せっかく軌道に乗りかけた日本の観光産業活性化をここで衰退させてしまうのは、地域経済の将来を考えても許されるものではない。

・地方の観光産業を支えるのは小規模事業者や中小企業が中心

 外国人観光客の増加を見込んで、新規の投資や事業を開始した小規模事業者や中小企業も多い。経済産業省は、観光業への影響が拡大するとして、1月29日に「新型コロナウイルスに関する経営相談窓口」を全国の経済産業局や日本政策金融公庫、商工中金、信用保証協会、商工会議所、商工会などに設置すると発表した。マイナス影響が見込まれる小規模事業者や中小企業経営者は、悩んだり悲観するだけではなく、早めにこうした相談窓口に行き、対応策を講ずることも重要だ。

 新型肺炎の収束までは、まだ時間がかかりそうだ。それでなくとも、日本政策金融公庫が1月27日に発表した「全国中小企業動向調査」によれば、昨年末の業況判断(DI)、売上DI、総益DIのいずれも前期比でマイナス幅が拡大し、「中小企業の景況は足元で弱さが見られる」という状況だ。さらに東北地方などでは、異常な暖冬と小雪で、スキーなどのウィンタースポーツへの影響だけではなく、今後、農作物への悪影響も懸念されている。暖冬とは裏腹に、地方経済には逆風が吹いている。

 地方の観光産業を支えるのは、個人事業者や中小企業が中心だ。緊急の融資などだけではなく、地方自治体や各支援機関の職員によるきめ細やかな訪問や巡回、相談対応なども重要だ。杞憂だったと言われるようなことになっても、それはそれでよいではないか。せっかく芽生えてきた個人事業者や中小企業の新しい取り組みが、この逆風を乗り切れるよう政府、地方自治体、経済団体などが連携して対策に取り組んでもらいたい。

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☆参考資料

・観光庁「訪日外国人消費動向調査」

・中小企業庁「新型コロナウイルスに関する中小企業・小規模事業者支援として相談窓口を開設します」

・日本政策金融公庫「全国中小企業動向調査結果」

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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