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川崎宗則に弟子入りした25歳台湾人育成選手が挑む第2の野球人生

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
川崎宗則選手の通訳を務めながら味全との本契約を目指す林桀晨選手(筆者撮影)

【ムネリンが合流した味全ドラゴンズの現在】

 今年5月に20年ぶりの台湾プロ野球(CPBL)再加入が正式決定した、味全ドラゴンズ。現在は雲林県立斗六棒球場を本拠地に、2020年シーズンからの正式参入(現時点では2020年は2軍だけで2021年から1軍に参入予定)を目指し、トレーニングキャンプと練習試合の日々を送っている。

 味全は最終的に、11月23日に台湾で開幕するアジアウィンターリーグに単独チームで参戦することが決まっており、日本のNPBファーム選抜チームや社会人選抜チームとも対戦することになっている。

 CPBLへの本格復帰は2年後ということもあり、現在のチーム構成は20歳前後の若手有望選手が中心だ。彼らを育成しながら、2021年シーズンまでに他チームの1軍と戦えるチーム力を身につけようとしている。

 そんな新生チームの中で、台湾のみならず日本からも注目を集めているのが、1年以上のブランクを経て、選手兼任コーチとして現役復帰を果たした川崎宗則選手だろう。彼が8月中旬にチームに合流してから約3ヶ月が経過したが、チーム内には確実にムネリン効果が現れ始めている。

【常にムネリンの周りに集まる若手選手たち】

 現役復帰した川崎選手の詳細についてはこの場では控えるが、一言だけ断言しておきたいのは、彼が今までよりもさらに一歩成長した選手としてグラウンドに戻ってきたということだ。

 そして人々を魅了し続けた天真爛漫な明るさも、さらに磨きがかかっている。現在の川崎選手は、周りの人々を手当たり次第にやる気にさせてしまう強烈な“モチベーター”と化している。

 グラウンドでは四六時中川崎選手の声が響き渡り、若手選手たちを鼓舞し続ける。キャンプ開始当初はあまり声が出ていなかった選手たちも、現在では川崎選手に呼応するように声が出るようになり、彼らの笑顔も目立つようになった。チームの雰囲気は上がっているのが明らかだ。

 今では川崎選手の周りには常に若手選手たちが集まり、時には川崎選手の意見に真剣に耳を傾け、時には一緒に冗談を言い合うのが当たり前の光景になっている。

打撃練習中も川崎選手(52番)の周りに若手選手が集まってくる(筆者撮影)
打撃練習中も川崎選手(52番)の周りに若手選手が集まってくる(筆者撮影)

 ある若手有望選手は、数人のコーチよりも年上の川崎選手に対し「コーチというよりもお兄さんのような存在。一緒にいて楽しい」と、すっかり親近感を抱いているほどだ。

【ムネリンと師弟関係を結んだ通訳兼育成選手】

 そんな味全の若手選手たちの中で、最も川崎選手から刺激を受けている存在といえるのが、通称“サム”こと林桀晨選手だ。現在の彼は通訳兼育成選手として川崎選手の通訳を務める一方で、右手首の手術のためリハビリを続けながら味全との正式契約を目指している右投げ左打ちの一塁手だ。

 林選手によれば、川崎選手は中国語が話せないため、チーム合流後はグラウンドのみならず、プレイベートでも彼に付き添ってきたという。それだけに、チームの中で最も川崎選手の言動を見守り続けてきた存在といえる。

 その結果2人は、落語家と新入りの弟子のような、固い師弟関係で結ばれているように見える。

 「(刺激が)すごいです。ムネさんはこれまで聞いたことがなかったことばかり話してくれるので、ええ、嘘でしょ?みたいな感じです。でも後からよく考えると正しいことだと分かって、全部がそれで…。本当にすごくて、また(野球を)やって良かったと思っています」

グラウンドの内外で川崎選手をサポートする林選手(左・筆者撮影)
グラウンドの内外で川崎選手をサポートする林選手(左・筆者撮影)

【挫折を味わい一度は野球から離れたサラブレッド】

 現在25歳の林選手は、父と叔父が元プロ野球選手、母親も台湾代表で活躍したバスケット選手だったという超一流アスリート一家で生を受けたサラブレッドだ。

 もちろん林選手も幼い頃から野球を始め、中学卒業と同時に岡山県の共生高校に野球留学する。そしてスポーツ特待生として奈良産業大学に進学。当時の彼はNPB入りを目指していた。

 ところが大学入学と同時に監督が交代したことで、彼の野球人生は大きく変わってしまう。

 新任監督からから指導を受けられないまま自主練習の日々が続き、大学2年で同校を離れることを決断。日本では他大学への編入ができないため、台湾に戻り地元の開南大学で野球を続けることになった。

 2016年にはU-23世界選手権の台湾代表に選ばれたりもしたが、林選手は大学卒業を待たずに野球を辞め、卒業と同時に上海にある一般企業へ就職する道を選んだ。

【味全のトライアウトを受験するも不合格】

 今年になって一般企業を辞め、再び台湾に戻ってきた林選手は、味全が20年ぶりにCPBLに復帰し、それに伴いトライアウトを実施することを知ることになる。不完全燃焼のまま野球から離れてしまった彼は、トライアウトに挑戦することにした。

 だが約2年も満足なトレーニングをしてこなかった彼に、合格通知が届くことはなかった。ところ、その後になって川崎選手が選手兼任コーチで味全入りが決まったことで、今度は味全の方から林選手に通訳兼育成選手のオファーが届いた。これを機に本格復帰を目指し、キャンプ前に右手首を手術し、現在に至っているというわけだ。

【今や復帰が楽しみで仕方がない林選手】

 ある意味林選手は、川崎選手の入団で味全に“拾われた”存在といっていい。しかし現在の彼は、あくまで野球選手として最も輝いた時間を過ごしている。彼自身、味全と正式契約を結べるように前向きに取り組んでいるし、川崎選手も全面的に林選手をサポートしてくれているという。

 「(今が野球選手として一番の状態に)あると思います。ただ手首のケガで(野球が)できないんですけど、ただできるようになったら自分の中でも面白いなと思っています。やれるんじゃないかというか、いけそうな気がするんですよ。すごく楽しみです」

 この3ヶ月間で川崎選手から多くのことを学び、野球選手としての成長を実感できているという林選手。今は1日でも早く実戦復帰し、新たに教えても去った知識や技術を試してみたいという高揚感を抑えることができないでいる。

 林選手は現在、ウィンターリーグ期間中での実戦復帰を目指している。彼が完全復帰し、味全との正式契約を勝ち取ることになれば、川崎選手が指導者としても、さらに他の若手選手たちから信頼を集める存在になるだろう。

 まずは林選手の1日も早い実戦復帰を待ち侘びるばかりだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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