「半沢直樹」のヒットで、言えなくなった言葉
もはや社会現象となっている、ドラマ「半沢直樹」。続編の制作や映画化もすでに噂されています。
中でも、主人公・半沢が放つ決めゼリフ「倍返しだ!」は、今年の流行語大賞の呼び声も高く、使い勝手がいいせいか、周囲でも頻繁に聞くようになりました。
ところが、この「倍返し」と入れ替わるかのように、同じく「半沢直樹」の影響で、オトナたちの会話から消えつつある言葉があります。
それは「出向」。
飲みの席で「出向」と言ったら悲鳴が・・・
ドラマを見ている方はご存知かと思いますが、「出向」はこのドラマに欠かせないスパイスとなっています。
人事がすべて、超エリート主義の銀行にあって、「出向」とはドロップアウト・脱落を意味し、「怖ろしいこと」「避けたいもの」として繰り返し描かれます。
「君には出向でもしてもらおうかねぇ」
「そんなことして、出向にでもなったらどうする?」
「出向したら、銀行員じゃいられなくなるんだぞ」
「なんとか、出向を回避しないと!」
「あの目障りな行員、出向にさせられないんですか?」・・・
まさに、出向=この世の終わり。出向=取り返しのつかない転落人生。出向=とんでもなく怖ろしい懲罰。そんな、デフォルメされたイメージが、視聴者に植え付けられます。
実は最近、友人たちと飲んでいる席で「半沢直樹」の話になり、ひとりが何気なく「オレなんて、最初の配属から出向だったよ」と言うと、女性たちを中心に「キャー!」という悲鳴が上がったので、ビックリしました。
「ちゃんとした会社に勤めていると思ってたのに、出向中だなんて!?」「いったい、どんなミスをやらかしたの!?」とでも言いたげな表情。それでいて「突っ込んで聞いたら、悪いかな・・・」と、腫れ物を扱うような雰囲気・・・。
これと似たシチュエーションが、いま日本中のあちこちで起きているはず。まさにドラマの影響で、おいそれと「出向」と口にできない空気、「出向」をタブー視する風潮が巷に広がっているというわけです。
もちろん「出向」とは、本来「元の会社に在籍をしたまま、子会社や関連会社において業務に従事すること」に過ぎません。
銀行だけでなく、多くの業種・会社で日常的に行われていることです。定年を迎えたベテラン社員が、天下りとして出向するケースも少なくないでしょう。むしろ銀行のような「懲罰人事の片道切符」としての出向のほうがレアなのではないでしょうか。
実際、僕が勤めていた会社では出向は日常茶飯事でしたし、むしろ「子会社でマネジメント職として経験を積んでこい」と送り出され、数年後、箔をつけて戻ってくる人もいたように記憶しています。
先ほどの彼も、新人配属時にあるクライアントの担当になり、その得意先を専門に受け持つ関連会社へ出向の形をとっていただけです。
さらに言えば、それだけ子会社・関連会社がたくさんあるということは、むしろ大企業に勤めている証しとも言えます。それなのに・・・・・・。
「しゅっこー」はおそろしい
実は、多くの視聴者にとって「出向」とは、言葉としてなんとなく知っているけれど、いまひとつ現実味のないことだったのではないでしょうか。
であれば、今回のドラマで初めて出向の実態に触れ、悪いイメージしか抱けないのは当然。実際に会社勤めをしたことのない学生・主婦であればなおさらです。
「かいしゃ」には、どうやら「しゅっこー」という怖いものがあるそうな。
なんでも、それを喰らったら、一生、日陰の人生を歩むことになり、二度と活躍の機会が与えられることはないらしい。
おそろしや、おそろしや〜。
ああ「しゅっこー」にだけはなりたくないものじゃ。そうじゃ、そうじゃ。
と、まるで民間伝承のようにイメージが一人歩きしている印象。
実際にミスを犯して左遷され、落ち込んでいるならまだしも(?)、そうではなく「普通に」出向しているサラリーマンの肩身が、このドラマのおかげで変に狭くなっていると思うと不憫でなりません(誰が悪いというわけでもないのですが)。
「半沢フィーバー」の陰で
7月にスタートした物語も、いよいよクライマックス。
番組宣伝や次週予告では「半沢、ついに出向・・・」「出向の大ピンチ!」など、「出向祭り」があいかわらずの大盛り上がり。物語の序盤で出向させられ、文字通り舞台から消えたと思われた同期・近藤も再登場し、ストーリーの重要なパートを担っています。
まさに「出向なくして、半沢直樹なし」「no 出向 no 半沢直樹」状態のなか、今日も多くのサラリーマンたちが、痛くもない胸を痛めています。