罰ゲーム化する管理職 ~もう無視できない日本企業の人事課題~(後編)
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日本企業では、管理職のキャリア形成や育成が適切に行われていないという問題点が指摘されています。才能のあるリーダー候補を適切に見出し、計画的に育成するにはどうしたら良いのでしょうか? 本対談では、日本企業に抱える管理職問題の核心に迫り、人材育成の新たな方向性策について議論します。
<ポイント>
○日本の管理職は専門性があり、職種に見合った実力を備えていない場合が多い。
○早期の選抜と、厳しい育成プログラムが必要。特に30代前半での選抜が重要。
○人間関係の希薄化が、管理職のモチベーション低下や退職後の孤独につながる。
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■日本の管理職は「任されなさ」の板挟み
倉重:若い人が管理職になりたがらない理由は何でしょうか?
小林:特に現場のエンジニアで多いのですが、専門スキルの高い人は管理職になりたがりません。下手に現場感がなくなると転職できなくなることを恐れるからです。
日本の管理職はチーム型の代表者なので、こぼれ仕事やフォローアップの仕事でスケジュールが埋まります。
部下への気苦労が増えて責任を負わされて、言ってみれば「任せられなさ」の板挟みになります。仕事は社内調整ばかりになり、結果的に転職できなくなります。現場の本当のスキルが分からなくなるんです。
一方で、経営者というのはだんだん「その会社に関する専門家」にならざるを得ません。
会社のことを広く理解している人は確かに必要です。経営たるものはどのポジションのこともある程度分かっていないといけませんし、これは世界的に見てもそうです。
ドイツでも最初にジョブローテーションを行ったあとに専門別に分かれていきます。
アメリカは比較的専門性を保ったまま役員になりますけれども、社長レベルまでいくかというといきません。
日本は先ほど言ったように平等主義的なので、みんなにそれを当てはめます。何歳になってもジョブローテの対象にし続けるので、部長がいきなり全然専門性のない人に代わります。選抜の対象が広い上に遅すぎるのです。
倉重:日本の遅い選抜に関しては、さすがに変えたほうが良いということですね。
小林:20年遅いです。課長になるのが大体40歳前後、部長が40代中盤ですから。
倉重:これは高齢化に引っ張られているということですね。
小林:早期選抜の流れはありますが、まだ結果が出ていません。
例えば多くの会社が等級の要件の標準年齢を取り払ったり、若手には早期に活躍できるプロジェクトをアサインしたりしていますが、後ろが詰まっています。
仮に優秀な若手と同じぐらいの実力があるベテランがいて昇進を待っていたとしたら、普通は後者のポジションを上げるので、がなり意識的にやらないと早期選抜にはならないと思います。
特に女性活躍をしたいのであれば、30代の前半、何なら30歳のタイミングでやらないと。ライフイベントが起こる前が勝負です。
倉重:先に管理職を経験してからライフイベントに入るかどうかで違いますよね。
小林:管理職は早過ぎるとしても「幹部層候補として見ているから戻ってきてね」と期待をかけることが大切です。20代のうちに主任ぐらいまで経験させるといいですね。
問題は優秀ではない人たちをジョブグレードの対象にしないことです。
倉重:それは何歳ぐらいで決めるのですか。
小林:30代前半ぐらいまでにやらないと専門性が決まりません。リスキリングの本も書きましたけれども、日本人は業務命令や異動が多ければ多いほど勉強しなくなります。
入社20年勉強せずに40歳を超えたらもう外に出られません。
倉重:40歳だったら駄目ですか?
小林:専門性がない40歳は難しいんですよ。かなり運命に左右されるのですが、たまたま同じようなところでジョブローテしていれば、専門性がある程度身に付きますが、それは偶然でしかありません。
■日本の育成は一部の経営者向き
倉重:若手は自分のキャリアの棚卸しをしたり、成長を実感する機会があまりないですよね。
小林:ある程度の規模以上の企業にすごく多いのは、ジョブローテーションすることによって新しい仕事との出会いがあり、それを成長だと認識することです。
昔の言い方をすると多能工化であり、経営者の成長モデルです。しかし実際にはごくごく一部の人しか経営幹部にはなりません。
倉重:本人は成長していると思い込んでいるけど、客観的に見たら大した進歩はないわけですよね。
小林:要はポータブルなスキルではなくて、内部のスキルだけを高めているにも関わらず、成長実感があるということです。それは経営者には絶対に必要ですが、最終的には5~6人だけそのスキルがあれば事足ります。
成長実感はあったとしても、「自分は専門性を身につけているだろうか?」ということには危機感を持った方がいいと思います。
倉重:その分野のことだけ積み重ねた人から見たら、レベルの低いことしかできていないということですね。
管理職の構造に役職定年があって辞めさせられるのは解雇規制が厳しいからではないでしょうか?
小林:役定に関してはそうですね。けれども解雇規制のせいにされ過ぎです。
日本企業は結局成果主義が大好きで、中小企業も含めてMBO(目標管理)が広がりすぎましたが、これが諸悪の根源です。
普段の目標管理で5段階中3を付けておいて後になって「解雇したい」はないでしょう?
つまり、どの企業でもMBOが破滅的に形骸化していることのほうが問題なのです。
優秀ではない人も課長になれなかった人も含めて、評価3をもらっていれば等級制度があるから給与が上がりますよね。
雇用義務が65歳に延びる時も、日本企業は絶対に定年制を残しました。
それは賃金リセット機能を残さざるを得なかったからです。
倉重:おっしゃる通り解雇規制や不利益変更の規制抜きに、会社の規定上、降格や評価による賃下げや等級下げができないということは現実にあります。「問題社員だから解雇したい」というご相談で、評価が真ん中の「3」についていたら、「一体どういうことなんですか」となりますよね。
小林:普段からベテランにネガティブフィードバックができないことが問題で、これが積み重なって賃金が徐々に上がってしまいます。
いよいよどうにもならなくなったらジョブ型を導入して、「あなたは頑張っているけど、制度が変わったから賃金が下がるのは仕方ないですね」と言います。
これが白馬のリーダーシップ待ちのなれの果てです。「制度」という錦の御旗でしかフィードバックできない状態になっています。
倉重:ネガティブフィードバックができない人はなぜ増えているのでしょうか。
小林:一つはハラスメントに対して厳しくなりすぎたからです。
私はハラスメントを「琵琶湖の石投げ理論」と呼んでいます。
最新のハラスメント研究では、回避型になってコミュニケーションをしなければしないほど、ハラスメントは増えることがわかっています。
倉重:信頼関係がないから、ちょっとしたトラブルがあるともめてしまうということですか。
小林:元々のコミュニケーションが全くないまま、何かトラブルが起こるとポチャンと波紋が広がりますよね。荒れている日本海に石を投げても誰も気にしません。
職場が当たり障りのなく琵琶湖のような波の無い状態になってしまっているからこそハラスメント・リスクが実際にこじれて大事になるということだと思います。
倉重:結局人との適切な距離感とコミュニケーションというところを取り戻さないと駄目ですよねという話ですね。
小林:コミュニケーションを取り戻すのに何が必要かという話になったとき、ほとんどの企業は「上司研修」に頼り始めます。
マネジメントのトレンドとして、人材が多様化すればするほど一人ひとりに向き合う必要がでてきて、対話重視のマネジメントが必要になる。これはもう世界的兆候なので絶対に止まりません。
しかし、マネジメントは「ボーリング」ではありません。部下に正確に言葉をかけ、うまくフィードバックしてストライクをとる技術ばかりが求められています。
けれども、マネジメントは本来「卓球」的なのです。部下はボーリングピンではないので、相手がきちんと打ち返してこないとラリーは続きません。
■管理職は孤立しがち
倉重:管理職同士のつながりを持たせることも大切ですね。
小林:管理職は同じような悩みを抱えているのに、定例会議の場をのぞくと業績の話ばかりしています。管理職がみんな同じぐらいの適齢期で昇進していた時代は、まだ同期が近くにいたので仲が良かったのです。
今は昇進のタイミングがばらばらになってきたのと、特別なエリートが選抜された場合、孤立化しやすくなりました。
みんな同じような悩みを持っているのに孤立しがちです。同期ともレイヤーが1個上がるから気を遣うようになってしまいます。
倉重:メンバー系の人とは話せない悩みがありますね。
小林:管理職になって自殺などの問題で死亡率が上がってしまうというデータがでてくる背景には孤立化が進むからだと考えています。
特に男性は家庭にも仕事を持ち込まない人が多いので、家族にも味方がいません。
倉重:誰にも言えないのはつらいですね。
小林:会社からリストラされた時に、家族にそれを言えずに公園にいる、そういった姿は本当に絶望的です。「水平型」といっていますけれども、横のつながりが結構大事になってきます。特にテレワークでここのつながりが薄くなってきている会社が多いです。
倉重:やはり意識して繋がる場をつくらないとだめですね。
小林:業務の話以外の場をどうつくるかが大事です。
定例会議では腹を割った話をしないから、誰も仲間になりません。
業務以外の場である懇親会などもすごく重要だと思います。
私がお勧めしているのは管理職研修をしたら、その後には絶対に懇親会やリラックスして話せる機会を設けることです。
倉重:せっかく集まっているのですから。
小林:集まってすぐ解散なんてもったいないです。
それから上位役職と会話ができていないような場合は、横ではなくて「縦」のネットワーキングもきちんと整えていく必要があります。
倉重:上位管理職とのネットワークですね。
小林:上位管理職と腹を割った話をして、仕事とは別に飲む機会を設けてもいいです。中小企業でやりやすいのが、かばん持ちという慣習です。「この若手はイケているから私の下に2カ月付けてよ」ということをすると全然違うんですよ。
仕事以外の話もするので経営者と仲良くなります。
倉重:昔であれば会社の帰りに赤ちょうちんの店で飲むようなことが自然発生的に行われていました。そのような場をどうデザインするかですね。
小林:縦のネットワークで面白いのが「リバースメンタリング」です。若手が役員にメンタリングします。やっていたのは資生堂とP&Gでしょうか。風通しは良くなるし、仕組みとしてはありですよね。
あともう一つのネットワークは、「外」とのネットワークです。
倉重:越境型ですね。
小林:まさにこういう場もそうですけれども、同じような悩みを抱えている人を集めて話します。越境学習はミドルシニアになればなるほど大事だと思います。若手はまだ外に出る機会がありますし、大学の同期もいますが、年を取ってみな家庭を持ち始めると連絡が途絶えます。その意味では、ミドルシニアのほうが外に出たほうがいいなと思います。
倉重:場があると、またそこで出会いが定期的に生まれたりします。立場、役職を離れた関係性は大事ですよね。
■健全なえこひいき
倉重:キャリアアプローチの点から、「健全なえこひいき」の話をお願いします。
小林:今の問題は上級管理職ないしは経営幹部層候補の対象が広すぎるがゆえに、選抜が長くかかりすぎていることです。
だから管理職全員にメリハリのない期待を続けるし、ずっとジョブローテーションをさせ続けることになります。
その結果、特定のジョブの専門性が身につかない人がたくさん出て、最終的には早期退職者を数千人募集して整理するしかない、ということになります。
ちなみに、日本人はなぜ賃金が上がらないのかというと、こういった専門性の低さも相まって、賃金が安くても転職しないからだと思います。
採用の可否に賃金は直結しますが、定着にはあまり効かない。「あまり給料が上がらないな」という不満があっても、転職の理由に直結しないのが日本人です。
倉重:なぜですか?
小林:日本の就業関係の転職は結局人間関係で、賃金が低かろうが良い仲間と働ければいいからです。半径5メートルの人間関係がうまくいっていれば、日本人は賃金が低かろうが仲間と愚痴を言い合えるので転職しません。
倉重:文句を言いながら働くということですね。
小林:転職者と非転職者を比べて分析すれば、転職への要因はそうした人間関係がうまくいかなくなった時。や、上司のハラスメントか同期や同僚ともめた時です。「主観的な転職理由」はその他の要因が並びますが、それはあくまで「言い訳」です。
管理職の苦労も、結局部下の心理的な苦労やトラブルやフォローなど、部下とのコミュニケーション不全が原因にあります。
倉重:結局、縦、横、キャリア、ワークシェア、それからメンバーの教育、いろいろなものを複合的に組み合わせて管理職の負荷を軽減させようということですね。
小林:負荷を軽減させつつ、育てる人は選抜してきちんと育てようということですね。
ソフトバンクの孫正義さんも次が育たないと言い続けているではないですか。
相当根を詰めて早めに選抜し、特別なトレーニングや経験を経ないとこの難しい時代の経営リーダーは育たないと思います。
「部下への任せられなさ」や「選抜できなさ」は結局、「決められなさ」と表裏一体なんです。経営者は難しくて時間がないときに決めることが仕事です。いくら時間があっても足りないですから、意思決定の力が必要になります。そのような立場と責任を負わせるということだと思います。
倉重:弁護士も一緒で、誰かの下に付いていると指示通りに書類を書くだけなので、何も考えないなと思っていました。自分の責任による意思決定の経験を重ねないと成長しませんね。
■サポート体制のない会社で、管理職になってしまったら?
倉重:改めて「管理職のサポートを何もしてくれない会社で管理職になってしまいました。どうしたらいいですか」という方へアドバイスはありますか?
小林:あまりにもやばいパターンで、残業200時間などしているようなレベル「すぐ逃げてください」がアドバイスです。多くの管理職は部下を持ち、責任を負い、期待を受けてしまうからこそ理不尽な状況でも辞められないのです。
やばいと思ったらまず逃げることが重要です。
倉重:やらないことも大事ですね。
小林:会社を変えるためのすごく具体的なアドバイスをすると、管理職に人事が研修を用意してきたら、研修後のアンケートに4~5人で同じことを書くことが効果的です。「もっと構造的なことに手を付けてほしい」でもいいですし、「小林の本を読んでほしい」でもいいです。人事は人事で現場に非常に気を遣いながら研修を設計しているので、そうしたアンケートには絶対に目を通します。
書いているのが一人だとあまり変わらないのですが、仲間を4〜5人くらい引き入れて「研修は良かったけど、そもそもの構造としてこういう問題があるので、われわれ管理職だけで解決するのは無理だ」とアンケートに書いたら人事側もドキッとすると思いますし、翌年から確実に研修も変わります。
私の肌感ですと、従業員アンケートよりも研修アンケートのほうが少数でも相手にしてくれます。
■女性を抜擢する際に大事なことは?
倉重:最後の話ですけれども、30%ぐらいが「管理職は魅力です」と言っているアンケート結果があります。これは多いのでしょうか、少ないのでしょうか?
小林:グローバル水準で言えばやはり低いと思います。一方で先ほど言ったように、日本の正社員は押しなべて出世レースには参加するわけです。例えば管理職になるまでに15年待った人にとってはやはり魅力的に感じることでしょう。
倉重:女性を抜擢する時にはどんなふうに仕組んでいったらいいのでしょうか。
小林:女性は管理職への自信が育たない人が多いですね。苦労している管理職を見れば見るほど、「私なんて無理です」と女性から言い始めます。我々も調査しましたが、選抜期間までのプロジェクトのアサインや仕事経験などが男女ですごく歪んでいる。経験をきちんと積ませていたら「私なんて」と言う度合いは下がります。抜擢の前がすごく重要なんです。
倉重:それは普段の業務の任せ方から変えるということですか?
小林:普段の業務で、この人に期待感を与えていたかどうかです。いつの間にかハードなジョブは男性に振られ、女性は楽な仕事や職務を任されがちです。
倉重:それではいくら女性管理職といっても「下駄を履かせているだけだろう」と言う議論になってしまうんですよね。
小林:具体的には30代前半で結婚、出産というライフイベントが来る前に、その期待値を振り分けたほうがいいです。
ダイキン工業株式会社は入社数年目ぐらいの女性を集めてリーダー研修を行っています。
倉重:だいぶ早いですね。
小林:絶妙なタイミングだと思いました。まさに多くの人が結婚する前を狙っています。しかも女性だけ。ダイキンがうまいのはそうしたポジティブアクションはしながら「登用は平等に見る」というところです。言ってみれば登用までの人材プールづくりにおいては偏りを是正しつつ、最後の登用は競争的に選抜するロジックです。
倉重:タレントプールをつくるということですね。
■管理職は「贈与する者」
倉重:管理職は自らの仕事人生を「贈与する者」という話が出てきます。この話を教えてください。
小林:即物的に言えば、今の管理職は「罰ゲーム」化して苦労の割には稼げなくなってきています。『罰ゲーム化する管理職』の最後には、それでもなお管理職をやるべきなのかなというのを改めて考えました。
管理職にならないとできないことは何でしょう?
組織的なポジショニングの上のほうが、仕事が大きくなり喜んでくれる人の顔が浮かぶ範囲が広くなります。
それは間違いなくやりがいにつながります。
そしてもう一つは、部下ができることです。「自分はもうこれ以上は伸びないかもしれないけれども、部下が伸びてくれたことはある種自分の成長だ」と考えられるようになります。
この視点は、部下を持って管理職になったほうが広がりますよね。
倉重:自分が「与える側」になれば、見える景色が変わりますよね。
小林:もったいないのはITエンジニア系によくいる「スキルへ「の引きこもり」タイプです。
「私はコミュニケーションが苦手なので」と言ってあまり人と関わりを持たないことを早々に決めてしまいます。
もうちょっと人と絡めばいろんな仕事ができるはずなのに、技術にひきこもる人が多いですし、会社もその人をエキスパート等級として非マネジメント職として処遇してしまうので、人のマネジメントを「したくない」という消極的な層が溜まってしまいます。
私は、エキスパートとして高い給料をもらうのならば、メンバー育成やキャリアの相談、組織横断のプロジェクトマネジメントぐらいはマネジャーの代わりに担うべきだと思っています。
「管理職が罰ゲーム」という言葉が響く理由は、罰ゲームではない人が隣にいるからです。
これはジョブ型採用が出てきてから「配属ガチャ」と言われるようになった構造とまったく一緒です。
倉重:「いいな」と思うものがもう近くにあるわけですね。
小林:エキスパート職の「部下なし管理職だけが勝ち組」という構図はあります。
倉重:そのような無理やり管理職レースに乗せられてしまっている若い人にぜひアドバイスをお願いします。
小林:「今のうちに仲間をつくっておきなさい」ということです。管理職になると一人で抱え込み始めるし、孤独になりがちです。
心の底から信頼ができる人間は会社を変わったとしてもあなたの資産になります。
会社が儲けるることなど、社会にとってすごく瑣末なことです。
その会社には代わりが市場にいくらでもあるからです。その会社を稼がせるために働けば働くほど、その人は「代わりがいる人」になります。
そこに、業務を超えた想いや経験があったり、一緒に修羅場をくぐり抜けたような共通体験、腹を割って議論した経験があったりすると、肩書やジョブを超えた人間関係が築けます。これこそが「社会関係資本」なんです。
倉重:想いは伝播(でんぱ)しますからね。
小林:私はマーケティングリサーチをしている時に、引退後のシニアがどういう人生を歩んでいるのかさんざん調査してきました。そこで会社人間が引退後に陥る絶望をたくさん見てきました。
特に高齢化の進んだ郊外の人は「このまま孤独死するんじゃないか」という人がたくさんいたのです。
倉重:肩書、役職がなくなって、話し相手も趣味もないという人ですね。
小林:それが「仕事」「生産性」「業績」を追い続けたなれの果てなのです。
会社でも家庭でも腹を割った人間関係を築けないことが人生にとって最も損失です。
管理職も経営者も、知らず知らずのうちにその状態になっていきます。
それが本当の罰ゲームです。
■社会学の1ページを継ぎ足す
倉重:最後に小林さんの夢をお聞きして終わりたいと思います。
小林:理論社会学で「巨人の肩に乗る」という言い方があります。我々は人類がずっと積み重ねてきたそうした知に対して、最後の1ページを継ぎ足す使命があると思っています。
倉重:完全にアカデミックな発想ですね。
小林:日本人の働き方を見ていると、「この人たちは多分普通に働いていたら人生が終わる人たちなんだな」と感じます。
管理職は罰ゲームになり、やたらに働き過ぎ、家庭では仕事の話をしません。そもそも初対面とのコミュニケーションが弱いので他者を信頼できず、じり貧になっていきます。
なので、会社側がコミュニケーションの機会とコンテンツをつくって、いかに人と腹を割って話せる人間をつくるかが大切です。
その意味で、私が期待しているのは個人でなく「会社」というプレイヤーです。
「コミュニケーション力」や「聞く力」のような表面的スキルの話に矮小化するべきではありません。組織をデザインする職業に就く人間には、その中に「信頼できる仲間」が発生するような仕組みと仕掛けを行う責務があると考えています。
(おわり)
対談協力:小林 祐児(こばやし ゆうじ)
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働、組織、雇用に関する多様なテーマについて調査、研究を行う。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。