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電通<労基法違反>事件が正式裁判になった件について

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
裁判と言えば木槌ですが、日本では使われません。(ペイレスイメージズ/アフロ)

昨日から電通の労基法違反の件が、略式手続ではなく、正式裁判になったことが話題となり、反響を呼んでいるようです。

電通の略式起訴は「不相当」 東京簡裁、正式裁判を決定

電通違法残業は法廷で審理 東京簡裁、略式起訴は「不相当」

私も複数のメディアから取材を受けました。

その中で、私自身も、電通が略式手続ではなく正式裁判になったことにびっくりしたことを述べました。

ただ、一般の人は、略式?正式?と言われても分かりにくいと思いますので、少しだけ解説します。

略式手続とは?

まず、略式手続というのは、簡易裁判所が扱う事件のうち、100万円以下の罰金又は科料の事件で、略式手続によることについて被疑者に異議がない場合にスタートするものです。

ですので、取り調べをした検察官が、被疑者から「略式起訴(手続)でいい」という承諾書のようなものを取ります。

この書面を「略受け」などと呼ぶこともあります。

今回、電通は、異議がなかったわけですから、この「略受け」を出しているはずです。

略式手続になると、被告人が出頭したり、自己の言い分を裁判官に向かって述べることはもちろん、検察官の起訴状の朗読や冒頭陳述など、普通の刑事裁判で行われる手続きが略されます。

そして、裁判所が罰金を払いなさいという略式命令を出して、被告人がこれを受領して、異議がなければ期間内に罰金を納めれば全て終わり、という手続きです。

その間、手続は特に公開されるものはありませんので、電通の件も、略式手続で終われば、数週間後に電通が命令通りの罰金を払って、事件は終了したものと思われます。

略式手続が正式裁判になるとは?

ところが、簡易裁判所の裁判官が、検察官の略式起訴を「不相当」として正式裁判になったものだから、冒頭のようにニュースで大きく報道されているのです。

まず、裁判所が略式起訴に対し、「不相当」とはどういうことでしょうか?

刑事訴訟法に次の条文があります。

前条の請求(=略式裁判の請求)があつた場合において、その事件が略式命令をすることができないものであり、又はこれをすることが相当でないものであると思料するときは、通常の規定に従い、審判をしなければならない。

出典:刑事訴訟法463条1項

そもそも法律上略式裁判ができない場合に正式な裁判になるのは当然として、そうでなく、法律上は略式手続でもいいけれども、裁判所が相当でないと考えたものも、正式裁判になることがあるのです。

一般的な解説書では、事案が複雑で証拠調べをしたほうがいい場合などが「相当でない」場合に当たるとされているようですが、特にこうでなければならない、というものもありません。

「相当でない」はかなり異例

ただ、被疑者も検察官も略式でいいと言っている場合に、裁判所が職権でこれを不相当とすることは、極めて異例であることは間違いありません。

どのくらい異例かというと、司法統計を見ると、平成27年は、「その他特別法違反」としては24055件ある略式事件のうち「不能・不相当」は7件しかない、というくらい珍しいということです。

率にすると、0.02% くらいですね。

ところが、「かとく」(過重労働撲滅特別対策班)案件では、電通の他にも略式手続が「不相当」とされた件は2件もあるのです。

いずれも大阪の「かとく」事案ですが、1つはファミリーレストラン「和食さと」等を運営する会社「サトレストランシステムズ」、もう1つが、スーパーを運営している「コノミヤ」の件です。

これらについても、裁判所は略式手続は「相当でない」とする判断を出しています。

背景には何がある?

「かとく」の案件はまだ10件もありませんから、そこに0.02%くらいしか確率がない「不相当」との判断が、今回の電通の件と合わせて3件となります。

こうなると、偶然とは言えないものがあるのは間違いありません。

おそらく、裁判所は、「かとく」が扱うような営業規模の大きい企業における違法労働に対する考え方として、手続きが世間的に見えにくい略式手続ではなく、公開の裁判で行われる正式裁判がふさわしいと考えている可能性があります。

そのこと自体は、違法労働に対する世間の厳しい目を反映したものとして歓迎すべきであると思います。

また、こうした司法の態度が、違法労働に対する抑止力になることも期待したいところです。

他の例との公平性は?

検察官や一部の論者に、他の案件との公平性の観点から、本件について疑問を呈する方もいるようです。

しかし、本来、刑事裁判は公開される正式な裁判が原則です。

むしろ、略式手続の方が例外なわけです。

ですから、裁判所が正式な裁判をすることを選択したとしても、被疑者・被告人に特段重い負荷をかけたわけではありません。

また、営業規模の大きい企業における労基法違反について「かとく」が取り締まりに乗り出したのは2015年4月ですので、これから案件が積み重ねられるところです。

公平性については、これまで3件の不相当が出ていることを前提に、今後、多くの送検事例が積み重ねられて、それらと合わせて判断されることになるのではないでしょうか。

電通だけじゃない

今回、思わぬところで再び電通の労基法違反が脚光を浴びましたが、何度も言っていますが、電通だけが問題ではありません。

同じような労基法違反を行っている企業は、残念ながらたくさんあります。

電通の事件をきっかけにして、そうした企業が襟を正し、違法労働を撲滅する方向に進むことを期待しています。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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