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厚生年金基金を断固として守り抜く

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

政府は、厚生年金基金制度を事実上の廃止の方向へ追い込もうとしています。それに対して、基金側からの強い反対運動がありますが、なぜ反対しているのかについては、残念ながら、充分な国民的理解が得られていません。今回は、基金存続を求める背後の理念について、改めて、真意を訴えていこうという趣旨です。

「厚生年金基金」像を括弧に入れてみよう

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一旦、厚生年金基金という言葉を忘れて、次のことを深く考えてみてください。

第一に、中小零細企業の従業員のための老後福利制度は、社会的意義の高いものではないでしょうか。中小零細企業の場合、大企業で行われているような独自の企業年金制度は作りにくい一方で、人材確保の面では、少しでも魅力ある福利制度の導入が必要なのです。中小零細企業対策は、極めて重要な政策課題であるはずです。

第二に、その中小零細企業向けの老後福利制度が、業界団体の理解と支持のもとに、雇用をめぐる業界共通の経営課題への対応として、長年にわたって維持運営されてきたとしたら、それは、政策的な保護にすら値する素晴らしいことではないでしょうか。

第三に、長年にわたり継続し、重要な社会的機能を演じてきた制度の改廃を行うについては、制度の継続を前提とした国民の期待利益の形成に対して、最高度の配慮が払われるべきであり、また手続きにおいては、公正公平性を厳格に貫くべく、丁寧な説明と対話によって、国民と関係当事者の理解を得るべきではないでしょうか。

第四に、いかなる政策も、国民の利益のために財政負担がなされてきた以上、財政負担の回避だけを理由に廃止できるでしょうか。充分な代替措置も講じず、制度の存続を前提として形成された民間負担による利益を破壊することが認められるでしょうか。ましてや、現実の財政負担が発生していない段階で、将来の負担発生を未然に防ぐために制度廃止を行うことが認められるでしょうか。

第五に、高度に専門的な知見が求められる制度の改廃については、現実に制度運営に携わってきた専門家の経験に基づく意見が尊重されるべきではないでしょうか。専門家が制度改正によって新たなる財政負担もなく存立できるとしているものを、政府が廃止を強行することができるでしょうか。

実は、歴史的変遷を経て現在存続している厚生年金基金というのは、様々な業界団体の支持のもとに、主として業界内の中小零細企業向けの老後福利制度として長年にわたって運営されてきたものです。そこには膨大な数の従業員と退職者の保護されるべき経済的権利が存在しています。確かに、制度疲労的問題もあるが、それらの問題が制度改革によって是正可能であることについては、専門家の基本的合意があります。その厚生年金基金を、政府は、将来の財政負担の可能性を理由に事実上の廃止に追い込もうとしているのです。しかも、充分な説明も代替策の提示もなく。このような暴挙が許されていいはずはありません。

代行割れ一点張りの政府の論拠

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政府が暴挙を強行するために掲げている正当化の根拠は、代行割れの一点のみです。厚生年金基金には、厚生年金本体の給付を政府に代わって代行する機能があります。基金は、代行給付の原資として、政府に代わって資産を保有しているのですが、代行割れというのは、その資産額が代行給付に必要な債務額(最低責任準備金といいます)を下回っている状態をいいます。

政府は、この最低責任準備金について、厚生年金基金への政府からの貸付けとして説明しています。そうすることで、基金の資産を政府の貸付け債権を守るための担保資産として位置づけたうえで、代行割れを担保割れの状態と説明し、将来の貸倒れの危険を強調するのです。

この危険を事前に回避するためには、基金制度自体を廃止するしかない、あるいは一歩を譲っても、貸倒れ確率のほとんどない基金だけに存続を認めるべきだ、これが政府の極めて単純でわかりやすい論拠ですが、逆にいえば、この単純さ以外に中身がない。しかし、単純でわかりやすいものは強い。この強さが政治家と国民を欺くことができた唯一の理由です。

つまり、政府の主張のなかでは、厚生年金基金制度の社会的意義や代行割れの原因と解消方法についての専門家の知見が完全に切り捨てられているのです。厚生年金基金の代行割れについて、基金の存続を前提とした解決策があり得る以上、政府の主張は全ての論拠を失います。

政府の暴走を止め得ない政治の仕組み

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厚生年金基金制度の廃止案は、民主党政権末期のどさくさから唐突にでてきたものです。暴走というよりも、政権末期の迷走にすぎなかったのです。ですから、安倍政権のもとでは、撤回されてしかるべきでした。しかし、安倍政権のもとでも、暴走は放置されています。

この構図は原子力政策と同じです。原子力政策については、原子力発電所の再稼働を前提としている自民党の政策にもかかわらず、規制の現場である原子力規制委員会が実質的に原子力発電を不可能にするような方向で暴走していることは、政治的に放置されています。同様に、政府は、現場である厚生労働省の暴走を放置しているだけです。

要は、政権交代までに進行してきた政策が突如として逆向きに方向転換するのは好ましくないという配慮、参議院選挙までの微妙な政治情勢の考慮、選挙を意識した国民感情に関する打算などに鑑み、前政権から継承した現場の迷走的暴走を放置せざるを得ないというのが、安倍政権の現状なのです。

厚生年金本体の大問題から国民の目を逸らせるための奸計

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では、なぜ、唐突に厚生年金基金の廃止案が民主党から出てきたのか、また、なぜ、それに厚生労働省は飛びついたのか。

厚生年金基金が代行している給付債務は、厚生年金本体の給付債務に比較すれば、その小さな一部を構成するにすぎません。相対的に小さな問題である厚生年金基金の代行割れを大きく取り上げることで、圧倒的に大きな問題である厚生年金本体の財政問題から国民の関心を逸らそうとしているのです。

厚生年金本体は、その給付債務と積立資産額とを比較したときには、完全積立など実現できてはいない。そもそも、積立資産額があるとはいっても、事実上の賦課方式の導入が行われていて、債務額の計測ができないような仕組みになっています。要は、給付債務に対して、資産の裏付けがない。

厚生年金基金のほうは、完全積立を前提にして、債務額との比較において資産額の管理が行われています。だからこそ、代行割れが問題になるのです。さて、これでは、代行割れとはいっても、資産の明確な裏付けのある厚生年金基金のほうが、ある意味、より健全で安全なのです。

その厚生年金基金を廃止して厚生年金本体へ統合すれば、基金の資産は国庫へ収納されて、原資が不足する厚生年金本体の給付へ充当されます。厚生年金本体の問題から国民の関心を逸らせるだけでなく、基金資産という隠れ財源を確保できるのです。ここに民主党の政策の出鱈目さと巧妙さがあったのですが、厚生労働省の役人にとっても、自分たちの責任を回避するためには、この愚かな政策に迎合する利益があったのです。

民間部門としての厚生年金基金の優位

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要は、民間部門として運営されてきた厚生年金基金には、民間部門としての優れた面があるのですが、その優れた比較対象を消し去れば、厚生年金本体の問題は目立たなくなるということなのです。これが政府の狙いです。

公的部門の厚生年金本体には、債務と資産の均衡という考え自体がない。しかし、厚生年金基金は、民間部門に属します。だからこそ、厳しく積立水準が規制されてきたのであり、厳しく管理されてきたからこそ、代行割れという事態が白日のもとに明瞭に出てくるのです。民間部門の厳格な管理の結果出てきた問題をあげつらい、公的部門の管理すらされていない問題を隠そうとするのは、いかにも不当です。しかも、基金の代行割れには技術的な改善策もあるのですから、なおさらに不当です。

厚生年金基金では、民間部門としての創意工夫と経営努力がなされてきたのです。例えば、保険料の収納実績も、基金のほうが優れているのではないでしょうか。資産運用もそうです。厚生労働省は、基金の創意工夫や努力による功績を不当に無視して、一部の基金の資産運用の問題性を大きく取り上げていますが、おかしなことです。全体としての基金の資産運用の質は、厚生年金本体を上回っていると思われるのです。

安倍政権は、成長戦略のなかで、民間資本の活用を重視しています。厚生年金基金の資産こそ、守られるべき民間資本の代表なのです。しかも、安倍政権は、安定雇用も重視しています。厚生年金基金は、中小零細企業にとっての安定雇用のための制度です。厚生年金基金廃止は、安倍政権の政策に明らかに矛盾しているのです。

何よりも、安倍政権の基本政策は、官から民へ、ではないのか、民間活力、民間の創意工夫と経営努力の活用ではないのか。厚生年金基金は民、厚生年金本体は官です。基金を廃止して本体へ統合することは、民から官への逆行であり、基金の創意工夫と経営努力の長い歴史を踏みにじるものであって、明らかに基本政策に反する。このことは、声を大にして強調しておきたい。

厚生年金基金の事実上の廃止は、日本の未来のために、断固として止めなければならない。厚生労働省の役人の無責任かつ卑劣な手法が罷り通るようでは、将来の政治に禍根を残します。そして、基金のような民間部門こそが、日本の将来を支えるからです。

これまでの経緯としては、民主党政権のときには、制度としての厚生年金基金の廃止だったのですが、安倍政権になって、基金の存続を前提にしたうえで、その存続条件を著しく厳格にして、事実上の廃止を目指す方向になりました。ところが、最後にきて、自民党が民主党に妥協するかたちで、制度としての廃止という方向性は残ることになってしまいました。それでも、まだ時間はあります。戦いは、これからです。

任意解散の動きを防止する戦略

厚生年金基金が戦いに勝つためには、基金内部から生じる可能性がある任意解散への動きを阻止することが急務です。実は、厚生労働省は、基金制度の将来についての社会的不安をばら撒くことで、基金内部から自壊していくことを狙っているのです。事情をよく理解しない企業の経営者にとっては、厚生労働省の暴走の真意は理解できず、ただ将来についての不安をもつのが自然です。できるだけ早く解散をしておいたほうが得なのではないかと思う経営者が増えてもおかしくはありません。

ここが、厚生労働省の狙いです。行政庁の行為としては、実に卑劣な奸計であり、正しい行政のあり方を守るためにも、国民として徹底的に糾弾していかなければならないことなのです。

基金の内部からの自壊を防ぐためには、丁寧な説明によって、設立母体になっている業界団体の支持と経営者の理解を取り付けるしかありません。逆に、業界団体の支持が得られない基金は、残念ながら、存立の基盤が失われているのです。

基金を強制的に止めさせるためには、厚生労働省は、解散命令でも出すしかない。しかし、それは、受給権の侵害を考えれば、訴訟が起きる可能性も大きく、相当に勇気のいることです。厚生労働省にして、それだけの責任をとることができるのなら、最初から責任逃れのための基金制度の廃止へ奔走することもない。

基金が任意に解散すれば、厚生労働省は全く責任を負わずに済みます。そのような行政庁による出鱈目と無責任が横行していいはずはない。基金は決して任意に解散の道を選んではならない。そのためには、母体団体の強い支持を取り付けなくてはならないのです。

次に重要なのは、国民一般の理解を得ることです。そのためには、厚生年金本体との関連で基金の相対的優位を位置づけること、安倍政権の基本政策(成長資本確保、安定雇用政策、官から民)との関連で基金廃止の矛盾を訴えること、そして何よりも、厚生労働省の不当、卑劣、横暴なやり方を告発していくことなど、より大きな社会的文脈のなかで、基金の意義を訴えていくことが必要です。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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