「愛の不時着」同様に初回は不評 韓流ドラマ「ヴィンチェンツォ」現地評価を一変したポイントとは?
「愛の不時着」を引き継ぐ名作。そんな日本メディアの評価もある。
「『愛の不時着』制作会社の化物傑作」(クイック・ジャパンウェブ)
「今年最大ヒットの予感」(東洋経済オンライン)
韓流ドラマ「ヴィンチェンツォ」のことだ。
2月にNetflixで日本国内での独占配信が始まった。韓国では2021年2月20日から5月2日まで放映された作品だ。韓国でのドラマ公式サイトにはあらすじがこう説明されている。
「組織の裏切りにより韓国に来ることになったイタリアのマフィア弁護士がベテランの腫れ物扱いされる弁護士とともに、悪党の方式で悪党を倒す話」
ソン・ジュンギが扮する主人公はイタリア系韓国人のマフィア、ヴィンチェンツォ・カッサーノという設定。韓国にやってきて、財閥のトップ、顧問弁護士、検察、裁判官、メディアが組むカルテルを倒していく。
「愛の不時着」「サイコだけど大丈夫」と同じドラマ制作会社、スタジオ・ドラゴンによる制作でもある。両作と同じtvNの「土日ドラマ枠」での放映だった(同枠でのヴィンチェンツォの最高視聴率は歴代6位/最終回)。韓国最大のポータルサイト「NAVER」の作品紹介ページには6万を超える登録者がおり、「続編を」という声が相次いでいる。
参考記事:tvNとは? 筆者記事「韓国記者と語った「愛の不時着論」 ジョンヒョクのカッコよさとは?」
「『愛の不時着』も『ヴィンチェンツォ』も、徹底的に興行成績を狙って企画したドラマです。制作会社のスタジオ・ドラゴンはトップスターとの交渉に総力を注ぎ、その人気やスター性をドラマに生かしていますね」(韓国「スポーツ京郷」芸能担当イ・ユジン記者)
一見冷徹そうな超イケメンがどんどん感情を表していく。「愛の不時着」と同様の流れも汲んでいる。さらに「梨泰院クラス」など他の人気作に登場したキャストが多数出演している点も楽しめる。
はたして韓国での人気は? ホントに「第2の愛の不時着」なのか? 現地スポーツ紙芸能記者や一般のファンの声、インターネット上の反応を調査した。
制作者側の主演への並々ならぬ思い
「最初は反応が芳しくありませんでした。予告編の動画が流れた時も韓国でありがちな、荒っぽい暴力アクションの作品かなと思われたのですが、始まってみると幼稚にすら見えました。コメディ、アクション、スリルの内容も散漫。はっきり言うと評価は高くなかったですね。個人的には逆に日本での反応を聞きたいくらいですよ。法廷にハチを放った時、どう思いましたか? と」(前出のイ記者)
(最初の予告編映像)
愛の不時着も韓国では序盤は不評だった。理由はパラシュートで北朝鮮に飛んでいくという「設定の不自然さ」。「ヴィンチェンツォ」でもそれは同じことだった。韓国人がイタリアのマフィアに!? 韓国の視聴者はそこについていけなかったのだという。
この評価をひっくり返したのは何だったのか。
「主演ソン・ジュンギのイケメンっぷりですよ。ルックスと演技力が悪評を好評に変えていきました。ドラマのファンの間でも『ソン・ジュンギの顔だけが唯一の確かなもの』という評価が高まっていったのです」(同)
ソン・ジュンギにキュンとくる。韓国女性も日本と同様のようだ。韓国最大のポータルサイト「NAVER」の同作品概要コーナーにはこんなコメントが書き込まれている。
「17話の最初の場面のヴィンチェンツォ、かっこいい。敵の大ボスのところに向かうんだけど…。緊張感が溢れてて、忘れられない名場面のひとつになっています」
「16話でお母さんが亡くなった後、復讐しようとする場面がホントにカッコいい! ソン・ジュンギさんの目ヂカラによる演技、本当に画面に吸い込まれそう。アクションも香港映画よりカッコいいし」
ソン・ジュンギ(35)は、08年にデビューし、「トキメキ☆成均館スキャンダル」(2010年)、「太陽の末裔 Love Under The Sun」(2016)などで注目を集めた。
このスターに対し、「制作陣は”出演陣のなかの1トップ”というほどの愛情を注いだ」(イ記者)。韓国では第4話でヒロインあるホン・チャヨンの父、ホン・ユチャン弁護士が謎の死を遂げた後の話がよく知られているという。法律事務所の事務方、ナム・ジュソンは父が育てていた植物に、ひとつひとつ名前をつけていった。これが過去にソン・ジュンギが出演したドラマでの役柄名だったという点だ。
それほどの”思い入れ”で作られた作品。ヒットにより、ソン・ジュンギはさらなるスターダムにのし上がった。
「完全に第2の全盛期を迎えていますね。じつのところ、(かつての共演者)女優ソン・ヘギョとの短い結婚生活(2017年10月-2019年7月)を終え、離婚する過程のなかで韓国の一部女性ファンを失望させることもありました。そんな彼がヴィンチェンツォで”復帰”し、演技力を証明したのです」
(2度めの予告編映像)
大新聞で大学教授が真剣にドラマを論じた!
もちろん、作品が評価される点は、主演のカッコよさだけではない。
「悪をもって悪を制す」
という作品性についてだ。韓国に戻ったイタリア系韓国人のマフィア顧問弁護士ヴィンチェンツォが、近年のリアルな韓国社会でも悪役と目される「富める者」の悪を倒していく。これについて、左派系の大手紙「京郷新聞」のオピニオン記事でソウル大学の中国文学科キム・ウォレ教授が大マジメに論じている。
「視聴率も高い。主人公がスター演技者であるおかげでもあるだろうが、(復讐の際に)悪行を繰り広げても処罰を受けない。むしろ敵勢力が社会主導層であるかのように振る舞うことに対する、私的な罰を与えるというテーマが、依然として人気を得るという現状のようだ。仮に主人公が与える罰がより法的・道徳的な秩序から外れていたとしても視聴者はよりカタルシスを感じていただろう。処罰の方法に不法性や残虐性があったとしても別に問題にはしないだろう」(5月26日の紙面より)
近年の韓国社会では「甲質(カプチル)」と呼ばれる「パワハラ体質」、そして「既得権益層の利益独占」が大きな問題になっている。2017年3月の朴槿恵大統領罷免が最たる出来事だ。朴前大統領は「かつて独裁政権で強大な権力を持っていた朴正煕大統領の娘」。彼女もまた大統領となり「調子に乗った」。利権を与えていた旧友と結託して政策までを決めていた点が大きな反発を招き、大型デモが起き、憲法裁判所の裁きを受けた。
また近年では「たまねぎ男」ことチョ・グク前法相は地位を利用して娘の名門大学進学に不正を働いたなどの疑惑をかけられた。のみならず司法、大手メディア、大企業などが結託している。そういうイメージが強い。それだけに第4話で「悪党」バベルの顧問弁護士が記者団を前にして「富める者は悪と決めつけています」と言い返した点は逆に鮮烈ですらあった。
記事の筆者であるソウル大のキム教授は、韓国でも過去には「強者の悪事に対して、弱者が悪事で対処する」というストーリーはあったとする。しかし、その手法を取ったものもまた「弱者から避けられ、英雄視されるどころか望まない死や非難が浴びせられた」。
つまり、ドラマのなかでヴィンチェンツォが自らを正義ぶらず、「悪党」と言い切る点が重要だというのだ。
「だからといって、強者の悪行に対する処罰が公正に行われたのなら話に興味が持たれただろうか? 歴史に仮定は無意味だ。だからこそ『ヴィンチェンツォ』のようなドラマが人気を得るのだろう」
(予告編本編)
愛の不時着とはまた違った「良さ」
いっぽうで、作品にはこういった評価も目立った。
「土日の午後9時から楽に見るのにすごくいいドラマでした」(ソウル在住30代男性)
「普通のドラマは主人公が受ける苦痛の時間が長くて、観るのもつらいけど、これは悪党が悪党にすぐに反撃するのがよかった」(同40代男性)
話がシンプルなのだ。「愛の不時着」のように、複数の恋愛ストーリーあり、スリル、サスペンス、コメディありといった「山盛り」ではないのだ。ヴィンチェンツォは、悪を倒す話、アクションがメインでそこにコメディが絡んでくる印象。本当にシンプル。
その証として主役級の男女二人のキスシーンは、全20話のうち、なんと14話まで登場しない。だからこそ韓国では「中央日報」が「キスシーンに爆発的反応」と記事にするほどの反響があったのだ。
ソン・ジュンギ本人は韓国でのオンエア終了直後、2021年5月4日の同紙のインタビューでこう答えている。
「恋愛のシーンがないことを望む方もいて、もっと多い方がいいとおっしゃる方もいる。現場でスタッフからその話を聞いて、反応を知りました。僕は個人的にそういった多様な意見があることを楽しむ方です」
韓国では「ない方がよい」という意見もあったという。重ねて、それほどに全体がシンプルな要素で作られているということ。韓国での反応を見る限り、こういうことが言える。
「ヴィンチェンツォとは没頭して、スイスイ観続けて、観た後にスカッとなる名作」
本に例えるなら「一気に読める小説」といったところか。
「余韻やメッセージ性が残るドラマではないものの、週末の時間に余裕がある時に見るにはとても良いという評価ですね」(イ記者)
国内最大のポータルサイト、NAVERの作品紹介欄での登録者数は6万6400人。
コロナ時代以降の日本での「3大人気作」とみられている「梨泰院クラス(7万2736)」「サイコだけど大丈夫(6万6951)」と同等の数字だ。「愛の不時着」の13万3487は別格だが、「ヴィンチェンツォ」は同じ制作会社ながらに、まったく違った魅力を持つ作品。韓国では、そういった位置づけにある。
まだまだ韓国でのオンエアが終わって2ヶ月。なにせ「口当たり(見やすさ)」は最高なだけに、ここからも国外で評価を高めていくポテンシャルはある。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】