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「メリークリスマス」忌避なぜ

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
「メリークリスマス」のサインボードに囲まれて演説するトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

 クリスマスにふさわしいあいさつは「Merry Christmas(メリークリスマス)」か、それとも「Happy Holidays(ハッピーホリデー)」か。クリスマスを目前に控えた米国で、クリスマに交わす言葉が議論を呼んでいる。仕掛け人はドナルド・トランプ大統領。選挙戦の時に、当選したら「メリークリスマス」を使うと支持者に約束。大統領として初めて迎えるクリスマスに、公約通り、至るところで「メリークリスマス」を発している。一方、敢えて「メリークリスマス」でなく「ハッピーホリデー」を使う米国人も増加。背景には、多宗教国家ならではの事情がある。

「メリークリスマス」で大歓声

 今月8日、フロリダ州で支持者向けの集会を開いたトランプ大統領。目を引いたのは、会場のあちこちで支持者が掲げた「メリークリスマス」のサインボード。演説するトランプ氏の前にも、緑地に赤で大きく「メリークリマス」と書かれたサインボードが並んだ。その「メリークリスマス」の文字の下には、トランプ氏の選挙スローガンである「米国を再び偉大な国にする」の文字が印刷。そして、支持者の大きな歓声に迎えられて演説台に上ったトランプ氏が「まず、みなさん、こう言わせて下さい。クリスマス本当におめでとう」と演説を始めると、一段と大きな歓声が沸き起こった。

 トランプ大統領が「メリークリスマス」を強調するのは、クリスマスが近づいているからだけではない。トランプ氏は昨年の選挙キャンペーン中から、自分が大統領になったら「再びメリークリスマスと言えるようにする」と支持者に訴え続けてきた。最近は、隗より始めよと言わんばかりに、「メリークリスマス」を口にする場面も目立つ。トランプ氏の政治資金団体が25日から流す予定のテレビコマーシャルでは、最後に小さな女の子が登場し、「トランプ大統領、またメリークリスマスと言えるようにしてくれてありがとう」とトランプ氏に感謝の言葉を述べるシーンがあるという。

クリスマスカードも

 クリスマスのあいさつは「メリークリスマス」が当然と思われがちだが、米国人は昔ほど、この言葉を使わなくなってきている。例えば、年末商戦では、買い物客に対し「メリークリスマス」ではなく「ハッピーホリデー」と呼び掛ける店が増加。友人や知人、会社の同僚、取引先などと交わすクリスマスカードのあいさつ文からも「メリークリスマス」の文字は消えつつある。

 民間調査機関ピュー・リサーチ・センターが、クリスマス期間中に店で買い物をする際に、店員などから掛けてもらうあいさつは「メリークリスマス」と「ハッピーホリデー」のどちらがいいか聞いたところ、「メリークリスマスを好む」と答えた人は32%で、2012年の42%から大きくダウン。逆に、「ハッピーホリデーを好む」と答えた人は、12%から15%に増えた。「どちらでも構わない」との答えも6ポイントアップの52%で、米国民のメリークリスマス離れが鮮明になっている。

 背景にあるのは、2001年の同時テロ以降に出てきた、文化や宗教の多様性を認め合おうという米社会の流れだ。本来、キリストの誕生を祝福する意味の「メリークリスマス」は、イスラム教徒や仏教徒、ユダヤ教徒などには使うべきではないとの世論が徐々に勢いを増すのに伴い、とりわけビジネスや公共の場では、宗教色のない無難な「ハッピーホリデー」が好まれるようになった。

 こうした傾向を快く思わないのが、トランプ大統領の支持層である白人保守層だ。ピュー・リサーチ・センターが先ほどの回答を支持政党別に分析したところ、共和党支持者では「メリークリスマスを好む」が54%に達し、「ハッピーホリデーを好む」はわずか7%だった。対照的に、民主党支持者はメリークリスマス派とハッピーホリデー派が19%対20%で拮抗。ただ、一番多かったのは「どちらでも構わない」という無関心派で、61%だった。

若い世代ほどクリスマス離れ

 「メリークリスマス」という言葉がかつてほど使われなくなったもう1つの理由は、宗教への関心の薄れだ。米国は、州によっては進化論を公立学校で教えることを禁止するほど宗教の影響の強い社会だが、クリスマスは「宗教行事」としてより「文化的なイベント」ととらえる国民が若い層を中心に増えている。ピュー・リサーチ・センターの調査では、クリスマスイブやクリスマス当日に教会に行くと答えた国民は半数を超えるが、ミレニアル世代と呼ばれる若い世代に限れば、行かない人のほうが多い。クリスマスのあいさつは「メリークリスマス」でも「ハッピーホリデー」でもどちらでも構わないとの答えが一番多いのも、ミレニアル世代だ。

 「メリークリスマス」をめぐる論争は、もともと10年以上前に、保守派のテレビキャスターらが、クリスマスの行事から宗教色がどんどん取り除かれて行く流れに異議を唱え、「War on Christmas(クリスマスをめぐる戦争)」と刺激的なコピーを付けて世論を焚きつけたのが始まりとされる。

 トランプ大統領が登場してから社会の分断がより一層目立つ米国だが、その影響は、人々が心の平和を祈る機会でもあるクリスマスにまで及んでいる。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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