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The Flipより印象深いジーターの名シーン その2「打ちやすいタマを投げられた?最後の球宴」

豊浦彰太郎Baseball Writer
2014年の球宴は正にジーターのためのものだったのだが・・・(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

ジーターの現役時代で個人的に最も思いで深いシーンについて書いている。「その1」では「3000本安打での脱帽」”I raise my hat”について記した。次は、現役最終年2014年の球宴での出来事だ。

“He deserves it”

2014年オールスターの最大の見ものは、間違いなくデレク・ジーター最後の晴れ姿だった。彼はア・リーグのトップバッターとして2打数2安打。球宴での通算打率を.481とし4回表に一旦守備位置に就いた後に、大観衆の拍手と声援に送られベンチに下がった。その姿はまさに千両役者だった。

しかし、日本ではほとんど話題になることもなかったが、初回の打席でのジーターらしいインサイドアウトのダブルは、相手投手のアダム・ウェインライトが“I was gonna give him a couple pipe shots."(打ちやすいタマを投げた)と発言したことで現地では物議を醸した。彼は試合中のインタビューでそうコメントし“He deserves it.”(彼はそういう待遇を受けるに値する)と付け加えた。

球宴といえども「八百長」は大問題だ。事の大きさに気付いたウェインライトはその後「あれはジョークで言ったに過ぎない」と否定した。米メディアでの反応はもちろん「花を持たせる」プレーに否定的だったが、ベースボール・ブログのポータルサイト『SB Nation』に掲載されたグラント・ブリスビー記者による“Why Adam Wainwright's grooved pitch to Derek Jeter was a big deal”(アダム・ウェインライトがデレク・ジーターにど真ん中に投げたことが問題な理由)には、メジャーには引退間際の大打者に敢えて打ちやすいタマを投げはなむけとする「書かれざるルール」があると記されていた。

良し悪しは別にして、メジャーにはこのような土壌も実は存在しているのだ。そうであれば、この時のウェインライトの対応も許容すべきなのだろうか?

ぼくに言わせればそれは「ノー」だ。なぜなら、その記事中に紹介されている例においてもどの投手も「打たせようとした」とは言っていないからだ。

1968年にタイガースのデニー・マクレーンが現役最終年のミッキー・マントルに意図的に打ちやすいタマを投げ、それをマントルがホームランとした試合後、マントルが「ありがとうよ」と声を掛けるとマクレーンは何のことだ?と言わんばかりに「失投しただけのことだ」と応えたそうだ。これをwink wink agreement(ウインクによる合意)と言うらしい。

また、2007年に当時パドレスのジェイク・ピービーがバリー・ボンズの現役最後の打席にてホームランボールを投げたことも紹介されていた(結果は打ち損じで中飛だった)。このケースでは、試合後にピービー(2004年には通算700号を献上している)は「バリーを尊敬している。彼には最後に自分のスイングをしてもらいたかった」と含みを持たせた発言をしているが、はっきり「打たせたかった」とは言っていない。

今回の例では、ジーターを敬愛するがあまり打ちやすいタマを投げたことを許容したとしても、それをインタビューでばらしてしまうのは「おきて破り」だし、ジーターの面目をつぶしてしまうものだ。彼はその事実をそっと自分の胸の中にしまっておけば良かったのだ。

ではなぜウェインライトはそんな余計な一言を漏らしてしまったのか?本来彼はおしゃべりな選手ではないし、過去「舌禍」に至るような問題発言をしたことない。

ここから先はぼくの推論になるが、その前に認識しておくべき事実がある。前述の「八百長投球」犯のマクレーンも、ピービーも超一流の投手だったというとだ。マクレーンはその年31勝を挙げ、MVPとサイ・ヤングをダブル受賞。ちなみに彼はMLB最後の30勝投手だ。ピービーにしてもその2007年は勝利(19)、防御率(2.54)、奪三振(240)の投手三冠で、万票でサイ・ヤング賞を受賞している。言い換えれば、引退間際の大スターに花を持たせる投球をすることは大スターの投手だけに許された特権なのだ。

ウェインライトも確かに有数の好投手だ。2009年には最多勝(19)のタイトルを獲得している。13年開幕前には5年総額9750万ドルというビッグな契約も手にした。しかし、その一方で同じ投手でもクレイトン・カーショウやジャスティン・バーランダー、フェリックス・ヘルナンデスらその当時の「大スター」と同等の評価を確固たるものにしていたかというとそうでもない。実力はだれもが認めるところながら、やや日陰の存在であったことは否定できないのだ。

そんなウェインライトがそのシーズンも絶好調な前半戦を過ごした。防御率、FIP、WARがリーグトップで11勝は2位だった。(最終的にはキャリア2度目の20勝を達成した)。だれがどう見ても球宴初戦に先発するに相応しい実績だ。

彼は「オレのことをちゃんと認めてくれ」と世界中のファンに訴えたかったのではないか?

インタビューでは、“He deserves it.”と述べたが、一番伝えたかったのは”I deserve it”(オレこそがジーターに花を持たせる役回りに相応しい)ということではなかったのか。

どちらかというと寡黙なウェインライトが、言わずもがなの一言を漏らしてしまった最大の理由はそれではないかとぼくは今でも思っている。ジーターはどう感じているのだろうか。

<その1>はこちら

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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