Yahoo!ニュース

今さら聞けない「ジョブ型」雇用ってなに?【山本紳也×倉重公太朗】第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

今回のコロナ禍で、働く現場には大きな変化がありました。ホワイトカラーを中心に在宅勤務が増え、これまでメンバーシップ型が中心だった雇用や人事制度にも大きな疑問が投げかけられています。「アメリカのようなジョブ型にすべきだ」という議論もある一方で、その定義があいまいなまま理解されている方も多いようです。ジョブ型やメンバーシップ型雇用の特徴とそのメリット・デメリットについて、経営コンサルタントの山本紳也さんに解説していただきました。

<ポイント>

・日本がジョブ型へ移行するにはどうすべきか

・アメリカや中国では新卒に3,000万払う?

・メンバーシップもいろいろなものを犠牲にしている

――――――――――――――――――――――――――――――――――

■日本以外の国のほとんどはジョブ型を選択する

倉重:改めて、ジョブ型雇用ってなんだろうという人向けに、一番簡単なところから説明すると、ジョブ型雇用は外資系の会社がやっているというイメージでいいのですか。

山本:そうですね。日本国内だとジョブ型がみられるのは外資系企業でしょうね。ただ、日本国内だと、外資系企業でもメンバーシップ型の企業も多いと思います。全世界のことは分かりませんが、日本以外の国では、ジョブ型とメンバーシップ型の二者択一の質問にしてしまうと、ほとんどの国がジョブ型だと思います。

倉重:そうですよね。アジアもそうですし、ヨーロッパもアメリカもそうです。

山本:組合員の話になってくると、国によって、また全然違ってくるので、そこはまた別だと思いますけど。ジョブ型は、あくまでジョブポジションが先にあるのが前提です。ジョブとポジションというのは、同じような意味で使われるケースが多いのですけど、組織図を見たときの一つの箱や、椅子という概念です。椅子や箱は、「こういう役割と責任で、こういう仕事です」というのが先に決まっています。

従って、そこの椅子に座る人、箱に入る人は、その役割責任が果たせる人です。「こういう仕事が責任の範疇として求められます」ということが決まっていて、それを明示したものがジョブ・ディスクリプションです。

倉重:責任と役割が、明確に定義されているということですね。

山本:そうです。役割責任が明確に定義されています。労働市場が形成されている他の国では、「この地域で、この業界で、この役割責任だったら、だいたいこれくらい」という値札が、その椅子や箱に付いてくるのです。

倉重:市場価値というのがあるのですよね。

山本:そうです。労働者が異動するので、そこに労働市場が生まれ、そこで市場価格というのが決まってきて、プライスタグが付くということです。「この仕事で、このぐらいの給料でいかがですか」というものが先に存在していて、個人が「その条件で私にやらせてください」と手を挙げて契約するのがジョブ型です。

倉重:そうですね。

山本:これは転職して外から入ってくるときだけではなくて、社内のポジションを移動するときも、考え方は似ていますよね。社内でも、新たなジョブに対して人をつける再契約が行われる感覚です。Aという仕事をしていた人に、Bの仕事の条件を提示して、それに合致したら異動が行われますよね。

倉重:ジョブ型だと、仕事が変わるということは、契約変更ということですよね。

山本:そういうことです。

倉重:日本で働いていて「ジョブ型のイメージがよく分からない」という人もいるのですが、一番分かりやすい例で言ったら、スーパーのレジ打ちや、居酒屋のホールスタッフです。基本的にジョブに対する賃金は決まっていますし、市場価格も、同じ地域であればだいたい同じぐらいです。

山本:日本ではパートや契約社員と言われる人たちは、基本的にそうなっているケースが多いですよね。

倉重:日本では、非正規のほうがジョブ型になっていますから。

山本:そうなのです。ちょっと前に自分のブログでも書きましたけど、今秋ディズニーランドのダンサーたちの仕事がなくなったので、他の業務に職務転換をするか辞めてもらうかの選択肢を提示されたというニュースが流れました。「ディズニーも大変だ」というのが論調ではあるのですけれども、それに対して「かわいそう」「冷たい」というコメントが多くみられたのは、日本特有の反応だと思います。

 ダンサーたちはジョブ型雇用で契約しています。だから、ダンスの仕事がなくなったら職を失います。ジョブ型とはそういうものなのです。ところが、そのニュースを見ている人たちはメンバーシップ型の頭だから、「クビにするのはかわいそう」と思ってしまうのです。

倉重:「別の仕事を用意できないのか」と。

山本:そうです。そのへんがきちんと整理できないと、今回のジョブ型移行議論もうまく進まないでしょう。

倉重:そんな中で、最近では「ジョブ型雇用にしたら良いのではないか」というような動きも、いろいろな報道で見るようになってきました。山本さんがブログに書かれていたように、まだ理解が浅いせいか、さまざまな誤解があるようです。今日は、そのへんを正していただきたいと思っています。

山本:今言ったような前提を理解した上でしっかり進める必要があります。メンバーシップ型というのは、先ほど言ったように、ある程度雇用が守られているわけです。ジョブ型というのは、ジョブがなくなれば雇用はなくなります。

 メンバーシップ型は、自分の仕事がなくなろうと、きちんと成果を上げられていなかろうと、会社が配属したのだから、雇用責任のある会社が新しい仕事を用意してくれます。真の欧米的なジョブ型になった場合には、契約しているジョブがなくなれば、当然自分の仕事はなくなるわけです。

 雇用契約にはジョブ・ディスクリプションが付いており、「これだけの仕事をきちんとまっとうしてください」「これだけの成果を上げてください」というのが書いてあって、この契約書のとおりに成果が上がらなかったらクビになるのです。「それだけ厳しい世界に、皆さんは本気で飛び込むのですか?」という議論が、どこでもされていない気がします。

倉重:なるほど。「ジョブ型にしたら全部ハッピー」「自由で自律的な働き方ができる」「成果に対して公平な報酬が払われる」という単純な話ではないということですよね。

山本:そんな良いところ取りしただけの、単純な話ではないと思います。メンバーシップ型で、「この人すごい優秀なんだけどあっちに回せない?」と配置転換できるほうが会社にとっても都合が良く、個人も多様なキャリアが歩めます。

 ところがジョブ型になった場合には、そういう異動は会社としても簡単にはできないし、個人としても、契約した限り、自分できっちりと仕事の責任を負う必要があります。自分で責任を持って仕事を取り、結果を出さなければいけないということが明確かつ厳しく求められると思います。

倉重:このへんが、うまく伝わっていないのかなと思っています。先進国の多くはジョブ型的な考え方、雇用慣行、そして労働法があります。日本もそちらの方向に舵を切るとなると、「会社が仕事をなくすことによって簡単にクビを切れるじゃないか」という言い回しをする方が結構多いのです。少なくともジョブ型の人事制度を入れたからと言って日本の労働法において劇的に解雇がしやすくなるということはありません。

山本:なるほど。そのへんは難しいですね。私がPwCでM&Aの仕事をよくしていた時に、会社分割承継法というものができました。あれは解決策のひとつですね。事業を切り売りする中で、「雇用に関しては会社は勝手なことはできない」という法律ですよね。「言われたとおりに事業を行ってください」「その代わりクビにはせずに同じ条件で雇用を引き継ぎます」という取り決めです。ああいう制度が整っていかないと、なかなか難しいですね。

話がそれてしまいました。ジョブ型というのは、会社の視点から言うと一つの選択肢だと思います。グローバル社会で技術進歩の激しい中で、ビジネスで勝っていこうと思うと、やはり必要な仕事が先にあって、その適所に適材を持ってくるというやり方にせざるを得なくなるのです。それは会社よりも個人のほうがきちんと考えなくてはいけないことだと思います。

倉重:そうしないと、日本企業も世界で勝てないという話ですよね。

山本:そうです。日本企業でも例外的に「AIの勉強をして特定のことができる人は新卒でも1,000万払います」みたいな人事がポツポツ出てきています。もう「適材適所」なんて甘いことでは、仕事が回らなくなってきています。徐々に「適所適材」の形になってきているので、最終的に会社としてはジョブ型になると思います。但し、その過程で、やれる仕事がなくなった人には、どうにかして去っていただくという選択肢の検討がどうしても必要になります。

 ところが先ほどから話しているように、日本は学生時代からメンバーシップ型を意識した「就社」を念頭において勉強し、育ってきた人たちばかりです。そういう個人がいきなり「ジョブ型にしてください」と言われてもきついですよね。

会社サイドの議論だけでなく、個人サイドがもう少し理解をして、議論をしていかなければうまくいかない気がします。会社サイドにしても、メンバーシップ型で採用し、簡単に辞めてもらうことはできない状態で、ジョブ型に移行することは課題が多いですけどね。

倉重:日本にはどういう形のジョブ型への移行があり得るのでしょうか? いきなり新卒の時点からジョブで採用し、その前提としてインターンでスキルを身につけるといった、ヨーロッパみたいなやり方は、日本の教育システムや社会風土的に合わないと思います。

 例えば新卒で入社して10年ぐらいはある程度メンバーシップ的に考えて、やりたいことが見つかれば専門コースにいけばいいし、ゼネラルになりたいのであれば一般コースのままで行くことを選択させるのが現実的かと思っています。いかがですか。

山本:それはおっしゃるとおりだと思います。入社して2~3年は、いろいろな仕事をさせる会社も出てきています。今おっしゃったように、20代の間はさまざまな経験させるのは、今の日本の現実にはあっていると思います。

倉重:新卒の時点からジョブ型にするには教育システムが変わらないと無理ですよね。

山本:そうです。会社がいろいろトライして変わっていく間に、教育システムも徐々に変わっていくかと思います。

一方で、先ほどのAIの話ではないですが、大学や大学院を出たばかりでも「こいつはバリューがある」「こいつは欲しい」という人間に対しては、もう最初から800万、1,000万の給与を与えることも必要でしょうね。アメリカや中国などでは、今は3,000万という世界らしいです。

倉重:数は少なくても、1年目から飛び抜けた人がいてもいいと思います。

山本:そうです。そういう人が出てくると思うと、学生の意識も変わるし、学校の教育のスタイルも変わってくるように思います。

倉重:「ああ、いいな、あいつイケてるな」という成功例を出していくことですね。

山本:そうですね。たぶん20代の間ローテーションしているよりも、早めに専門的なポジションにつけたほうが、そのタイミングでの処遇もいいし、その後のキャリアも早く進めるというのが見えてくるので、大学や学生の意識も変わってくる気はします。

倉重:そうですね。就職ランキングを見て「どこの会社がいいかな」ということではなくて、早く自分の適職ややりたいことを見つけたほうが、結果的にいいキャリアを歩めるという体感をしてもらったほうがいいですね。

山本:たぶん若い方はそれでいいのです。20代の間にどうにかして自分の専門性をつけて、キャリアを意識するといいと思います。ただ、すでにメンバーシップ型の会社に15年、20年いて、「今後まだ20年あります」という人たちがきついですね。

倉重:ジョブ型競争というか、ポジション争いに敗れた方々でしょうか。

山本:敗れた方というのか、たぶん、そういうつもりで働いてこなかった人たちです。まずは意識改革からでしょうね。

倉重:当然欧米でも、そういう方はいらっしゃると思うのですけど、40、50歳になるとどういう感じになるのでしょうか。

山本:欧米にもいますが、意識はちょっと違うと思います。たぶん一番の違いは、「働き方を自分で選んでいる」ということです。希望通り選べなくても、どこかで自分を納得させています。働き方改革で必要なのは、まさにそこだと思うのです。「何に対してどのぐらい一生懸命働くのか」「何をやれるようになりたいのか」「そのためにどれだけ頑張らないといけないか」を自分で考え選択する。それを先ほどの話だと20代の間にしなくてはいけないのです。

 ところが、もうその域を超えている人たちには難しい感じもします。結局自立を促すということでもあるのです。今「働き方を自分で選ぶ」と言いましたけれども、そうすると、その先の人生まで自分で考える必要が出てきます。

 今の時代は昔と違って、10年後、20年後にどのような世の中になっているか分かりません。だいたいの収入や生活の仕方も、セットで考えなければいけなくなります。そうすると、やはりキャリアや人生設計を自分で考えることとセットになるのです。

倉重:「自分の責任において人生設計をせよ」って、ある意味、非常にドライにも聞こえてしまうのですけれど。

山本:それをドライだと感じるのは、たぶん、日本人が今までメンバーシップ型の世界で生きてきたからだと思います。最近はそこまで言う人はいないかもしれませんが、「会社の中で家族のように一緒にやっていく」「お互いに助け合っていく」というのがメンバーシップでした。「なんとか脱落はせずに最後まで一緒にいけた」という時代から比べると、確かにドライかもしれません。

 けれども今の生き方も、実はいろいろなものを犠牲にしています。自分のやりたいことや、家族との時間等です。「本当はこういうつもりではなかった」と30年たってから言ってももう遅いのです。そういう人たちも沢山いるわけです。

倉重:確かにそうですね。

山本:そうではなくて、最初から自分自身でキャリアを設計し、生き方を考えるというステージがあっても良いのではないかという話です。

すみません、先の質問と答えがずれてしまいましたね。他の国ではどうしているかという質問に戻ります。数字にするとインフレとの関係もありますが、最初から「年収は600万以上はいりません。その代わり500万で80歳まで働きます」というライフ設計を自分である程度行います。計画通りにいくかは別にしても、自分で立てた計画にそって働いている人達が多くいると思います。

成功、失敗と一言で言えるものではないですし、「自分の人生に責任をもっている」というと重すぎるかもしれないけれども、20歳のときから70歳までの人生を自分で作っているので、やはりそこに、ある程度の納得感がある気がします。本人に聞くとそうは言わないかもしれませんが。日本人に比べると、やっぱり自分の人生を自分で作っていると思うことは多いです。

倉重:自分で選択している、という感覚を持つのは重要ですね。

山本:はい。一方で、「自分は稼げるようになりたいから社長を目指す」あるいは「自分で会社を起こしてこんなことをやりたい」ということを20代のときから決めている人たちもいます。この人たちも、やはり成功、失敗はあるけれども、目標に向かって自分で選択をして、自分の責任でやっているわけです。

 ここで見落としてはいけないのは、「一生500万でいい」という人と、1億、10億稼ぐようになる人では、人生で仕事に費やしている時間が圧倒的に違うということです。ジョブ型の世界で社長になる人や、自分で事業を起こして成功している人は、他の人の何倍も労働時間は長いはずです。

倉重:世界のエグゼクティブはよく働いているという話ですよね。

山本:そうです。それが日本の場合には、社長と平社員を比べても、働いている時間、かけているエネルギー、人生でどれだけ仕事に頭を使うか、人生のウエイトをどれだけ仕事に置いているかを考えたときに、すごく差が小さいと思います。私が見聞きしている限り、アメリカや中国では、サラリーマンでずっと500万の人と何億円稼ぐ人というのは、そこのエネルギーと時間のかけ方が全然違うように思います。

倉重:ジョブ型の議論をするときに、欧米のジョブ・ディスクリプションがはっきりしていて、残業もそんなになくて、収入もそこそこいいというイメージで語られてしまっているケースが多いようですが、上にいく人は、相当な努力をしていますよね。それもやらされているわけではなくて、自分で選択した結果ですから。

山本:そうですね。日本ではその選択肢がない代わりに、皆同じぐらいのエネルギーと時間を使っているため、少ししか差が出ないという感じかもしれません。

倉重:メンバーシップの悪い例で言ってしまうと、仕事は与えてくれて、能力開発も会社にお任せで良くて、どこの場所で働くかも会社が決めてくれます。その代わり文句は言えないという形になってしまうと、なかなか自分で選択する機会がありません。

山本:できないというか、する必要がないのです。会社に任せていて給与が貰える、クビにもならないから楽ですよね。自己責任で無理する必要がない。でも、嫌なことも我慢はしなくてはいけません。

倉重:それで「会社が悪い」と言われたりします。私はそんな仕事が多いですね。

山本:そうですね。オンライン会議で「お前、顔出せよ」と言ったら、「出せよという言い方がパワハラだ」と言われるので黙っていたりします。「いやいや、給与を払っているんだから、きちんとした格好して顔出せよって、なんで言わないの?」と思いますよね。

倉重: そんなことまで言わなければいけないのか、と思うときも正直ありますね。

(つづく)

対談協力:山本紳也(やまもと しんや)

株式会社HRファーブラ代表 (元PwCパートナー)

上智大学 国際教養学部 非常勤教授

早稲田大学 国際教養学部 非常勤講師

IMD Learning Manager & Business Executive Coach

1985年慶応義塾大学理工学部卒業後、エプソンにてソフトウエアエンジニアとして従事後、イリノイ大学MBA修了。その後、約30年(内15年間PwC)に渡り組織人事コンサルタントとして活動。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

倉重公太朗の最近の記事