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国産蜂蜜から発がん性疑惑の農薬を検出

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

がんや免疫力の低下、発達障害などを引き起こす疑いが持たれている除草剤が輸入蜂蜜から相次いで検出され問題となっているが、安全と思われていた国産蜂蜜の多くからも、同じ除草剤が検出されていた。

約30サンプルを分析

問題の除草剤は米モンサント(2018年に独バイエルが買収)が開発したグリホサート。世界的に使用量が増えているが、国際保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC)は2015年、「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と発表した。

米国では、モンサントやバイエルを相手取ったがん患者らによる巨額訴訟が相次いでおり、現地からの報道によれば、先月にはカリフォルニア州最高裁が、グリホサートを使用し続けた影響でがんを発症したと主張する夫婦に8620万ドル(約97億4000万円)を支払うよう命じた控訴審の判決を支持する決定を下している。

日本でも、ニュージーランド産の人気高級蜂蜜からグリホサートが検出されたことが昨年、ニュースとなったが、その後、アルゼンチン産やカナダ産などの蜂蜜からも相次いで検出され、一部の商品が店頭から回収されるなどの騒ぎに発展した。

蜂蜜の安全性に対する懸念が強まる中、一般社団法人農民連食品分析センターは、国内の養蜂家などからの依頼を受け、昨年7月から今年11月にかけて、合計約30種類の国産蜂蜜を検査した。同センターの八田純人所長は、「そもそもグリホサートに関しては、まとまった形の残留検査は国内ではこれまであまり行われておらず、ましてや、国産蜂蜜を対象としたグリホサートの残留検査で、これほどサンプル数の多い検査は初めてではないか」と話す。

輸入蜂蜜より高い検出率

同センターではこのほど、依頼者の同意を得た12検体のデータを公表。全体の75%にあたる9検体からグリホサートが検出された。このうち2検体は国の定めた残留基準である0.01ppmを上回り、最高は基準値の10倍の0.10ppmだった。残留基準は食品によって異なるが、食品衛生法は、農薬が基準値を超えて残留している食品の販売や輸入を禁止している。

八田所長によると、未公表分の検出率や基準値超えの割合も、公表分とほぼ同じという。

75%という検出率は、輸入蜂蜜と比べても高い。全国はちみつ公正取引協議会と全日本はちみつ協同組合が昨年調査したとされる業界の内部資料によると、輸入蜂蜜からのグリホサートの検出率は、アルゼンチン産こそ77%と国産より高いが、他は、カナダ産47%、ニュージーランド産20%、ハンガリー産0%など、軒並み国産の検出率を下回っている。

販売禁止の対象となる基準値超えの割合を見ると、国産は17%(12検体中2検体)で、アルゼンチン産の71%やナダ産の33%、ニュージーランド産の20%などと比べて、けっして高くはない。だが、今回のデータを比較する限り、輸入蜂蜜のグリホサート残留濃度は最大でもアルゼンチン産から検出された0.07ppmで、国産の中にはそれを上回ったサンプルも複数ある。「国産だから安心」とは言い難い状況だ。

ドイツは使用禁止へ

蜂蜜からグリホサートが検出されるのは、グリホサートが散布された農地や公園、道路などに咲いている花から、ミツバチが蜜を集めたためと考えられている。グリホサートを有効成分とする代表的な除草剤「ラウンドアップ」の販売量は日本では右肩上がりで伸びており、その分、ミツバチがグリホサートに汚染された花蜜を集めてしまう可能性が高まっているようだ。

グリホサートは、従来は主に発がん性が懸念されていた。最近はそれに加え、食べ物を通じて体内に入ったグリホサートが、植物と同じシキミ酸経路を持つ腸内細菌叢を破壊し、その結果、発達障害や生殖異常、免疫力の低下などをもたらす可能性を示唆した研究報告が、日本を含め各国で相次いでいる。

こうしたグリホサートの人や地球環境への影響を懸念し、使用を禁止したり厳しく制限したりする国や地域も増えている。ドイツはグリホサートの使用規制を徐々に強化し、2024年に全面禁止する計画だ。米国では、公園や学校など公共スペースでのグリホサートの使用を禁止する自治体が増えている。これに加え、巨額の損害賠償訴訟が相次いでいることから、バイエルは、グリホサートを有効成分とする現在のラウンドアップの一般向け販売を、2022年末で終了すると発表した。

ハチに罪はない

一方、日本の厚生労働省は2017年、小麦に対するグリホサートの残留基準を、それまでの5ppmから6倍の30ppmに緩和。蜂蜜に対する残留基準も、早ければ今月中に従来の0.01ppmから5倍の0.05ppmに緩和する見通しだ。これまで残留濃度が高いとして販売禁止になっていた蜂蜜製品も、緩和後は自由に販売できることになる。業界関係者によれば、全国はちみつ公正取引協議会と全日本はちみつ協同組合は昨年12月22日付で、当時の田村憲久厚生労働大臣宛てに蜂蜜のグリホサート残留基準を見直すよう要望書を提出しており、これが影響した可能性もある。

八田所長によると、養蜂家の中には自分のところの蜂蜜からグリホサートが検出されたと知り、「グリホサートをまいた覚えなどないのに」と絶句する人もいたという。ミツバチが花蜜を集めるために飛び回る範囲は半径2~3キロメートルと言われており、土地が狭く、かつ農薬の使用が盛んな日本では、農薬の影響をまったく受けない場所に巣箱を据えることは、容易ではない。「みんなが安心して食べられるような蜂蜜をつくるには、まず、日本全体で農薬の使用量を減らすことが大切だ」と八田所長は指摘する。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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