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Jリーグの元名物社長がB3リーグで見る夢 ベルテックス静岡で奮闘する左伴繁雄の現在

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
清水エスパルス社長時代の左伴繁雄氏【写真:宇都宮徹壱】

「こっちに来て3カ月ちょっとですね。これまで大中小のJクラブを経験してきましたが、ここは(規模感では)極小ですね。オフィスの雰囲気は、僕がいた頃のベルマーレに似ているかもしれない。スタッフも10人しかいなくて、チアの女性が経理をやっています。今は予算の見方とか、KPI(重要業績評価指数)の作り方とかを教えながら、法人営業をメインにやっていますね」

 そう語るのはB3リーグ、ベルテックス静岡のエグゼクティブスーパーバイザー、左伴繁雄氏である。今年65歳の左伴氏は、横浜F・マリノスの社長(2001〜07年)、湘南ベルマーレでは常務取締役と専務取締役(08〜15年)、そして清水エスパルスの社長(15〜20年)を歴任。今年1月に清水の社長を退任した直後、お話を伺った際には「マイケル・ジョーダン系」のクラブからオファーがあったことを明かしている。とはいえ、この人のJリーグでの輝かしいキャリアを考えると、さすがB3というのは意外であった。

 横浜FM時代には、岡田武史監督を招聘してJ1連覇を達成(03年と04年)。湘南では一転「地を這うような営業」でクラブの財政基盤安定化に尽力することで、2度のJ1昇格(10年と13年)に貢献した。そして前職の清水時代では、クラブ史上初のJ2降格という屈辱を味わいながらも、1年でのJ1復帰(17年)とクラブのリブランディングでもリーダーシップを発揮。サッカー界ではお馴染みの元名物社長は、新天地となるB3で何を目指しているのか、久々に本人に話を聞いた。

■「1億だったら十分やっていける」B3クラブの実情

 エグゼクティブスーパーバイザーという、何ともいかめしい役職を拝命してはいる左伴氏。実際の仕事は、若い営業スタッフを引き連れての法人営業回りがメインなのだそうだ。2年前に設立されたばかりの新しいクラブということで、左伴氏はガバナンスやコンプライアンスといった組織の土台作りにも注力している。それにしても、B3クラブの予算というものは、どれくらいの規模感なのだろうか。

「今季の予算は1億3000万(円)。最初、それを聞いた時に『1桁違うのでは?』と思いましたよ。僕は去年、エスパルスを43億で締めてきましたから。でもBリーグの場合、10億超えでビッグクラブです。予算の平均はB1で6億、B2で3億くらい。B3で1億だったら十分やっていけるんですが、来季は倍の2億5000万くらいを目指します。本当は3億でもよかったんですが、コロナの影響もあるのでね」

 清水の社長時代の経験から、勝手知った土地での営業ではあるものの、時に古巣とバッティングするケースもある。その場合は「エスパルスの金額は下げないでくださいね」と念を押すそうだ。ところで法人営業の現場から見て、どのあたりにサッカーとバスケの違いを感じるのだろうか?「そんなに違いはないですね」としながらも、左伴氏はこう続ける。

「あえて違いを挙げるなら、バスケは集客マックスが低いことですかね。数千人で御の字という興行だからこそ、社員一丸でしっかり法人営業しないといけない。10万でも5万でも、深々と頭を下げていますよ。地元の法人さんから後押ししていただいて、一定の財力を確保してから『これは』という監督や選手を連れてくる。そこで初めて、お客さんがこっちを向いてくれます。そのあたりの感覚は、むしろJ2やJ3クラブに近いかもしれないですね」

エグゼクティブスーパーバイザー就任の会見にて【写真提供:ベルテックス静岡】
エグゼクティブスーパーバイザー就任の会見にて【写真提供:ベルテックス静岡】

■コロナ禍の今、Jクラブが「一番にやらないといけないこと」

 今回、左伴氏に話を聞いたのは、単に近況を知りたかっただけではない。Jリーグから距離を置く立場となった今、コロナ禍で経営に苦しむJクラブの現状をどう見ているのか、ぜひJリーグ再開を前に聞いておきたかった。実際、この中断期間中、左伴氏のもとには複数のJクラブ関係者から「泣きの電話」が入っていたそうだ。

「入場料収入というのは、Jクラブの年商のだいたい25%。全体で40億だったら、10億の数字が凹むわけですよ。年間チケットやスポンサー収入だけだと、人件費が追い抜いて資金ショートになるのは、だいたい7月から8月くらいでしょうね。これまでは試合があったから、その分の現金収入で何とか持ち堪えることができました。ところがコロナで入場料収入が絶たれて、しかも内部留保がないとなると、責任企業がないクラブは特に大変だと思いますよ」

 試合が行われないということは、単に入場料収入が見込めないという話だけでは済まされない。ファンや地域との絆が薄れてしまうリスクは、どのJクラブでも多かれ少なかれ感じている危惧であり、中断期間中はオンラインによるさまざまな発信や交流が試みられていた。そうした状況を元Jクラブ社長として、どう見ていたのだろうか。左伴氏の答えは、やや意外なものに感じられた。

「ZoomとかYouTubeとか、もちろんいいですよ。でも、少し厳しい言い方をすると『PL(損益計算表)にどれくらいの金額が入ってくるんですか?』って話ですよ。この時期、一番にやらないといけないことは何か。それはサッカーであれバスケであれ、試合が行われないことでいかに地域が悲しみ、疲弊しているかを知ってもらうことなんです。いかにわれわれが『替えのきかない存在』であるのか、パートナーさんに説明して回ることが王道だと、僕は思いますね」

■プロ選手の年俸が「大手企業の課長クラス」でいいのか?

 この言葉だけを切り取ると、リモートやデジタルによる発信に対して、否定的であるように感じられるかもしれない。しかし実際の左伴氏は、自身のTwitterアカウントからの情報発信に積極的だし、私のYouTubeチャンネルにも快く出演していただいた。さらに言えば、ベルテックスの公式noteにも定期的に健筆を振るっている。最新のコラムでは、コロナ禍による人々の「心の疲弊」を憂慮しつつ、その対局に位置する地域スポーツのあり方について、こう書き記している。

 どのような形でも、withコロナの時期ほど、スポーツの灯を絶やしてはいけないと思う人達は少なくない。あの熱狂と興奮は、必ずコロナ禍を乗り切る切り札とも言うべきエネルギー充填ツールだと私は頑なに信じている。

 それを、彼ら(=選手)が必ず競技を通じて証明してみせる。街と人々の活気を取り戻すために、渾身の力で競技を通じて見えない敵と闘うさまをお見せする。ならば、そのさまと引き換えに、皆様からのご支援を戴くことが叶うのであれば、これほど嬉しいことはない。

出典:https://note.com/veltex/n/nb7ac1c2f1d66

 ベルテックス静岡を「替えのきかない存在」として、地元の人々や行政や企業に認識させること。それが、今の左伴氏にとっての一番のミッションとなっている。その一方で強く意識しているのが、Bリーグ全体の経営的な底上げ。日本のプロバスケットボール選手が、あまりにも待遇面で恵まれていないことに秘めたる憤りを感じながら、左伴氏は新たな使命感に燃えている。

「バスケの強化費の比率は、サッカーよりも少し高くて4割くらい。選手の数は13人くらいですから、平均年俸は見えてきますよね。だいたい大手企業の課長クラスですよ。プロのアスリートとして、それでいいのか? それで子供たちに夢を与えられるのか? そう思うわけです。千葉ジェッツ(ふなばし)のような10億円を超えるクラブが増えてくれば、選手の処遇についてもようやく野球やサッカーに追いつくことができる。そこを目指したいですよね」

 最後に、個人的な願望を記しておく。いずれ左伴氏には、再びサッカー界で辣腕を振るっていただきたい。それも、慢性的な経営難に苦しんでいる、地方のJ3クラブで。そのことを本人に告げると「そういうオファーがあればね(笑)」とまんざらでもない様子。新天地のB3でしっかり結果を残してほしいと願う一方で、サッカーの現場での再会を期待している自分がいる。そんな思いをめぐらせながら、今日のJリーグ再開を、万感の思いをもって迎えることにしたい。

<この稿、了>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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