新型コロナウイルス感染拡大が始まったころは屋内施設での運動を控える一方で、屋外での運動に積極的になる人たちが増加した。それから2年、リモートワークの浸透や外出自粛などによる運動不足から健康ブームに火がつき、SNSなどではダイエットや筋トレブームが起こり、屋内外問わずに意識的に運動する人が増えている。

そんな中、フィットネスD2CブランドVALX(バルクス)の急成長が話題となっている株式会社レバレッジ代表の只石昌幸さんに注目したい。本物志向の商品開発と広告に頼らないマーケティング戦略を駆使し、メディア事業・D2C事業・フィットネス事業を展開。プライベートでは、極真空手でシニア部門世界ベスト8位に輝き黒帯にも昇段。トピックスが豊富で就活生や転職希望者、ビジネスパートナーも只石代表と一度でも向き合って話をするとファンになると言う。

今回は、そんな只石代表にこれまでのキャリア、コロナ禍の経営・勝負、働くこと、将来への展望など幅広く話を伺った。

コロナ禍でなければ、新規事業に本気に向き合えていなかった

――VALXの急成長はコロナ禍がきっかけだったのか。

「実は、コロナ禍が始まった頃は本当に厳しかったです。総合フィットネスジムでクラスターが発生してしまい、パーソナルジムも風評被害を受けてしまいました。我々レバレッジはパーソナルジムとジムを探されている個人の方をお繋ぎするダイエットコンシェルジュというマッチングサイト運営を軸にビジネスをしていたので、正直大打撃でした」

「事業拡大に本気で向き合えたきっかけは、コロナ禍でのダメージだったと思います。自粛期間で体力が落ちる今だからこそ運動してもらいたいという思いでとにかく勝負をかけました。当時ネット販売では、キャンプとトレーニングの2ジャンルが圧倒的に伸びていました。ユーザーがネット販売に慣れ、ネット上でのコミュニケーションを活発にし始めたタイミングだったこともあり、D2C事業に参入。この2年でVALXブランドが凄い勢いで市場に浸透していきましたので、波をしっかり捉えられたと感じています」

通販業界で「D2Cでいま一番伸びている」と話題のVALXブランド(画像提供|レバレッジ社)
通販業界で「D2Cでいま一番伸びている」と話題のVALXブランド(画像提供|レバレッジ社)

生き残るために守るのではなく、攻めることを貫いた

――コロナ禍で経営方針に変化はあったのか。

「出社ができなくなったロックダウン期間はとにかくSurvive!生き残る!ということを繰り返し発信していました。すると、生き残るためには守るのではなく攻めることが重要だと気付き、如何にVALXブランドを知ってもらうとか、ダイエットコンシェルジュを復活させるかに注力し、日々のアイディア創出が自然とできるようになりました」

「コロナ禍が始まった頃は上場なんて会話にも出ていなかったのですが、Surviveを言い続けていたことで、ただ仲の良かった組織が自然と足場が固まり、そして強くなり、組織全体が一体化しました。だからこそ、生き残って見えた景色の中に上場という次なる挑戦が見えてきました」

「経営方針の変更ではなく、とにかく厳しい環境の中でSurviveというたったひとつのテーマに向かって各自のミッションと向き合いながら足場を固めたことが事業の急成長に繋がったのだと思います。また、原点に帰れたことも大きかったです。本気でお客様に向き合っている良いパーソナルジムと人生をかけたダイエットや諦めていた筋トレを強い意志で見つめなおしている人とをマッチングすることの意義や価値を考えて、パーソナルジムの風評被害対策に取り組み、コロナ禍でも安全・安心なパーソナルジムを発信しました」

門限18時、テレビは19時までの厳格な家庭で育った反動

――そもそも只石代表はキーエンス出身で順調なキャリアに見えるのですが。

「いや、実は幼少期から学生時代、20代は本当に苦労してきたと思います。まず、とても厳格な家庭で育ったのですが、両祖父が起業家で成功の後に失敗をして自宅に借金取りが来たことを覚えています。さらに父親が転職で失敗をしたので、子供に対しては教育が徹底されていました。門限は18時、テレビは19時まででドリフ大爆笑も観れなかったほどです(笑)」

――となれば、良い教育環境という捉え方もできますが。

「両親からは絶対に起業はダメ。自分の冒険で人に迷惑をかけることはしていけない。だから、いい学校で学び、いい大学に行き、いい会社に入社する。そして、転職なんて絶対にしてはいけない。という教えだったので反動で中学生の頃から悪い友達と遊ぶようになっていくのです」

お前は頭がいいのにもったいない

――そこからどうやって軌道修正したのでしょうか。

「中学3年生の時、学校で友達と遊んでいる時に友達が階段から転がり落ち、救急車が来るほどの騒動を起こしてしましました。ひとりでパニックになっていた時に、お前は頭がいいのにもったいないとある先生に言われたんです。学校で勉強しておらず成績も悪かったのでそんな言葉をかけてくれてびっくりしました。先生はお前は本を読んでいる人の会話をしているしテストの点数は悪いかもしれないけど授業中の発言からも読書で知識を積み重ねたことが良くわかる。勉強すれば伸びるのに、手を振り回して何人に影響を出せるんだ?もったいないと叱ってくれました。本当は怖くてどうしていいのかわからなかったので、その先生の言葉に救われたように感じました」

波乱万丈の学生時代から20代・30代を乗り越えて今がある只石代表(画像提供|レバレッジ社)
波乱万丈の学生時代から20代・30代を乗り越えて今がある只石代表(画像提供|レバレッジ社)

――実際に本は読んでいたのか。

「テレビが19時までのルールだったので、部屋で本を読むのが唯一の楽しみでした。とにかく沢山の本を図書館で借りて読み漁っていましたね。先生にかけられた言葉で考え方が変わり、自分なりにスイッチが入って親に勉強するから塾に行かせて欲しいと頭を下げたんです。1週間ほど粘って何とか勉強を教わる環境にたどり着き、勉強の本質を理解して楽しめるようになりました。でも、勉強すればするほど、今まで付き合っていた悪い友達が自分に対して執拗にいじめをするようになりました。ただ、それが逆にこいつらには負けない!とさらに勉強する理由になって、勉強をしている時に目に入るように右手に根性焼きを入れました(笑)。どんなに眠くてもそれを見て、俺はもっとできると奮い立たせて勉強していました。結果、受験勉強を6月から始めたのに北関東で1番の高校に合格しました。だから、会社を経営するようになった今も社員からの相談にはあの時の先生のように、相手の人生を変えてあげる気持ちで接するようにしています」

キーエンスを辞めた翌日にホストになった

――新卒で入社したキーエンスを3年で辞めたのはなぜ。

「実は就活は全然上手く進められなかったというよりも、やる気が高まらなかったので、本当に中途半端な活動をしていました。遊び中心の学生時代では、働くことは勿論、社会全体で起きていることやビジネスに関する情報を持っていなかったのでそもそもその世界に興味が持てなかったんです。結果、大手の面接を受けても採用されずに悶々としていた時に、偶然目に入った求人広告に高収入と記載があってこれだ!と直感的に方向性を定めて、気が付くとモチベーションも高まっていました」

「キーエンスはそんな中途半端な就活をしていた時に出会ったので、絶対入社してやる!とスイッチが入っことが自分のパワーになって、部屋の壁に打倒キーエンスと大きく書いた紙を貼りつけて、業界や会社についてとにかく勉強しました。さらに徹底的にOB訪問を繰り返して72人に会いました。そしてキーエンスが求める人物像やスキルを洗い出し、キーエンスで活躍できるであろうペルソナを勝手につくり上げて、最後はSPIの出題傾向まで対策をして内定を勝ち取りました。当時は、キーエンスに入社するためには何でもしましたし、情報を得るために頭も下げることが出来た自分がいて、今の教えを乞うスタイルに結果的には繋がっています」

「ところが、学生当時は給料の良い会社キーエンスに入社することが目的になっていたのでしょう。いざ入社してみるとキーエンスの仕事そのものに魅力を感じなかったのです。となれば、当然日々のモチベーションは安定せず、結果上手くいかず逃げ出すわけです」

どんな質問にも丁寧にお答えてくださるのも只石代表の魅力(画像提供|レバレッジ社)
どんな質問にも丁寧にお答えてくださるのも只石代表の魅力(画像提供|レバレッジ社)

――では、キーエンスを辞めてすぐに起業したのか。

「当時、転職をするとキーエンスよりも給与が3分の1ほどに落ちる現実がわかっていて、単純にサラリーマンに向いていないことにも気づいていたので、唯一キーエンスよりも給与の高そうなホストに興味を持って、退職翌日からホストをやりました。でも全く通用しませんでした。原因はプライドの高さがすべてでした。ホストの先輩から何を教わっても、プライドが見え隠れして結局上手くいかずまた逃げ出してしまいました」

「そのあと、サラリーマンにも戻れず、住む家もなく親の仕送りを27歳にもなって頼っていることに気付き、自分の立ち位置を理解し、人生を振り返り原点に戻って人に教えを乞うことを思い出したんです。友人に懺悔したり、現状を赤裸々にさらけ出したりすることで多くの支援を得て、当時流行っていたアフィリエイトに出会うのです」

――そのアフィリエイトで大成功したそうですが。

「はい、とにかくアフィリエイトで大成功している人に頭をさげて教えてもらい、徹底的に勉強をしました。本当に良い人に巡り合い、何でも教えてくれたので、結果その人と同じくらいの成果が出るようになりました。だから、そこからは何でも人に聞くという姿勢を貫いています。VALXの立ち上げや、配送・倉庫・商品パッケージについてなんでも成功している方々に話を素直に聞くようにしています。自分は今でも自分ごときが成功するわけないし、上手くいくわけないし、ましてや上場だなんてできるわけないと思っています。だからこそ、人に素直に聞けますし、社員の力で今があると思えて、心から感謝しています」

過去にないアイディアがチャンスに

――レバレッジ創業はどんなきっかけですか。

「アフィリエイトで成功して、15年ほど前のアメブロ全盛期に人間の衣食住のうち、一番リピート率が高いのは、食だと分析をしてこだわり社長というタイトルで、新規オープン店に特化したレストランブログを立ち上げました。それが過去にない取り組みで大当たりしてグルメブログで1位にもなりました。そんなブログのノウハウを活かしてまだオウンドメディアという言葉がなかった時代に、企業にメディアを持ってもらい我々がコンサルティングをするというビジネスがレバレッジの始まりです。当時は新しい取り組みだったので賛否はありましたが、貫くことで一定の市場ができたと思っています」

「フィットネス業界に注目したのは、たまたま後輩がパーソナルジムブームに乗っかり、マンションの一室を借りてパーソナルトレーナーになったものの、集客に苦戦していると聞いた時にチャンスだと思いました。大手の広告ばかりが目立っているので、本気でパーソナルジムで価値を提供したいと考えている側とダイエットに覚悟を持って取り組もうとしている側のマッチングサイトダイエットコンシェルジュを立ち上げました」

空手世界NO.1と上場に向けて

――経営以外でもっとも気になるのが、只石代表が極真空手シニア世界8位と聞きましたが。

「まだ空手は初めて10年ですが、ビジネスも遊びもすべてKPIだと思っているので、ゴールにたどり着く為の行動を徹底的にやり抜くようにしています。空手においては年間で10試合は出場していますし、どんなに忙しくて辛くても筋トレは週4回、空手稽古週1回を年間のスケジュールに入れています。ちなみに、何かあってもスキップはなくて絶対にリスケにしています」

「来年はいよいよ空手世界NO.1を目指そうと思っています。コロナ禍で苦しみを乗り越えて、社員の頑張りのおかげでここまでこれたので、空手世界NO.1となった勢いで上場にも挑戦したいです。やると言ったら絶対なんで(笑)」

株式会社レバレッジ の経営をしながら極真空手シニア世界8位の只石代表(画像提供|株式会社レバレッジ)
株式会社レバレッジ の経営をしながら極真空手シニア世界8位の只石代表(画像提供|株式会社レバレッジ)

一度話すとファンになる

今回は、コロナ禍を中小企業がどんな想いで乗り越えて来たのかを紐解くことで見える景色がどんなものかを期待をして取材を実施しましたが、只石代表がコロナ禍で貫いた経営や想い、就活、キャリア形成、起業、未来志向などの話は、まさにVUCA時代のはたらく価値観やキャリアデザインのヒントとして、現役ビジネスマンだけでなく、就職活動を頑張っている学生にもインパクトがあるものばかりだった。

苦しくて厳しい環境だからこそ信念をもって貫く。そして、やると決めたら絶対にやる!というスタンスだからこそ、新しく、人がやっていないアイディアが創造できるということだ。コロナ特需という言葉が世の中には出回っているが、表面的な業績成長だけではなく、そこにある信念やコロナ禍での葛藤や経営者の戦いについて深ぼることで企業の見方が変わってくる。特に就活生は企業研究の素材として意識して欲しい。

最後に、今回の取材で強く感じた只石代表が持っている人の魅力は、同じビジネスマンとして学びになる。自分の経験だけでなく、視野を広げた中でプライドを捨てて勝つために学ぶ。そして正しい方向性を定めて旗を振る。それが社員への想いのこもった本質的なアプローチになり人生を本気で変えてあげるというスタンスが確立されている。

只石代表と一度話すとファンになるというワケが今回の取材でよく理解できる気がする。

はたらくを楽しもう。

【株式会社レバレッジ 代表取締役社長 只石昌幸氏】

株式会社レバレッジ 代表取締役社長 只石昌幸氏(画像提供|株式会社レバレッジ)
株式会社レバレッジ 代表取締役社長 只石昌幸氏(画像提供|株式会社レバレッジ)

1975年群馬県生まれ。法政大学卒業後、株式会社キーエンスを経て2006年にレバレッジを設立。2016年よりフィットネス領域でメディア運営を開始し、2019年にフィットネスブランドVALXを立ち上げると、10ヶ月で月商1億円を達成。手がけるビジネスは全てで日本一か誰もやらないことしかやらないと決めている。チャンネル登録56万人を誇るYouTubeを中心に、広告に頼らないマーケティング戦略で2021年に売上が前年比362%を達成し、EO成長率アワードを受賞。