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2023年の韓国はどうなる? 名物トレンド本が描く「平均喪失社会」 "平凡は死にゆき…"

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連休も明け、2023年が本格的にスタートした。

この一年、社会全体の流れはどうなっていく? 

そんなことを考える時期でもある。

韓国にはズバッとその年の社会トレンドを展望する名著がある。筆者自身、毎年これを読みながら「日本にハマる部分もあるな」と感じるところがある。

「トレンドコリア」

08年に始まった毎年刊行の書籍。10月末頃に発売となり、翌年の韓国社会を展望する内容だ。ソウル大学のキム・ナンド教授(社会科学部消費学科 )を主筆とした10人の博士号取得者、50人のボランティアが記す。

筆者撮影
筆者撮影

例年1月からボランティアに対し「(韓国社会の)身の回りで起きたこと」について徹底的なレポートを依頼する。これらをキム教授を主体としたグループが時にインタビューを行いながら、話し合いを進めまとめていくものだ。毎年の干支に合わせ、10から11のキーワードにトレンドが記される。

2023年版はこうなった。

「Rabit Jump」

不景気で厳しい一年になるが、うさぎのように小さくとも確実にジャンプできる1年にしよう。そういう意味だ。

いっぽう、これらの一文字ごと(「R」「A」「B」…)に2023年の韓国社会のトレンドキーワードが紐付けられている。

キム・ナンド教授は「毎年、最初のキーワードが重要」という。最初のキーワードが残りの9つの呼び水となるからだ。時にこれを決定する会議は紛糾するが、2023年版はすっきりと10分ぐらいで決まった。「満場一致」だったのだという。

「R」に紐付けられているのは「Redistribution of the Average」。

「平均喪失社会」のことだ。

なんなのかというと「平均点数、平均年齢、平均学力、平均財産、平均収入、平均寿命、平均体重、平均IQ」といったデータの見直しが必要だということ。

よくグラフで見る「平均値が一番高い釣鐘型」。これはマーケティングの世界では「パイの一番大きい層」だ。しかしこれが韓国ではどんどん喪失していっている。

かわりに両極端が大きい「両極化」が進んでいるのだ。主に企業の戦略では考えるべき点が多い、と指摘する。

筆者作成
筆者作成

日常の簡単な「平均」を聞くためにオンラインをさまよう韓国人たち…

それはどういうことなのか。書籍ではこう綴られている。

平均が無くなりつつある。周辺で起きているあらゆることに「普通、たいがい、平均的に○○だ」という言葉を使うことが難しくなった。

人それぞれ、ということになってきたからだ。

オンラインコミュティの掲示板では、知人の結婚式のご祝儀をいくら払えば適切なのか、友人の紹介で出会った異性に何度目のデートで告白すればいいのか、といった過去には「国民的ルール」ともいえたポイントを聞く質問が多く上がっている。

日常の簡単な問題に答えを探すために、オンライン世界をさまよう。その姿は逆説的に言うとすべてが当然と考える「平均的な答え」がなくなっているからだ。

それは社会全体の経済活動にも及んでいるという。

個人の生活だけではない。

これまで”平均”として表現できた無難な常識、普通の意見、正常な基準が揺れている。このうえなく独特な商品が選択され、それに対する強烈な賛成と反対意見に分かれる。

正常と正常に区分されていたことが「間違い」ではなく、「違い」と規定され、世の中を見る視線の多様性の価値がそれぞれに認められ、平均的な考えというものが立場を失っている。

コロナ時代により色濃くなった傾向

なんでこんなことが起きる?

同著では「資本主義とはもともと『持てる者と持たざる者』が存在する社会」だとする。これがより強調され、多様化していっているのだ。

近年の韓国では「超お買い得商品」と「超プレミアム商品」の双方がよく売れる状況となっている。これは不景気の時代によく見られる傾向。

2023年に急に出てきたものでもない。同著の2022年バージョンでは「ナノ社会」といって「自分だけにカスタマイズされた商品を求める傾向」が強まる傾向が記された。2020年頃から韓国で流行し、日本の若い世代にも伝わっている「MBTI診断(もともとは1960年代にスイスの学者が分類)」などが好例だ。要は「血液型」「誕生日」より細かい、自分用にカスタマイズされた占い。平均よりも、自分だけのものいう嗜好だ。

  • BTSもMBTI分析

これがコロナ時代により色濃くなった。「非対面」の時代の影響だ。

コミュニケーションの形態が変わるなか、「両極化」が進んでいる。特に象徴的なのが政治。2022年3月の大統領選挙に見られたように、保革陣営がわずか0.73%差での勝利となった。これは近年の「両極化」の影響をより強く示す結果だった。

2017年の大統領選は保守系のスキャンダルで大差がついたものの、2012年の同選挙では「3.6%」だったのだ。

日本でも、韓国ほどに「与野党僅差」という傾向はないものの「コロナ時代の対立」はあったか。東京五輪を巡ってネット上の厳しい対立が起きた。顔を合わせられない。だから個人の考え方がどんどん内側に向かっていくといった経験はあったのではないか。

また韓国では学業面でもコロナの影響が出ているという。オンライン授業の影響で「学業成績が伸びない人」「伸びる人」の差が大きくついた。そういった影響もあり「真ん中(平均)」が無くなってきているのだ。

結果、どうなるのか。同著は企業がこういった考えを捨てなければならないとする。

「適当に、無難に平均的な消費者層を見つけてマーケティング展開すること」

言い換えるならば

「平凡は死に、特別なものだけが生き延びる」

各企業は自分だけの確実なカラーを持ち、両極化に対応していくことが重要。少数の集団に最適化された超多極化戦略、競合が絶対に準備できない環境を作ることが必要となってくるのだ。

これが「Rabit Jump」の最初の「R(Redistribution of Averarage)」の意味。ここから派生する残りのキーワードは以下のように記されている。

「もうすでに知ってる」という内容もあるし、「日本にもハマるかも」という点もある。コンパクトにまとめて紹介する。

Arrival of a New Office Culture: Office Big Bang

オフィスビックバン

仕事に対する姿勢も両極化する。すでに韓国で起きている「静かな退社」を考える人が増える。多く成果を出して多くの報酬を得るよりも、少ない量の仕事で昇進を望まないひとが増える。自分らしく生きるために。

Born Picky, Cherry-sumers

チェリーシュマー

「ケーキの上のチェリーだけをピックアップして食べる人たち」つまりは「いいとこ取りをしようとする消費者」「商品に対する、おまけ(ポイント獲得や割引)ばかりを考えて買い物をする人たち」。本来、悪いニュアンスの言葉だが「限られたお金の中で慎重な選択をしようとする人」が増える。企業は「平均喪失」のなか、こういった消費者のニーズにも応えることが必要。

Buddies with a Purpose: Index Relationships

インデックス関係

同じ30代でも、既婚未婚、子どものあるなしで分裂化していく。会話が合わないため。そういった者同士、顔を合わせるよりもSNSで話題の合う人とコミュニケーションを望むようになる。

Irresistible! The New Demand Strategy

ニューディマンド戦略

「買わざるを得ない」という代わりの利かない商品を作って、新たな需要を創出する必要性。既存商品のアップグレード、コンセプトの強調、支払い方法の変換など。

Thorough Enjoyment: Digging Momentum

ディギングモーメンタム

Dig。掘ること。平均喪失のなか、いわゆるオタク文化をどんどん掘り下げていくことへのニーズが生まれる。ただし掘り下げるだけではなく、そういった個人を繋いでいくことを考え、「ディグること」で幸せな時間を送れる状況を作ること。

Jumbly Alpha Generation

アルファ世代がやってくる

日本でも使われるMZ世代(10代20代)の次の世代。アルファベットが終わるため、ギリシャ文字が使われる。今の小学校6年生くらいの世代がマーケットの対象になり始める。生まれて始めて覚える言葉が「ママ」ではなく、「アレクサ」。かなり色濃いデジタル世代。生まれながらの中毒にもなりうる。大人でも難しい「デジタル世界と現実世界のバランス」を教えることが必要。

Unveiling Proactive Technology

先制的技術対応

これまでのテクノロジーはユーザーのニーズに応えるために作られてきたが、これからは「ユーザーに必要な機能を先読みして予め提示する時代」に。ユーザーもまだ気づいていない点を予測する必要性。

Magic of Real Spaces

空間力

リアル店舗の価値の見直し。単に商品を売る場所ではなく人が集まりコミュニケーションできる空間概念が必要になってくる。

Peter pan and the Neverland Syndrome

ピーターパンシンドローム

大人になりたくない大人のニーズ。韓国では2021年からおまけのステッカー目当ての「ポケモンパン」の大ブームがあった。この市場の拡大。ずっと若くありたい、といった願望も含まれる。上に記した「オフィスビックバン」とも重なる。

(了)

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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