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韓国 ”元軍人YouTuberがウクライナ義勇軍参加” 国内世論真っ二つに 「正義」「私戦罪で逮捕」

イ・グン氏SNSより

英雄か、はたまた犯罪か。

韓国で元韓国軍軍人YouTuberの行動が物議を醸している。

元大韓民国海軍特殊戦旅団大尉のイ・グン氏(37)が3月6日にSNS上で突如「ウクライナにいる」と宣言。義勇軍に参加していることが明らかになった。

氏は生後1ヶ月で両親がアメリカに移民。ジョン・F・ケネディ高校、バージニア軍事大学を卒業後、アメリカの軍隊入りを望んだが市民権がないため諦めた。

07年に韓国に戻り、海軍入り。特殊戦戦隊(UDT/SEAL)などで勤務した。同戦隊での勤務内容は特殊偵察、直接打撃、人質救出、対テロ、爆発物処理、先遣作戦遂行、水中探索ならびに爆破、要人暗殺、警護などだ。また外国の部隊とも活発に交流し、情報交換を行うことでも知られる。いわばエリートだ。軍人時代にはソマリア派兵の経験もある。

  • 韓国国防部(国防省)によるUDT/SEALの紹介

イ氏が知られるのは、退任後の華麗なキャリアゆえでもある。韓国の経済紙エンタメ担当が言う。

「イ氏は2014年に大尉退任後は保安コンサルティング会社などを設立したり、民間軍事会社の一員としてイラク派兵を経験するなど活発な活動を見せています。登録人数78万人のYouTubeチャンネルで流行ったシリーズのタイトルは『ニセ男』。応募してきた一般人に特殊部隊ばりの訓練を行う。なかには肥満体型の人もいて、当然疲労困憊になるのですが、そこで『おまえの人間性に問題はあるのか?』と発破をかける。この決め文句で広く知られるようになりました」

YouTubeではその他、軍人時代のエピソードやプライベートでの様子も次々と披露。イケメン、マッチョのイメージでも知られた。インスタグラムでは自社ロゴが入っているアパレル商品などのPRも行っていた。

  • 2周間前にアップされた”最新作”。「大韓民国の防衛産業技術は世界最高なのか」

「ウクライナに行く」。その後1週間の「ネット最大関心事」に

そんな”人気YouTuber”が3月6日に突然の宣言を行った。

「自身の(保安コンサルタント)会社のスタッフ2人を連れてウクライナに向けて出発した

YouTubeで活動するものであれば事前に”盛り上げて”もよさそうだが、「社としての保安事項もあるため出国後の報告になった」とした。

この後の展開に韓国社会は騒然となった。

ビッグデータ集積サイト「WIGOMON」によると、10日~16日の韓国語のネット環境の頻出ワードで「イ・グン」が1位になった。コロナ感染の拡大、といった話題を抑えてのものだ。

はたして本人はウクライナで生きているのか、死んだのか。

はたまた現在、韓国政府によりウクライナ全域が「渡航禁止区域」に指定されている状況で、本人の処遇はどうなるのか。

こういった観点から関心を持たれた。

  • ユーチューバーとしてイ・グン氏を紹介、現地からのSNS投稿を報じる「YTN」

7日の日本時間午後3時、現地から最初のSNS投稿があった。軍事キャンプと思われる場所で軍服を着て、犬と戯れる写真をアップ。「ウクライナに到着した」。「ウクライナが朝鮮戦争に参戦してくれたことに感謝している」ともコメント。

しかし、これに対してネット民から総ツッコミが入った。まずはウクライナが朝鮮戦争に参戦した時の名称は「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」。ソ連の一部として参戦したのだ。何よりソ連は北朝鮮を助けるために朝鮮戦争に加わったのだ。本人も筋違いの発言と認めたか、投稿は即座に削除された。

本人が現地からメディアに反論

3月14日にウクライナ国土西部で外国人部隊への集中攻撃が報じられるや、まずは「生きているのか」という点が話題になった。

15日、朝鮮日報系の「週刊朝鮮」が「ウクライナで身の危険を感じポーランドに避難しようとしたが失敗」と”スクープ報道”。しかしこの日の13時頃、本人がインスタグラム上でこれを否定した。

1.生きている。

2.俺の隊員たちはウクライナから安全に撤収した。

3.俺一人残った。クソッやることが多い。

4.フェイクニュースを作るのやめろ。狂った奴ら。

5.任務遂行完了までこちらから知らせはないだろう。

6.連絡するな。毎日戦闘に忙しい。

内容はすぐに削除する。

以上。

  • イ氏のウクライナからのSNS投稿の様子を報じるJTBC

その約1時間後、再びインスタグラムに文章をアップしたが、これもすぐに削除された。

外務省、警察庁、国民の皆様。

心配してくださるすべての方に感謝いたします。しかし今、私は韓国に帰るわけにはいきません。

今、現場の状況は非常に深刻です。仮に全てのファイターたちが撤収するのなら(する状況に限り)、私はここに残れなくなるでしょう。ベストを尽くし、ウクライナを助けます。

後に私が帰国する際に連絡差し上げます。カムサハムニダ。

帰国しない、という意思表示だった。

併せて、韓国政府外交部(外務省)からのSMSメッセージのキャプチャ写真もアップした。「身の安全において外交部ができることはありますか?」「どちらにいらっしゃいますか?」「現地に韓国政府外交部の臨時事務所があります」といった”避難勧告”が入っていた。

  • 韓国政府外交部とのやりとりの投稿を紹介する「YTN」

さらに数分後には再び「追加事項」をアップして、これもまたすぐに削除した。

P.S. 私のパスポートはまだ無効化されていませんのでご心配なく。無効化されても入国はいつでも可能です(追加事項その1)

P.S. ポーランド再入国を模索? つまんねぇこと言うな、詐欺師記者野郎が。国境付近にも行ってない。隊員たちとは最前線で別れた」(追加事項その2) 

この時点で韓国メディアは外交部が警察に告発を行い、本人に「旅券法違反」の捜査の手が本人に及んでいると報じた。

16日にはイ・グン氏と現地に行っていたとされる2人が帰国。「韓国日報」は「新型コロナの隔離期間終了後、警察による捜査が始まる」と報じた。

18日には韓国政府外交部が「イ・グン氏を含め、9人の韓国人が現地で義勇軍として戦っている」と発表した。

以上がここまでの動きだ。

イ氏が裁かれる可能性のある韓国法

現時点でイ・グン氏が韓国の法律に違反している可能性があるとされるのは2点だ。

1. 旅券法

韓国政府外交部は13日0時からウクライナ全域の危険レベルを4段階のうち最高レベルの「旅行禁止」に引き上げた。現在は韓国からの渡航が禁止されている。

現地在留韓国人341人には韓国や周辺の安全な国への退避勧告が出された。これに従わない場合、旅券法などにより処罰される可能性もある。また今後、韓国国籍所有者のウクライナ訪問には政府の許可が必要となる。

渡航禁止地域に韓国政府の許可なしに行った場合、懲役1年以下の実刑、もしくは1000万ウォン(約100万円)以下の罰金に処される。

2. 私戦法

氏がかつて経験したソマリアやイラク派兵とは違い、今回の行動は大韓民国政府の指令や依頼を受けて現地に行くものではない。

国家の許可なしに個人として戦争に加われば韓国の法では「私戦罪」に問われる可能性がある。また現地でロシア人を殺害した場合、殺人罪や戦時爆発物使用罪に問われる可能性もあるという。

日本ではどうなのか? 田上嘉一氏による参考記事「ウクライナ義勇軍に参加した場合、私戦予備・陰謀罪となるのか」

「私は彼が嫌い」大手紙コラムニストが”ぶった斬り”も…

週末に入った19日と20日、そして週明けの21日月曜日には大きな動きがない。

その間にも各メディアは関連報道を続けた。

国内最大の経済紙「毎日経済」はウクライナの義勇軍で活動し、わずか4日でそこを離れたフランス人のコメントを紹介した。

「現地では軍事訓練を受けていない人たちが部隊に加わっている状況。そこにいるのは自殺行為に他ならなかった」

(12日から15日にウクライナ国内西部で外国人義勇軍に参加したアラン・ベーゼル氏/「ル・モンド」紙にコメント)

この記事を受けての韓国読者のコメントは下記の通りだ(読者からの反応の多い順)。真っ二つというところ。

「イ・グン大尉を批難する人もいるが…。誰がなんと言おうと、彼の行動は一般人がやることのできない勇敢な行動だ…見返りを望むのでもなく、ただ正義という名目で他国の戦争に参加するのは簡単な決断ではない…無事に生きて帰ってきますように…」

(いいね!955、ブーイング380)

「韓国にいた時、(ウクライナ側からの)動員予備軍通知書でも出ていれば…最初は「行きたくない」とも言ってなかったっけ? そんな奴が他国の戦争にいったい何で加わるのか? カラ元気ってやつか?」(いいね!427、ブーイング86)

「死なない、安全な限りにおいて戦争をしにいく? 戦争をなんだと思ってそこに行ってるのか?」(いいね!200、ブーイング24)

その他、読者反応順での5位には「命はひとつなのに、勇敢」という書き込みもあった。

  • 米軍での訓練を紹介するイ・グン氏YouTube

保守系大手紙「中央日報」は、7日にコラムニストのノ・ジョンテ氏による「ウクライナに参戦したイ・グンを殺人罪に問うだと?」というコラムを掲載した。

そこではノ氏が冒頭で「はっきり言ってイ・グンという男のことは嫌いだ」と記した後に、別の問いを投げかけている。

「しかし私はイ・グンのウクライナ義勇軍参戦に反対しない」

理由をこう続けた。

「(反対すると)自身が正しいと思うことのために戦う権利を否定することになるからだ。なぜ大韓民国国民が自身の信念のために命をかけて別の国の戦争に加わる権利を許可できないのか」

様々な問いも投げかける韓国軍特殊部隊の元大尉の行動。今後どんな動きがあるだろうか。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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