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「英FAカップで快挙! ”史上初”ベスト64に8部クラブ」…韓国メディアがこれを次々と報道したワケ

画像はイメージです(写真:アフロ)

韓国経由のイングランドサッカーの”小ネタ”。

珍しいニュースを目にした。

”アマチュアの8部リーグチームがFAカップでベスト64に進出”

「東亜日報」「文化日報」そして地上波の「MBC」がこれを報じた。

11月29日に行われた2回戦の結果、リバプールが属するマージサイド州にあるマリンFCがベスト64入りを決めたのだ。8部チームの3回戦進出は、1992年のプレミアリーグ誕生によりイングランドサッカー界の改革が行われて以降、28年にして初めての出来事だ。

5部リーグ以下がアマチュアのイングランドサッカー界。1894年に設立されたマリンFCは今季、その5部から10部のクラブが参加する予選を勝ち抜き、さらに1回戦でコルチェスター(4部)、2回戦でハーバント&ウォータールービレ(6部)を降した。なかでも2回戦は延長終了間際の劇的なゴールにより”ジャイアントキリング”を達成したのだった。FAカップ公式のTwitterアカウントもこの時の様子を報じている。

韓国メディアが報道した理由は?

ではなぜこれを韓国メディアが報じるのか。

11月30日に行われたドロ―の結果、ベスト64での対戦相手が…

3分41秒からマリンFCのくじ引きの瞬間

トッテナムに決定したからだ。

他の63クラブの中には下部リーグのチームもあったにもかかわらず…プレミアリーグの誉れ高き首位クラブと対戦することになった。なんたるくじ運…いやいや韓国にしてみれば、同リーグで堂々たる得点王争いを繰り広げるソン・フンミンの所属クラブと対戦することにニュースバリューがあるのだ。

「文化日報」の該当記事キャプチャ
「文化日報」の該当記事キャプチャ

実際にメディアでの見出しもこの点を強調するものだった。

「トッテナム、FAカップ64強で8部チームと対戦」(東亜日報)

「8部リーグとトットナムの対決…ソン・フンミンと対戦?」(MBC)

そして「文化日報」はよりストレートに

「トッテナム、FAカップ64強の相手は8部リーグクラブ… SONなどレギュラーに”蜜の味”休みに期待」

とした。

記事では、”手厳しい”試合プレビューを展開している。

「トットナムはプレミアリーグ、ヨーロッパリーグ、リーグカップ、FAカップの4大会を戦っており、厳しい日程を送っている。今年は特に新型コロナの影響でシーズンが1ヶ月ほど遅く開幕しており、日程はよりタフだ」

「先月の22日から17日まで57日間で16試合(平均3.56日で1試合)を戦っている。仮に24日に予定されているリーグカップ準々決勝(ストーク・シティ戦)に勝てば、1月第1週に準決勝が追加され、3.35日に1試合の日程をやりくりしなければならない

マリンFCホームスタジアムの位置 Google mapより
マリンFCホームスタジアムの位置 Google mapより

つまり、「主力は出場しないだろう」と。この対戦はトッテナムにとってもよいものだと暗に記した。さらに同紙は、サッカーの移籍専門サイト「トランスファーマルクト」のデータを引用し両者の対照的なクラブ規模を伝えた。

「チーム全体の市場価値は65万ユーロ(約8200万円)。これが同サイトが推算するソン・フンミン一人の市場価値7500万ユーロ(約94億7000万円)の1%にも満たないという」

運命の対戦は1月9日、マリンのホームスタジアム「マリーントラベルアリーナ」(通称ロゼットパーク)で行われる。収容人員300人、客席は30。FAカップではくじ引きにより、一発勝負の会場まで決定するルールなのだ。

スタジアムおよび劇的勝利を挙げた2回戦の様子(FAカップ公式アカウントより)

スタジアムの様子はこちらからも(Google map)

味わい深い8部クラブ

韓国メディアはあれこれと書いているが、このクラブ、調べてみるとなかなか味わい深い。公式サイトにはこんなクラブ史が記されていた。

1984年に地域のビジネスマンと大学OBによって結成され、1903年にリバプールの北部近郊にあるロゼットパークに本拠地を構えた。1931-32シーズンにFAアマチュアカップのファイナリストになったことがこれまでの最大の栄誉。この時は2万2000人の観衆が集まったロンドンのスタジアムで1-7で敗れてしまった。

一時期プロとして活動した時期もあるが、その歴史の多くで地域に愛されるクラブとして活動してきた。2009年と2010年にノンリーグ(アマチュアリーグ)新聞により「年間最優秀フットボールコミュニティクラブ賞」に選定されている。

「ガーディアン」によるドキュメント なぜ私はリバプールの応援をやめ、ノンリーグのマリーンFCに夢中なのか

また、1972年から2005年まで監督を務めたローリー・ハワードという人物がおり、33年間同じチームで監督を務めたという記録でギネスブックに登録されているという。

近年のFAカップでの最大の成績は、1992-3シーズンに今回と同じ3回戦に進出したもの。この時はクルー・アレクサンドラというチームに1-3で敗れている。

この他、近年では予選を勝ち抜き1回戦に10度、2回戦に2度進出。2回戦進出時にはいずれも3部以上のクラブに敗れたことが記されている。

ということは、今回の3回戦進出&トッテナムと当たった抽選は”大当たり”なのだ。ある意味、こちらが”勝者”か。

選手も対戦を聞き大喜び。「勝った感じ」と。クラブ公式Twitterより

サポーターも「モチベーションビデオ」を早くもアップ。

30日の抽選後、クラブも現地メディアに取材された。監督は「(予選を含め)7試合に勝ってこの場に来た。それに対する報酬だと思う」と言い、キャプテンのカーミンスは「本当に信じられない。ああトットナムと戦うんだと」と感激した様子だった。

新型コロナを乗り越え…

一方で現地メディアBBCは、「オーソドックスではない準備」とチームの状況を報じた。

新型コロナ禍にあってトップリーグのチームと同じような試合、練習の日程が組めない。のみならず地域やカテゴリーによってばらつきがある。マリーンの所属するリーグは試合がストップし、トレーニングにも制限があるが、2回戦の相手(6部)は通常通り消化した状態だったという。

下部リーグにあってはトッテナムのような万全なコロナ対策は組めない。ゆえにコンディション調整も簡単ではないのだ。

現地の個人ユーチューバーが12月1日にアップした”Who are Marine FC?”

MFのジェームス・バーリガン(22)は、10代後半だった2016年から18年まで2部にもいたウィガン・アスレティックとプロ契約を結んでいたが、出場機会に恵まれず。3度の完全移籍、レンタル移籍を経て2019年からマリーンに移籍した。

現在はゴミ収集の職業に従事しつつ、プレーを続ける。

通常のシーズンよりもトレーニングの機会が少ない状態をBBCにこう話した。

「正直にいうと、一日中働いているからフィットネスの状態もいいし、アクティブに過ごせる。仕事があることはものすごくプラスなんだ」

「試合が夜にあるのに、朝早く目覚めると一日が退屈だろう? 僕はパンデミックの状況にも普段どおり働けている。とても幸運だと思うよ」

クラブにとって創立127年目のビッグマッチ。そして2021年のコロナ克服。もはや「相手チームの誰が出るか?」という話ではなく、試合開催が大きな喜びなのだ。

8部チームが3回戦に進むのがまずはウソのようだし、63チームのなかから1.58%の確率でトッテナムが当たるのもそう。プレミアリーグの得点ランキング2位がこのチーム所属の韓国人なのもウソのようで、そのおかげで韓国経由で日本に住む者がこのニュースに気づくのもまた然りだ。でもすべて現実なのだ。来年の1月9日の対戦、遠くの地からも楽しみにしたい。

FAカップ3回戦 対戦カード一覧(左側がホーム)

1 Huddersfield Town v Plymouth Argyle

2 Southampton v Shrewsbury Town

3 Chorley v Derby County

4 Marine v Tottenham Hotspur

5 Wolverhampton Wanderers v Crystal Palace

6 Stockport County v West Ham United

7 Oldham Athletic v AFC Bournemouth

8 Manchester United v Watford

9 Stevenage v Swansea City

10 Everton v Rotherham United

11 Nottingham Forest v Cardiff City

12 Arsenal v Newcastle United

13 Barnsley v Tranmere Rovers

14 Bristol Rovers v Sheffield United

15 Boreham Wood v Millwall

16 Blackburn Rovers v Doncaster Rovers

17 Stoke City v Leicester City

18 Wycombe Wanderers v Preston North End

19 Crawley Town v Leeds United

20 Burnley v Milton Keynes Dons

21 Bristol City v Portsmouth

22 Queens Park Rangers v Fulham

23 Aston Villa v Liverpool

24 Brentford v Middlesbrough

25 Manchester City v Birmingham City

26 Luton Town v Reading

27 Chelsea v Morecambe

28 Exeter City v Sheffield Wednesday

29 Norwich City v Coventry City

30 Blackpool v West Bromwich Albion

31 Newport County v Brighton & Hove Albion

32 Cheltenham Town v Mansfield Town

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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