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”米ビルボード1位返り咲き”のBTS、韓国での「兵役特例」の”じつのところ”

グループとしては2018年のアルバム作品以来の「ビルボード1位」となったBTS(写真:MTV/ViacomCBS/REX/アフロ)

韓国でも「返り咲き」が大きな話題に

BTSのデジタルシングル「Dynamite」がアメリカの世界的音楽ランキング「ビルボードHOT100」で1位に返り咲いた。

これは韓国でも大きな話題になっており、29日朝の公営放送「KBS」のニュースでは、メイントピックスのひとつに入った。

K-POP界にとっても同シングルチャートで初の1位獲得、そして返り咲きは歴史的快挙であり、9月のかなりのビッグニュースとなった。

そういったなか筆者が今月に記した原稿のうち、14日に記した「『BTSの徴兵免除』”担当者”の次期韓国国防大臣が見解。必要条件とした「国民的共感」とは?」を非常に多く読んでいただいた。

この月末に、続編としてより細かな現状を。「果たして、現在地はどこにあるのか」。29日に国内最大の経済紙「毎日経済」が「BTS、ダイナマイト1位奪還により入隊延期論議も火が付く」と報じていることもあり。

BTSのメンバー本人たちは折に触れ「いつでも召集がかかれば、応じる」と発言している。くれぐれもこの点を承知の上で、韓国で今、何が起きているのかをまとめたい。

担当省庁「意見のやりとりはしている」が…

結論はこうだ。今月3日に韓国大手紙「朝鮮日報」が報じた、関連の取材に応じた韓国国防省の回答。

「(兵役法)改正案の趣旨と必要性に対して、文化体育観光部(省)と意見をやりとりしている」

「公式的な(話し合い開始を)合意をしたものではないので、まだ具体的な思案(話し合い)の開始を決定したものではない」

これはどういう意味なのかというと……。

「本来は簡単には変えることのない法の話だが、一応、BTSの件は認識している」

「しかし、正式に話し合っているということはない」

ということだ。政府の関連部署たる国防省、そして文化体育観光省※は、「そういった話がある点を知っているけど、まだ話し合っていない」。これが現状だ。

※文化・芸術・映像・広告・出版・刊行物・体育・観光および国政に関する広報を担当=つまり文化・芸術の点でBTSと関連する省庁。

韓国では「特恵」という言葉が使われる

韓国では「特恵(トゥッケ)」という言葉を用いてこの件が報じられる。「特例」ではない(本稿タイトルにはわかりやすくそう打ったが)。特恵とは「国家が特別な恵みを施す」という意味で、この場合の内容とは「免除」、もしくは「延期」だ。

お堅い。なぜそうなのというと、「憲法に記されている国民の義務に関わるものだから」。ここは日本との違いを示すと分かりやすい。改めて整理を。

日本の国民的義務(憲法に示されている)

教育(中学校までの義務教育を受けなさい)

勤労(働きなさい)

納税(税金を納めなさい)

韓国の国民的義務(同)

国防(国家を軍事力で守りなさい)

教育

勤労

納税

日本では「国民の三大義務」と言われるが、韓国には実際に「四大義務」という言葉がある。憲法に記されている義務を変えるのだから、これは当然、簡単な話ではない。

関連法である「兵役法」とその「附則」を改正する工程が必要になる。

韓国の「兵役法」。政府系の公式サイトより
韓国の「兵役法」。政府系の公式サイトより

法を変えようとしている若手政治家「政府とも連絡済み」

では、これを改正するには何が必要なのか。2つルートがある。

(1)国会議員による国会への発議、法案通過、そして大統領承認。

(2)大統領による国会への発議、法案通過。

”国会から話が上がってくる”

その後”政府内の担当部署(国防省)などで話し合う”

そして”最終的には大統領が承認する”

ことが基本的な流れだ。

このうち(1)について9月上旬、「Dynamite」のビルボード1位獲得を機に話題になった国会議員がいる。

与党「ともに民主党」のチョン・ヨンギ議員だ。韓国国会の文化体育観光委員会所属で、現国会では2番めに若い議員(28歳)としても知られる。

彼は、今、国会に対してこの法案を発議しようと準備を進めている。

「兵役法の改正案」

今月2日に韓国メディア「イーデイリー」の電話インタビューに応じ、こう答えている。

「特殊分野に従事する20代の青年たちが一番大きく引っかかるのが、兵役問題」

「大衆向けの芸術・文化やeスポーツ選手等は20代が満開となる職種なのだが、彼らが正当に兵役を延期できる権利を与えなければならないという趣旨(30歳までの延長許可)で準備を進めている」

また、冒頭で記した「政府の関係部署がこの件を認識している」という話を裏付けるようなコメントもあった。

「発議に関して、政府の文化体育観光部(省)と合意を終え、国防部(省)の発議や国威発揚に貢献した者の延長への反応も悪くはない」

「免除」と「延期」のうち、後者についてのみ、新たな規定を作ろうという動きが国会内であるのは確かなのだ。

  • 国内最大の通信社「聯合ニュース」もこのニュースを短く報じた

今後はどうなる? いくつかのステップが必要

この法案(法律を変えようというアイデア提案)が、いつ国会に提出されるのか。この9月のインタビューでは明らかにされなかった。いっぽうで、チョン議員による法案作成後はこういった流れが待っている。

(1)党内の承認。「本当に国会に提出していいのか」。

(2)国会の所管常任委員会の審査を受ける。ここで再び「国会での議論に値するのか」が問われる。

(3)国会での議論。可決の条件は「議会の出席議員、そして出席できない議員にも賛否を問い、過半数を占めること」。

(4)可決の場合、政府に移送され15日以内に大統領が承認すべきか判断。承認なら「発布」。

(5)更に20日経過した後に「公布」となる。

いっぽう(4)の過程で大統領が15日以内に異議を唱えれば、国会での再議を求めることができる。

少しややこしい話だが、重要なポイントなので少し整理を。

この「大統領承認」の際に、冒頭の「国防省」などの意見が反映されるとみられる。また、国会で再度話し合うためには「国会議員の過半数が出席した議会での3分の2以上の賛成」が条件。ここで拒否をされると、その機会での法の成立は消滅となる。

文在寅大統領は”味方”か!?

この流れのなかで当然、大統領の役割は大きい。状況に応じて最終的に「承認する人」、「反対する人」、あるいは自らが「法改正を提案する人」にもなりうるのだ。

大統領本人は「特恵推進派」だと思われる。今回の「Dynamite」のビルボード1位獲得では、自身のSNSでお祝いを伝えたくらいだから。

また、文大統領は2017年の選挙運動時にもINFINITEの”ネッコハジャ”の替え歌を採用した。元来の支持者に若い層が多く、ここに報いる結果を残したいと考えるのは自然な流れだ。

ただし、(下記に詳しく記すが)法案の詰めが甘いと、国防省、文化体育館観光省から指摘が入り、承認に反対せざるを得なくなる。ここが難しいところだ。

その他、次期大統領候補のひとりとされるイ・ナギョン氏(与党「ともに民主党」代表)もBTSのビルボード1位獲得に際し、Twitterにてお祝いのコメントを残した。

イ・ナギョン氏は「東亜日報」の記者だった1989年から日本特派員としての勤務歴があり、2019年10月の来日時には新大久保を訪れ、日本語でメディアの質問に答えたこともある。

立ちはだかる大きな課題「延期対象者の基準づくり」

ただし、「法改正は決して簡単ではない」という点も大いなる事実だ。前出のチョン議員のインタビュー記事にはこんなタイトルがついていた。

「兵役法改定を切り出したチョン・ヨンギ『BTS特恵法』ではない」

それほどに慎重な話だということ。チョン議員は、「BTSやEXOなど特定のアイドルグループのみのための法として曲解されてはならない」と言う。また法案作成の背景をこう続けた。

「国益に符合した新しい青年の職業の種類が多くなっているなか、これに対する兵役延期を真摯に論議しなければならない時代になっているということ」(チョン議員)

さらに、法案作りの過程にある現在、この点に頭を悩ませているという。

延長対象者の基準作り。この点は文化体育部の長官(大臣)のアドバイスを受けながら、厳格に作らなくてはならない。少しでも悪用される可能性をなくすため、厳格な審査が必要

所属の与党「ともに民主党」は、単独で過半数の議席を有するが、それ以前に「公正・公平・悪用がなされない基準づくり」は決して容易ではないと想像する。ここが党内で承認されなければ、国会への発議へも至らないだろう。世論の反発を買う基準であれば、むしろ与党が批判を浴びるのだから。この世論とは、前回の原稿で記した通り「世の男性の意見」だ。

その難しさは、先日筆者からも紹介した9月14日の「国防省新大臣による”BTS特恵関連見解”発表」のニュースからも分かる。

ネット世論を覗いてみる。強い意見もあり…

ソ・フン新大臣(当時は内定者)が「国民の共感がまず必要」と見解を発表。これを筆者は14日の記事で紹介した。

これに対する韓国内の反応が決して芳しくなかった。ストレートニュースを報じた「聯合ニュース」には75件のコメントが寄せられ、うち11件が「不適切」として削除された。

”わざわざネットに意見を記す場合、賛成より反対のほうが多くなる傾向がある”という前提の下、コメントをいくつか抜粋し、主旨を紹介する。

「国民の共感? 憲法は無視するのか?」

「ビルボードの1位と金メダル、どちらが難しいかが重要なのではない。大衆歌手の目的は個人の営利だということ。BTSにまで特恵を与えると、その対象が多くなりすぎる」

「特別兵として選抜し、海外の公演もそのまま続け、収益金を軍人の福祉に使用するのはどう?」

「こういったトップスターこそしっかり徴兵を済ませるべき」

「人気があるからと言って行かなければ、芸能人は皆行かなくなる」

(筆者による要約あり。過激な表現は削除しました)

ただし、同記事に寄せられたコメントでもっとも共感(いいね)が多かったものは、次の「新しい特恵制度を作るべき」という意見だった。

「スポーツ選手の現行の免除制度も含め、いったん廃止にし、新たな基準を設け、若い世代が活動できるように延期できるシステムをつくるべき。これからは国家に貢献できる職業が多くなるはず。スポーツ選手だけが免除となるシステムに問題がある」

この他にも「海外で『韓国』といえば、BTS、サムスン、パラサイトでしょう? 金メダリストよりはるかに国家に貢献している」といった意見もあった。

そして「当事者たちが免除にしてくれと言っているわけでもなく、時がくれば判断して行くだろうに、なぜ周囲が騒いでいるの?」との意見も。

現在地=法案での「基準作り」が重要なポイント

冒頭でお伝えした結論をさらに細かくまとめるとこうなる。いわば「現在地」だ。

・法律を変える準備は進んでいる。

・内容は「職種により30歳までの延長を認める」こと。

・しかし国会にアイデアを提出する前の「延長許可対象者」の基準づくりがかなり難しいものと思われる。

・世論(特に男性)が納得できる基準を作らなければならないため。

・政府の関係部署は「正式な話し合い」を始めていない。法案作り・通過の進捗度によるため。

繰り返しになるが、キーポイントは「法案での延長基準づくり」にある。

参考までに、別のルートとしては大統領が電撃的に「特恵」を認める方法もある。ただし、韓国の大統領には「法律が認める範囲での大統領令」を出す権利があるものの、現在の世論の流れでは簡単ではなさそうだ。実際に韓国メディアではこの点は報じられていない。

02年、自国開催のサッカーW杯でのベスト16入りの際には、当時の金大中大統領権限により「兵役法附則」の内容が追加され、徴兵免除が行われた。自国開催のW杯で、欧州勢2カ国を撃破して韓国サッカー史上初のベスト16入り。この時は世の男性からもほぼ反発が出ることなく「免除」が施された。

最後に、あえて「改正のためには現状では何ができるのか?」を示し、本稿を締めくくりたい。重ねて、本人たちは「義務だから行く」というスタンスを取っている点を承知の上で。

「官民問わず、この点が継続的に話題になっているということ」

02年W杯時の「免除」とて、「その時の突発的な決定」だったわけではない。そこまで十分にメディアで話題となり、議論されてきた問題だった。現在、関連法案を作成中のチョン・ヨンギ議員もこの点を十分に考えている。前出のインタビューでこう答えた。

「BTSのビルボード1位に合わせてたまたま記事になっているが、かなり前から関係部署と相談をし、論議してきた法案」

”国外でも話題になっている”という点は、十分に韓国内でも影響を及ぼしうるものだ。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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