Yahoo!ニュース

[2023年の高校野球回顧]強豪校は「24年問題」を解決できるか?

楊順行スポーツライター
(写真:アフロ)

「新バット……むずかしいと思いますね」

 と苦笑いしたのは、北海(北海道)・平川敦監督だった。11月に行われた第54回明治神宮野球大会・高校の部。石川の星稜が32年ぶり3回目の優勝を果たし、来春のセンバツで北信越地区に初めての「明治神宮枠」をもたらした。北海は、準々決勝で作新学院(栃木)と対戦。0対0の投手戦のすえ、延長10回1対2でサヨナラ負けを喫した。その試合後である。平川監督は、来春から採用される新基準のバットで臨んだことを明かしたのだ。

 優勝すれば、その地区にセンバツの1枠が与えられる秋の日本一決定戦である。各チームとも、ふだんは新バットへの対応に取り組んでいるとしても、公式戦となれば一時据え置いて現行のバットで臨んだが、平川監督は、

「北海道に戻ればもう、気候的に全国レベルの生きた球を打つ機会はない。(作新学院エースの)小川哲平君のような、レベルの高い球を実際に見て経験しておかないと、どうすべきかという課題も見えてこない」

 というわけで、新バットが全国大会で一足早く初お目見えしたわけだ。

 ここでちょっと、金属バットの基礎知識を。折れやすい木製バットによる経済的負担、森林資源へのダメージを抑えるために、高校野球で導入されたのは1974年。甲子園に登場したのは夏からだ。その大会での本塁打は11本で、前年の10本と大差なかったが、金属バット時代が本格的に幕を開けたのが翌75年センバツだ。前年は1本のランニング本塁打だけだったのが、なんと大会最多(当時)の11本も飛び出したのだ。

 80年代になると、金属バットの特性をうまく利用した池田(徳島)の山びこ打線が、鍛え上げた筋肉で長打を量産した。さらに選手の体格向上や、ピッチングマシンによる打撃練習の質・量の向上などで、高校野球は徐々に打高投低になっていく。時代が進むと、より飛ばすためにメーカーの性能競争が激化。沈静化を図るためか、91年には「かん高い打撃音が聴覚に影響を与える」として消音バットが採用され、また2001年秋には、破損のリスクやスイングスピードを抑えるために、バットの最大径を70ミリから67ミリに縮小し、重量を900グラム以上とした。打球部の金属を肉厚にし、飛距離や打球速度を抑制しようというものだ。

 それでも、打高投低には歯止めがかからない。17年夏の甲子園では、大会最多を大きく更新する68本のホームランが生まれ、広陵(広島)の中村奨成(広島)が個人1大会最多の6本塁打を記録。むろん要因は、金属バットだけではないだろう。選手の体格の向上、練習方法の多様化……それでも、あまりに打撃優位では、野球の本質が損なわれるという声が聞かれるようになった。また打球速度が上がることで、打球が投手を直撃する事故が各地で頻発し、安全性への懸念も高まっていた。19年夏の甲子園でも、岡山学芸館の投手が顔面にライナーを受けて頬骨を骨折している。

いい角度で上がっても失速する……

 そうした状況を受け、日本高野連は金属バットの性能見直しに着手。22年には「最大径を67ミリから64ミリに縮小、打球部の肉厚を3ミリから4ミリに変更する」という新基準を決定した。これにより打球速度、飛距離が大きく抑えられると期待される。この、いわば「飛ばないバット」は23年を移行期間とし、24年春のセンバツから完全採用。神宮大会での北海は、移行期間にもかかわらず、あえて新バットを使用したわけだ。平川監督は続ける。

「いい角度で上がっても失速する。振らないとダメ、という感じですが、振り回してもヒットは出ない。ライナーより、低いゴロを打つような意識ですかね。いずれにしても、芯に当てる技術を磨かないといけないので、時間はかかります」

 なるほど、直径が3ミリ小さくなれば、それに比例して芯に当てるのがむずかしくなる。不利と知りながら、監督の提案に同意して新バットを使った選手の反応はどうか。チーム3安打のうち1本を放った金沢光流は、

「打球スピードがまず違いますし、細いので技術がないと当たりません。外野の頭を越すのは大変で、冬はフィジカルトレーニングを増やします」

 打球が飛ばないとあって、守る側も対応が迫られた。作新学院の外野陣は、通常より5歩程度前に守ったといい、3つのフライアウトを取った。

「当たった音で芯じゃないとわかりますが、思った以上に(打球が)伸びないですね。これまでのバットなら、抜けた打球もあったと思います」(小川亜怜中堅手)

 日常の練習で使用している各校も含めた反応をまとめると、「木のバットに近い感覚」というのが最大公約数的意見か。いずれにしても来春センバツは、各校とも新バットへの対応という「2024年問題」に直面しそうだ。

 もっとも……01年秋に新基準のバットが採用されたとき、02年のセンバツではホームランが14本。前年の21本から3分の2に減り、本塁打数の比較では一定の効果があったように見えた。だが夏は逆に、前年の29本から43本に増加している。そもそもセンバツでも、準々決勝4試合の総得点が61と、18年に塗り替えられるまでの最多記録だったように、決して打力が低下したわけではなかったのかもしれない。現に、そのセンバツに出場した広陵の中井哲之監督も、

「(新バットを使った)秋の時点では、下位打線は全然打球が飛ばなかったが、冬の筋トレなどによって、いまは遜色ないんじゃないですか」

 と語っていたっけ。もしかすると強豪校なら、冬の間に新バットの「2024年問題」は解決しているのかもしれない。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

楊順行の最近の記事