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[社会人野球日本選手権]前田敬太の好投で日本通運大勝。率いるのは松坂世代の沢村幸明監督

楊順行スポーツライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 社会人野球の第47回日本選手権。第4日第2試合は、日本通運・前田敬太が登板した。ことに左打者への内角をつく制球が絶妙で、カナフレックス打線を6回3安打、無失点の好投。打線も4投手に2本塁打含む11安打を浴びせて10対0と、今大会初の7回コールドで大勝した。

 日本通運を率いる沢村幸明監督は就任3年目で、日本選手権では昨年に続く初戦突破だ。熊本工から法政大を経て2003年に入社し、15年限りで現役を引退したが、日本代表にも名を連ねた名選手だ。

 思い起こすのは、1996年夏の甲子園。決勝は、松山商との古豪対決となった。そう、高校野球ファンならよく知る「奇跡のバックホーム」で、松山商が延長戦を制したあの一番だ。沢村は、当時1年。六番・レフトが定位置だった。

 その決勝は9回裏、2対3と1点を追う熊本工の攻撃もすでに2死。松山商があとワンアウトで27年ぶりの優勝という場面で、打席に入ったのが沢村だった。

 ナミの1年生ではない。八代工に在学していた2歳上の兄の誘いを振り切り、甲子園に出るには……と熊本工に進むと、5月にはレギュラーに定着。1年生での抜擢は元巨人の緒方耕一以来、12年ぶりのことだった。

 夏の熊本大会では5試合で17打数9安打、11打点といずれもチームトップの成績を残し、当時の田中久幸監督を「あの勝負強さは天下一品」とうならせている。いまでいうなら、スーパー1年生だ。

 甲子園でも、前橋工との準決勝で2点タイムリー、この決勝でも2回に内野安打を放っている。ベンチからは、「幸明、ホームランを打て!」。打順が下位に向かう9回2死、連打で得点は期待薄となると、同点に追いつくにはホームランしかない……。

松坂世代のトップを切って全国にアピール

 その場面を、現役時代の沢村に振り返ってもらったことがある。

「前の二人が三振。ネクストでは“自分も三振するわけにはいかない”と思いますよね。だから積極的にいこう、とにかく最低限芯に当てよう、と考えていました。最後の打者にはなりたくないけど、大きいのとか、ヒットを打とうではなく、とにかく芯に当てよう、と」

 ストレートなら初球からいく。その、初球。松山商バッテリーが、様子を見ようとアウトコースに外すはずのまっすぐが、ややシュート回転して外から内へと入ってくる。

 きた! まっすぐだ。

 金色の金属バットが迷いなく走る。ライナー性の打球がレフトポール際へ。行け、行け! と熊本工ベンチ。切れてくれ、と松山商ベンチ。沢村が一塁を回ってガッツポーズしたとき、松山商の投手・新田浩貴はヒザを折り、マウンド上でしゃがみ込んでいた。

 同点! まるで劇画のような、9回2死走者なしからの一発で振り出しに戻った試合は、延長に突入する。

「奇跡」は10回裏、熊本工の攻撃。1死満塁から、誰もが「犠牲フライ、熊工のサヨナラ優勝!」と思った右飛を捕った松山商のライト・矢野勝嗣が、針の穴を通すような、ここしかないというバックホームで三走を本塁で刺すのである。併殺でこのピンチを切り抜けた松山商が決定的な3点を奪うのは、その直後、11回表だった。

 もし、もしである。9回2死から熊本工が同点に追いついていなければ、そもそも奇跡のバックホームは生まれていない。つまり沢村の同点アーチは、球史に残る名勝負を演出したといえる。

 沢村は、1980年4月生まれ。のちに「松坂世代」と呼ばれる才能あふれる年代だ。96年夏の甲子園には、ほかの1年生に目立った活躍はなく、松坂世代では沢村がもっとも早く、全国にその名をアピールしたといっていい。だが……その後の2年間、甲子園の土を踏むことはなかった。松坂大輔の横浜が春夏連覇を達成した98年夏も、熊本工は熊本大会決勝で敗れている。

 それにしても、と沢村はいう。

「だれもがセーフと思う"奇跡のバックホーム"。その場では私もセーフだと思いましたが、写真を見るとやはり、走者の足が入っていないんです。名判定ですよ。そのとき球審だった田中美一さんは、日通のOB。12年に亡くなりましたが、生きていらしたら話を聞いてみたかったですね。もしあれがセーフだったら、おそらくいまの私はなかった……」

 蛇足ながら、この日の第4試合に登場したパナソニック・田中篤史監督も松坂世代である。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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