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平成最後のセンバツ終了からちょうど1年。センバツのない甲子園に行ってみた

楊順行スポーツライター
甲子園へのアプローチに新設されたゲートオブジェ(撮影/筆者)

『HANSHIN KOSHIEN STADIUM』

 ここにやってくるのは、昨夏の高校野球以来である。本来なら、選抜高校野球が盛り上がっている3月下旬。阪神電車の甲子園駅を降りると、国道43号線の高架手前に、メジャーリーグの球場を思わせる新たなゲートができていた。2019年12月に完成したもので、ゲートオブシェというらしい。

 東邦(愛知)が、平成最後のセンバツを制したのは昨年の4月3日だった。それからちょうど1年。『第92回選抜高校野球大会を制したのは……』という原稿を書いているはずの時期だが、新型コロナウィルスの感染拡大により、大会は史上初めての中止である。プロ野球でも、阪神・藤浪晋太郎らの感染が明らかになり、いったんは4月24日を目標とした開幕も、再々延期が確実だ。いまにして思うと、無観客でのセンバツ開催も視野に入れていた3月上旬には、甲子園周辺の兵庫、大阪で感染者が増加していたから、3月11日の中止判断は正解だったといっていい。

 ただなにしろ、戦争による中断はあったにしても、大会の中止は史上初めてのこと。ある学校では、センバツ出場のために集めた寄付の返還を求める声が上がるなど、思わぬ事態が起きているようだ。それでも、30年以上前から大会取材を続けている身としては、開催時期に東京にいるのもどこか物足りない。で、センバツのない甲子園周辺はどうなっているのかを体感したく、甲子園に行ってみた。

マンホールも甲子園仕様

 新鮮なのは、球場周辺の写真撮影が可能だったことだ。もし大会を開催していれば、取材する側にはルールがいくつかあって、決められたエリア以外での写真撮影NGもそのひとつ。違反した場合は、取材IDの没収もある厳格なものだ。だがむろん、大会が開かれていなければルールもなにもなく、撮影はフリー。ゲートオブジェのほかにも新しいショップができていたり、駅から球場へのアプローチがずいぶんときれいになっている。桜がほころびはじめていた球場外周では、マンホールが甲子園バージョンであることに初めて気がついた。

 なにしろ、今回は通りすがりの旅行者だから、残念ながら球場内には立ち入れなかった。報道によると、高校野球のためにしつらえられた一、三塁側ファウルグラウンドのブルペンは、使用されることなく撤去されるらしい。また、出場校タオルなどの大会オフィシャルグッズは、一般発売を中止したという。「第92回選抜高校野球」グッズは欠番になるわけで、ことにマニアックなファンには寂しい限りだが、そこはそれ、商魂たくましい業者がいた。

 球場の外周、スコアボード側から外へ出て海の方向に少し歩くと、右側に露店があり、92回記念グッズや校名入りタオル、ユニフォームストラップなどを取りそろえ、幅広く販売している。公式グッズではないが、企業努力は涙ぐましい。たとえば、出場32校のユニフォームを再現した携帯ストラップ。出場を記念してデザインを一新するチームがあっても、あるルートから事前に情報を入手しているのだとか。確かに、昨秋のユニフォームから一新を予定していたチームでは、その新デザインが製品になっていた。さらに、特注ユニフォームキーホルダーという商品は、希望チームのベンチ入り全メンバーの背番号・名前を入れるサービスつきだ。

奉納された絵馬が切ない

 ふたたび球場外周に戻り、右翼ポール外側付近へ。球場敷地に隣接してあるのが、素盞嗚(すさのお)神社だ。場所柄阪神の選手やファン、高校野球関係の必勝祈願者が多い。奉納された絵馬を見ると鳥取城北、国士舘(東京)、東海大相模(神奈川)……など、まさに今センバツに出るはずだったチームの願い事を記したものもあり、しかもその日付がつい最近というのが切なかった。いまもコロナの猛威により、各地の春季大会は相次いで中止が決まっている。いつ終息するのか見通しが立たないいまは、夏の地方大会も開催の方向性が見えてこない。

 センバツ中止会見のとき、日本高野連の八田英二会長は、「なんらかのかたちで、甲子園に来ていただきたい。あるいは、甲子園の土を踏ませてあげたい」と、出場予定だった32校への救済措置をにおわせた。たとえば、感染拡大が終息したら、親善試合として甲子園でプレーしてもらうのも一案。ただ、32チームが一堂に会するには球場の確保がむずかしく、現実的ではない。

 それでも……花咲徳栄(埼玉)は開幕予定日だった3月19日、自校グラウンドで模擬開会式をやった。仙台育英(宮城)、鶴岡東(山形)、磐城(福島)と、東北からセンバツに出場予定だった3校は、4月末に「3校だけのセンバツ」を合同で開催する計画を進めているという。1日には、出場するはずだった32校への救済策について、高野連の小倉好正事務局長が「ない、ということはない」と明言している。「コロナ疲れ」なんて言葉がささやかれる昨今。もし状況が落ち着いたら、たとえばセンバツ出場予定校同士の親善試合を各地で行うとか、球児たちが元気になるようなアイデアがたくさん出てくればいいのだが。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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