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なんとも皮肉? 春江工と坂井、去年の連合チームが単独チームで初戦対決

楊順行スポーツライター

しかしまあ、こんなことがあろうとは……。

ここのところ、雑誌の取材でよく福井に出向く。今年に入ってからでも敦賀気比に2回、創部4年目ながら県大会4強レベルに成長した啓新、そして春江工・坂井……。で、夏の組み合わせに注目していたところ、昨年度は連合チームとして戦った春江工と坂井が、よりによって初戦で対戦するのだ。

春江工といえばもともと、栗原陵矢(現ソフトバンク)を擁して13年センバツに初出場した実力校だ。だが昨年、春江工と坂井農が統合し、坂井という新しい学校が誕生。大会には、春江工に在学していた2、3年と、坂井の新1年生で春江工・坂井という連合チームとして出場した。すると栗原らが残っていたチームは、連合チームとしては初めて春の福井大会で優勝。夏こそ初戦負けだったが、春江工の2年と坂井の1年で構成した新チームは、秋の福井大会でベスト4まで進出した。

それが、今年度。連合を解消し、それぞれが単独チームとして出場している。

「今年度は、春江工の最後の年。昨年は連合での出場でしたが、もともと、春江工単独として部の幕を閉じたいと思っていたんです。生徒たちが、それを思い出させてくれた」

というのは、春江工・坂井の川村忠義総監督だ。無名だった春江工を、熱血指導で甲子園に導いた功労者だが、現在は春江工に増田法久、坂井に高村虎太郎両監督を置き、両校を統括する立場にある。だが、春江工の生徒(新3年)はわずか12人。しかも昨秋は、坂井の生徒(新2年)がスタメン中6人と、連合チームの主力を占めていた。連合のままでいれば、県4強クラスの力があるのに、なぜ、単独での出場なのだろう。

連合したままのほうが強いのでは?

昨秋のことだ。連合チームは基本的に合同練習をしていたが、1年生大会に備える時期には1、2年が別メニューで行った。1年とは坂井、2年とは春江工の在学生である。川村総監督が言う。

「すると、2年生のムードがやけにいいんです。そのうちに(春江工の大川拓也)キャプテンが"たとえ12人でも、来年は単独でやりたい"と申し出てきた。うれしかったですね。もともと彼らは、12年秋の北信越優勝、センバツ出場を見て、自分たちが春工の最後、とわかっていながら入学してきた世代。それだけ、春工への思い入れが強いんですね。そこで"よし、オマエらのアピール次第で考える"。そしたらそれ以後の2年生は、坂井の1年生と紅白戦をやっても負けないんです。秋は控えだった選手が多いのに、春工の、先輩の意地ですね」

そして新年度、川村総監督が高野連に問い合わせると、連合の解消は問題なしとのこと。むしろ「連合のままのほうが強いのでは?」と首をひねられたというが、こうして最後の春工生12人と坂井がそれぞれ、単独で大会に出場することになったわけだ。連合チームというのはたいがい、人数が足りない複数チームの選択肢だ。だから、いったん連合したチームがそれを解消して単独で出場するというのは、なかなかまれなケースだろう。

皮肉にも、春の坂井奥越地域大会でも両者は、初戦で対戦した。このときは春江工が3対1で勝ち、兄貴の貫禄を示したといっていい。春工の大川主将は、こう振り返る。

「まさか単独チームで出られるとは……それにしても、坂井との試合は複雑で、やりにくかったです。練習も一緒にする顔見知りばかりでしたし。でもやはり、下級生には負けたくなかった」

そして、なんたる運命のいたずらか。31校が参加する夏の福井大会でも、その大川主将がクジを引き、両者は初戦で激突することになったのである。胸文字は春工が早稲田タイプ、坂井が済美タイプと書体は異なるが、オレンジと紺を主体にしたユニフォームは同じテイスト。兄弟げんかの第2ラウンドだ。川村総監督は言う。

「仕組んだような抽選結果で……(笑)。ただ、どうせ対戦するなら1発目で当たりてえな、とも言っていたので、かえってよかったかもしれません」

それまで火、水、金は基本的に合同練習を行っていたが、組み合わせ決定後は両校とも戦闘モード。選手たちはむろん「練習は、別々で」と申し出た。そもそも春江工と坂井の校舎が離れているうえ、試験期間がずれていることもあり、いまはそれぞれが別の練習を行っている。春工には野村佳久、久保拓矢という好投手がいて、朝日翼二塁手はヤング・オールスター福井で平沼翔太(敦賀気比)のチームメイトだった。一方の坂井も、エース・坂下恒輝のほか、新1年生左腕・吉川大翔は、シニア日本選抜の大器。両校とも北大津、星稜など、甲子園常連校との練習試合では互角以上に戦ってきたから、連合解消には県内の強豪も胸をなで下ろしたという。

「決勝で両校が対決、というのが夢でしたが、春工は歴史の幕を閉じ、坂井は幕を開ける。そのどちらも見届けられるので、総監督という立場になってよかったと思います。ベンチに入らなくてもいいので、ネット裏のど真ん中に座り、思う存分対戦を楽しむつもりです」

と川村総監督が言う1回戦は、7月13日の予定である。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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