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サロネーゼからワーママへ ~『VERY』キャラクターにみる平成主婦像の変遷~

米澤泉甲南女子大学教授
元JJモデルから初代VERYカリスマモデルとなった黒田知永子。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 人気読者モデルや流行を生み出し、常に話題をふりまく30代主婦向けファッション誌『VERY』。その創刊は、まだバブルの残り香ただよう1995年のことだった。それからもうすぐ四半世紀が経とうとしている。いつもキラキラして幸せそうな『VERY』妻だが、そのイメージも時代とともに常に変化しているのだ。今回は、『VERY』に登場するキャラクターから平成時代の理想の主婦像をたどってみよう。

90年代~2000年代:憧れはサロネーゼ

 1995年6月、石田純一に「あの頃より君はずっと素敵だ」と言わせて、『VERY』は創刊する。「あの頃」とはいつか。それは、『JJ』を読んでいた女子大生時代である。あれから10年。かつてのJJガールも30代の専業主婦になっていた。そんな彼女たちの前に差し出されたのが、『VERY』だったのだ。記念すべき表紙を飾ったのは、もちろん元JJモデルの黒田(旧姓樫本)知永子である。彼女もまた、JJモデルを辞めて結婚し、一児の母となっていた。そんな黒田知永子(通称チコさん)に白羽の矢が立ったのである。

どっぷり専業主婦の生活にハマっていて、子育て真っ最中の私にとっては晴天のへきれき。とてもモデルはできないと思いましたが、熱心にすすめられました。ちょうど、子供も幼稚園に入り、私も時間的、精神的にも少し余裕ができた時期でもありました。いいタイミングだったこともあり、これも何かの縁かな、と思うようになり、復帰の決心をしました。

出典:黒田知永子『チコバイブル』

 まさにチコさんは、読者である元JJガールの代表だった。元JJモデルだけれど、現在は、二世帯住宅に住む幼稚園児の母。今は、樫本知永子ではなく、黒田知永子。あのチコさんも結婚したんだ。あ、私と同じ。でも、あんなにキレイ。30代半ばなのにあんなに若い。私もがんばらなくっちゃ。読者にそう思わせるのには格好のモデルだった。こうして、カリスマ主婦黒田知永子は誕生したのである。

 創刊号の特集は「私たちの着る服がない」だった。当時、これほど、明確なターゲットを持って創刊された雑誌は珍しかったのではないか。「私たち」とは、かつてのJJガールで現在は主婦の「私たち」である。それもただの主婦ではない。山の手・高級住宅地に住む裕福でおしゃれな専業主婦でなければならない。パートにでる『素敵な奥さん』とは違うのだ。

 『VERY』は『JJ』が、神戸の女子大生ファッション「ニュートラ」や横浜の女子大生ファッション「ハマトラ」を全国区にしたように、読者モデルを使って裕福な専業主婦ファッションを紹介した。白金に住む専業主婦「シロガネーゼ」や芦屋に住む専業主婦「アシヤレーヌ」というキャラクターを誌面に登場させたのである。「シロガネーゼ」は比較的シンプルで洗練されたファッション、「アシヤレーヌ」は華やかで女らしいファッションをそれぞれ纏うという違いはあったものの、豊かで美しい30代専業主婦の存在は、読者たちを魅了したのであった。

 創刊間もなく『VERY』は人気雑誌となった。私も結婚して、「シロガネーゼ」や「アシヤレーヌ」になりたい。ファッションからライフスタイルに至るまで、幸せな結婚のバイブルとして読まれるようになった。そんな90年代の『VERY』で「シロガネーゼ」とともに憧れの対象となっていたキャラクターが、「サロネーゼ」である。サロネーゼとは、趣味の料理やフラワーアレンジメントなどの先生になって自宅で教室=サロンを開く主婦を指す。もちろん、採算などは度外視だ。仕事はあくまでの趣味の延長線上にある。彼女たちは「働くこと」にお金を消費することが許される特等専業主婦なのである。

 この「シロガネーゼ」に見られる「夫は仕事と家事、妻は家事と趣味(的仕事)」という新しい性別役割分業に基づく専業主婦志向は、小倉千加子によって、「新専業主婦」志向と名付けられた。「新専業主婦」は98年度版の厚生白書にも登場する初期『VERY』が生み出した最強キャラと言えるかもしれない。

 『VERY』が創刊された90年代半ばには、すでに専業主婦よりも共働きの主婦がその数を上回っていたが、『VERY』においてはそんなことはどこ吹く風である。元「JJガール」が目指すのは、あくまでも「サロネーゼ」であり、それが「幸せな結婚」の象徴なのであった。

2010年代:ミセスオーガニックさんって誰なんだ?

 シロガネーゼ、アシヤレーヌ時代はまだバブルを引きずっていた『VERY』妻であるが、2011年の震災が契機となって、新キャラクター「ミセスオーガニックさん」が登場するようになった。いったい彼女は何者なのだろうか。『VERY』は言う。「都会っぽいのにナチュラルな人たちが増えています。ミセスオーガニックさんって誰なんだ!?」(『VERY』2011年5月号)

そこでは、「あなたもなれる ミセスオーガニックさん度チェック!」と題して次のような項目が30個挙げられている。

 

 ・リネンやコットンなど、天然素材の服が好き

 ・スーパーでは積極的に有機野菜、無農薬野菜を選ぶ

 ・ジョンマスターオーガニックを使っている、使ってみたいと思っている

 ・自動車はプリウス

 ・フェアトレードの商品を意識して買い物している

 といった具合である。ここから浮かび上がってくるのは、環境や健康に配慮し、倫理的に正しいエシカル消費を実践する「ミセスオーガニックさん」の姿である。すなわち、「ミセスオーガニックさん」とは、「オシャレは都会的でも、気持ちはオーガニック志向で素材や心地よさ、丁寧なくらしを大切にするママたちのこと」なのだ。初登場から6年後の2017年になると、「今や読者さんの大半が“Mrs.オーガニック”さんです」という段階にまで達している。

 2000年頃から『VERY』読者の間でも高まりつつあった環境問題ヘの関心やエコロジー意識、そしてロハスなライフスタイルへの憧れが、震災をきっかけに一気に吹き出したというようにも理解できるだろう。また逆に言えば、震災直後という状況においても『VERY』のようなファッション誌を継続させていくためには、「ミセスオーガニックさん」を登場させなければならなかったということである。

 震災という出来事を経て、自分の欲望のおもむくままに生きるのではなく、地球によい、環境によい、健康によいことをしなければ、エシカルなファッションを選択し、エシカルな消費をすべきだという思いが世の中に、そして『VERY』な妻たちの間にも広がっていった。

 もはや『VERY』読者も、今までのように高級車に乗って、ハイブランドの服やバッグを身につけ、高級スーパーで買い物している場合ではない。エコカーに乗り、フェアトレードの服を着て、自分で育てたオーガニックな野菜を子どもに食べさせることが求められるようになっていく。そんな震災後の理想的なライフスタイルを体現したのが、「ミセスオーガニック」さんなのである。

 こうして、『VERY』では、「オシャレな人ほど今、気持ちはオーガニック!」になった。苦手だったスニーカーも履くようになった。「私は、週6スニーカーで行く!」(2016年6月号)と宣言するぐらい変化したのである。『VERY』な妻たちも、すっかり「丁寧な暮らし」をするようになったということだ。

2000年代後半~2010年代:家族が一番、仕事が二番のワーママたち

 「サロネーゼ」から「ミセスオーガニックさん」へ。今日はランチ、明日はお稽古というラグジュアリーな毎日から「丁寧な暮らし」へ。理想のキャラクターの変化には、彼女たちのライフスタイルの変化が大きく関わっている。他にも新たに登場したキャラクターから、その変化を見てみよう。

 創刊から10年ほどは、完全なる「新専業主婦」しか、『VERY』には登場しなかった。仕事をするとしても、「趣味から始める私の仕事」の域を出ないものであり、「サロネーゼ」というキャラに象徴されるように、「主婦になって始めた、私たちの“課外活動”ちょこっとジョブ」(2000年6月号)という意識だったのである。

 しかし、2000年代半ばになり、起業した主婦やママを指す「ミセスCEO」「ママCEO」(2006年5月号)という新キャラが登場する頃から、事態は変化し始める。もちろん、2008年の時点でも、また「新専業主婦」の流れを汲む、「エレカ様」(六本木ヒルズに住み、エレガントにベビーカーを押す元秘書というキャラ)や「ピー子」(PTA行事に積極的な小学生ママというキャラ)も登場しているが、2009年にはとうとう「『家族が一番、仕事が二番』の私たち」(2009年3月号)という見出しが表紙に躍るのだ。

 ついに『VERY』な妻も二番目とはいえ、本格的に仕事を始めるようになったのである。創刊時には考えられなかったことだ。このように、誌面に働くママが増えるにつれて、提案されるファッションもランチ社交服や公園デビュー服から、働くママのお仕事服へと移行していく。大好きなエルメスもコンサバなケリーから、書類も入るバーキンへと移り変わった。

 四半世紀の間に、『VERY』な妻たちも完全な専業主婦は少数派となり、むしろ育児に専念している専業主婦の母親は「フルタイムマザー」と呼ばれるようになった。そして、現在の『VERY』を代表するキャラが「ワーママ」(ワーキングマザー)だ。ただ、『VERY』の「ワーママ」はただの働くママではない。「ワーママ」とは、「家族が一番、仕事が二番の働き方を譲らないママ」である。マミートラックという言葉があるが、まさにそれである。『VERY』な妻たちは自主的に母や妻という壁を越えない働き方を選択しているのだ。

 近年は、週に5日働くサラリーマンのママ「リーマム」も登場している。ただ「リーマム」は大変だ。「気持ちも、体調も、オシャレも 誰もがギリギリのところで頑張ってる」のだ。だから、『VERY』は「働くお母さんはもっとハッピーになっていい!」(2018年7月号)と提案する。「幸せな結婚」を守るためにも、「自分をもっと愛してあげたい」(2019年2月号)と呼びかけるのである。

いつもイケダンの隣に私がいる

 『VERY』流「幸せな結婚」-もちろんそこに必要なのはいつの時代も素敵なダンナさまである。創刊時から読者モデルのプロフィール欄で、「ご主人は国家公務員」「ご主人は会社経営」など、その存在をちらつかせていた『VERY』だが、平成も後半に入ると、ついに「ダンナさま」も新キャラとして登場することになった。その名も「イケダン」(イケてるダンナの略)である。

 「イケダン」とは「仕事をバリバリこなしながら、家庭を大切にしているイケてる旦那のこと」だそうだが、そのハードルは高い。「イケダン」は収入もさることながら、家事・育児を手伝わなければならない。幼稚園への送り迎えはもちろん、ゴミ出しや風呂掃除も積極的に行わなければならないのだ。

 それでもまだ、「イケダン」と呼ばれるわけではない。「イケダン」のもう一つの条件は、もちろんルックスがイケてることだ。なんてったって、「イケダンの隣に、私がいる!」(2010年2月号)のだから。隣にいて自慢できる夫でなければ、意味がないのである。「あのパパ素敵、の奥さんはやっぱりオシャレ」(2015年9月号)というわけだ。

 とりわけ、子どもの入学式、運動会などの行事は「イケダン」の真価が問われる場だ。外見に気を配り、子どもの面倒を見ながらも、周囲のママへの気配りを忘れない。「イケダンはつらいよ」という悲鳴が聞こえてきそうであるが、「幸せなファミリー」を求める『VERY』妻は真剣である。自分自身もずっと、「『幸せなファミリー』に似合う“私”の服」(2005年3月号)を追求してきたし、常に念頭にあるのは、「もういちど考えたい『幸せそうに見える』ファッション」(2006年1月号)のことなのだ。

 『VERY』な世界では、「幸せ」よりも「幸せそうに見える」ことが何よりも重要であるようだ。いかに「幸せそうに見せるか」が『VERY』妻の勝負の分かれ目なのだろう。よって、ダンナも幸せなファミリーを演じてくれる「イケダン」でなければならないのである。

 「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」というのが『VERY』のキャッチフレーズである。「基盤」とはもちろん、家族とともにある「幸せな結婚」であろう。結婚しなくても幸せになれる時代に、敢えて『VERY』は結婚を「基盤」と言い切り、時代に合った「幸せな結婚」の姿を描き続ける。

 それは創刊から四半世紀近く経とうとも、平成が終わろうとも変わらない。次の時代も『VERY』は幸せな結婚のバイブルとして読まれ続けるだろう。(文中敬称略)

甲南女子大学教授

1970年京都生まれ、京都在住。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。扱うテーマは、コスメ、ブランド、雑誌からライフスタイル全般まで幅広い。著書は『おしゃれ嫌いー私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『筋肉女子』など多数。

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