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米津玄師はロエベ、常田大希はサンローラン なぜハイブランドはミュージシャンをモデルに起用するのか?

米澤泉甲南女子大学教授
LOEWE 公式サイトより(https://www.loewe.com/jap)

人気ミュージシャンで劇的に知名度アップ

 ミュージシャンの米津玄師さんが、日本展開50周年を迎えたLOEWE(以下、ロエベ)の2023秋冬コレクションのイメージモデルに起用された。パリコレモデル並みの高身長を誇る米津さんは、2020年にもGIVENCHY(ジバンシイ)のアンバサダーに選ばれている。

 ロエベは、今年の春夏シーズンにもKing Gnuの勢喜遊さんを「パウラズイビザ・コレクション」のモデルに起用している。また、同じKing Gnuの常田大希さんも今春からSAINT LAURENT(サンローラン)のアンバサダーを務めている。

 近年ハイブランドがミュージシャンをイメージモデルに起用することが目立っている。もちろん彼らの抜群の人気が、ブランドの知名度アップに多大な貢献をしているのは間違いない。しかし、それならば別にトップアイドルでも人気俳優でもかまわないはずだ。実際、Snow Manのラウールさんなどはモデルとしても大活躍である。

 だが、ハイブランドが敢えて人気ミュージシャンを積極的に使いたがるのはなぜなのか。彼らのファン層は基本的にハイブランドの客層とは異なっており、直接的な購買に結びつくことはほとんどないと思われるのに。

 そのブランドを全く知らない人々、とりわけ若年層に知らしめる、という意味では人気ミュージシャンの起用は抜群の効果を生むだろう。例えば、ロエベはスペイン王室御用達の伝統あるレザー製品ブランドとして、150年以上の歴史を有しているが、日本ではエルメスやルイ・ヴィトンに比べると「誰もが知るブランド」ではない。LOEWEを何と読むのかわからない人も少なくないはずだ。

 しかし、米津玄師さんがイメージモデルになることで、知名度が格段にアップする。高価格ゆえに手が出なくとも、人々の記憶に残る。そして、何よりもロエベのイメージがぐんと身近なものになる。聞いたことのないブランドから米津さんがモデルをしている憧れのブランドへ。この劇的な変化は大きいだろう。

ミュージシャンの個性がハイブランドの価値を高める

 もちろん起用の際にはイメージモデルであるミュージシャンの持つセンス、創造性、オリジナリティが何よりも重要となる。今回のロエベの広告写真も、米津さんのクリエーションの源泉とも言える小説や詩、漫画やアニメ作品などとともに彼の創造(想像でもあるだろう)空間を再現したうえで、そこに最新のメンズコレクションを纏う米津さんが佇むというものである。

 コレクションのキービジュアルの一つである「天使の羽」ルックなどは、米津さんの内省的で詩的な創作活動と彼の醸し出す唯一無二の存在感無くしては、着こなし得なかったであろう。

 それは単なるファッション写真を超えた米津玄師×ロエベのコラボレーション作品であり、それ自体がクリエーションとしての価値を持つ。米津玄師というミュージシャンの個性がロエベというブランドのプレステージをいっそう高めるのだ。伝統を守るだけでなく常に革新を求めるクリエイティブなブランドとして、時代の一歩先を行くエッジイなブランドとして。

ミュージシャンがファッションを牽引する

 このように人気ミュージシャンの起用は、彼らの持つ強烈な個性がブランドのイメージアップに欠かせないからなのだが、もう一つの理由として、ミュージシャン自体が非常にファッショントレンドに敏感になっていることも挙げられる。

 もちろん、80年代からYMOはファッションの流行を牽引してきたし、90年代以降のビジュアル系ミュージシャンもさまざまなトレンドを生み出してきた。しかし、それらは基本的にステージ衣装に端を発する流行であって、日常的なファッションやいわゆるモードの世界とは隔たりがあった。どちらかと言えば、ライブという非日常空間でのみ許されるファッションではなかったか。

 しかしながら、近年はそのライブで販売されるグッズも劇的に進化している。もはやライブ参戦時にしか着られないデザインのTシャツやパーカーは過去のものだ。現在のライブグッズはいかに日常に着られるか、使えるかを念頭においてデザインされている。したがって、流行色やモードの要素も取り入れられ、とてもファッショナブルなのだ。

 それを示しているのが、ファッション誌『GINZA』のライブグッズ特集号(2023年8月号)である。「MERCH(マーチ)が楽しい」と題して、人気ミュージシャン82名のツアーグッズが565個も紹介されている。マーチとはマーチャンダイズの略で、関連商品やグッズを指す言葉だが、ここにきてミュージシャンのマーチがいまだかつてない注目を集めているのだ。

 各ミュージシャンの個性とトレンドをミックスさせたアイテムは、定番のTシャツ、パーカーからバッグ、ポーチ、キャップ、コスメまで幅広く、そのミュージシャンのファンでなくても欲しくなるグッズも多い。

 そんなグッズ特集の巻頭を飾るのが、米津玄師そしてKing Gnuのグッズである。自ら絵を描いたり、クリエイティブチームを率いる彼らは、デザインに対してのこだわりも極めて強いだろう。そう、もはや彼らのライブグッズが一つのファッションブランドと化しているのだ。つまり、彼らは音楽だけでなく、ファッションにおいてもすでに時代をリードしている。だからこそ、名だたるハイブランドも彼らミュージシャンから目が離せないのである。

(一部加筆・修正しました。)

甲南女子大学教授

1970年京都生まれ、京都在住。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。扱うテーマは、コスメ、ブランド、雑誌からライフスタイル全般まで幅広い。著書は『おしゃれ嫌いー私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『筋肉女子』など多数。

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