Yahoo!ニュース

お帰りレギンス ~"ファッション界の出世魚”はなぜ復活したのか?~

米澤泉甲南女子大学教授
アスレジャーっぽいコーデ。黒以外のレギンスも流行中(写真:Splash/アフロ)

再びレギンスが流行中

 レギンスが帰ってきた。前回の流行は2007年頃であるから、約10年ぶりの復活だ。身体にフィットする細身の女性用ボトムスとして一世を風靡したものの、近年はそれほど話題になることもなかった。しかし、ここにきてそのレギンスが再び流行しているのである。ファッション誌も秋からレギンスを次々と特集している。

 「今すぐ考える【秋の服どうする?】トレンド大本命 レギンスコーデのススメ【2018年最旬】」(『Oggi』)

 「注目株“レギンス”秋の正解バランス」(『VERY』)

 「人気復活!“レギンス”を今すぐ攻略する着こなしはこの3パターン」(『CLASSY.』)

 大きなトレンドというものが消滅して久しいなか、このように、「お帰りレギンス」と言わんばかりの勢いで、ファッション誌が軒並みレギンスを推しているのである。

かつて一世を風靡した"レギンス”が、今年ついにブーム再来! ほどよくラフさが加わりアップデートされた新生レギンスは、昔の感覚のままコーディネートするとなんだか野暮ったくなるので要注意。 2018年版の正しい選び方とオシャレな着こなしをレクチャーします!

出典:(『CLASSY.』http://classy-online.jp/fashion/17393/)

 なぜ今、再びレギンスが「人気復活」「トレンド大本命」「ブーム再来!」とまで言われているのか。「ほどよくラフさが加わりアップデートされた」らしい今回のレギンスは、過去のレギンスとはどのように違うのか。

 『CLASSY.』によれば、2018年版の正しい着こなしは、

 着こなし1 "ヴィンテージ”っぽく 

 着こなし2 "アスレジャー”っぽく

 着こなし3 "キレイめモード”っぽく

 コーディネートすることだと言う。

 ヴィンテージやモードはともかく、アスレジャーと言われてすぐに理解できるのは、それなりにファッションへの意識が高い人々であろう。アスレジャーとは、アスレチックとレジャーを組み合わせた造語であり、休日にジムやヨガをするときのようなスポーティなスタイルを指す。アメリカでは、ノームコア(究極の普通を意味するファッション)に続くトレンドとして数年前から注目されているが、日本ではようやく今春あたりから本格的に流行し始めたのである。

 そのアスレジャーっぽく、レギンスを着こなすのが重要だと『CLASSY.』は説く。とにかく、またレギンスが流行っているからといって、昔の感覚のままコーディネートしては、いけないのである。でも「昔の感覚」って?みんながやってた例のあれ?「昔の感覚」をふり返りながら、今季にレギンスが浮上した理由をあらためて考えてみよう。

"ファッション界の出世魚”レギンス 

 そもそも日本におけるレギンスの歴史は1980年代に遡る。まだ昭和の時代である。当時はスパッツと呼ばれ、丈も短く伸縮性のある素材で身体にフィットするのが特徴であった。80年代前半は、ジャズダンスやエアロビクスの流行もあり、その際にも相応しいスポーティなアイテムとして認知されていたのである。また、80年代半ばからはボディーコンシャスなファッションが流行り始めたこともあって、スパッツのように身体の線を強調するアイテムが好まれるようになった。

 しかしながら、当時は誰もがスパッツをはくというような状況ではなかった。80年代におけるスパッツはかなり個性的なアイテムとして位置づけられており、若く、アクティブで流行に敏感な女性達を中心に広まった程度であった。多くの80年代の女性達にとって、いきなり身体を、しかもヒップラインから脚にかけて強調するのはなかなかハードルが高かったのではなかろうか。

 そんなスパッツがモードなアイテムとして復活したのが平成に入ってしばらく経った1990年代の初めである。パリやミラノのコレクションに登場するスーパーモデルたちが女性たちの憧れの的になった時代のことだ。スーパーモデルに近づきたいと身体改造に励む女性達も増加するなか、スーパーモデルたちの日常ファッション―丈が長めのシャツやニットに、黒の細身のパンツを合わせることが流行し始めたのだった。

 ただしその名はもう「スパッツ」ではなかった。90年代に入ると、スポーツ色の薄れた「スパッツ」はモードの影響を受けてよりオシャレになり、フランス風に「カルソン」と呼ばれるようになったのである。

 カルソンはスーパーモデルに憧れる女性達のあいだでマストアイテムとなり、モデル風のカジュアルファッション「デルカジ」は一大ブームとなった。1993年には『JJ』にもカルソンを着こなす「カルソンズ」(カルソン愛用者のこと)スタイルがお目見えしたほどである。

 こうして、デルカジブームとともにすっかりモードなアイテムとして定着したカルソンだが、21世紀が近づくころになると、デルカジブームにも陰りが見えてきた。カルソンはブーム終焉とともに一旦忘れられることとなったのである。

 しかし、そんなことでへこたれる元祖スパッツ改めカルソンではなかった。一時はモードのお墨付きまで得たのだ。これで終わるのはもったいない。カルソンは、虎視眈々と復活のチャンスを狙っていたのである。

 転機が訪れたのは、2006年である。カルソンは過去の栄光にすがることなく、再び名前を変えて再デビューしたのだ。この時与えられた名前こそ、「レギンス」であった。英語でぴったりしたボトムス全般を指すレギンス。幼児用の細いズボンから足首までのタイツ、スパッツに相当する伸縮性のあるもの、下着的なものまで何でも英語では「レギンス」だそうだが、この汎用性のある「レギンス」というネーミングが吉と出た。

 ファッション業界の全面的なバックアップもあって、ここでレギンスの大ブームが起こる。2007年には『日経トレンディ』のヒット商品にもランクインした。もはやレギンスは国民的なアイテムに上り詰めたのだ。スパッツからカルソンそしてレギンスへ。まるで出世魚のように名を変えるたび出世していくレギンス。丈が長めのチュニックに合わせる万能的なボトムスとして、もはやレギンスの右に出るものはなかった。

 レギンスから派生したトレンカ(土踏まずの箇所にひっかける部分があるタイプ)なども登場し、レギンスはブームを超えて定着するかに思えた。

 しかしながら、チュニックとレギンスというコーディネートがあまりにも普及し、「ファッション」の域を超えて、単なる「体型カバー」コーデになってしまったこともあり、2010年代に入ってしばらく経つと、レギンスの流行は下火となった。気づけばレギンスはなんだか野暮ったいファッションに成り下がってしまったのである。『CLASSY.』が言う「昔の感覚」もこのチュニックコーデを指しているのだろう。

 ところが、そのレギンスがこの秋、再びトレンドの目玉として帰ってきたのである。しかも今度は、名を変えることなく、世に知れ渡った昔の名前「レギンス」のままで。

エフォートレスならレギンスにおまかせ

 このように、過去に何度も流行し、一大ブームまで巻き起こしたレギンスであるが、なぜ今、再び注目されているのだろうか。

 確かに今季のレギンスは今までにないバリエーションを誇っている。従来のレギンスは丈の長さに多少の違いはあっても色は黒が中心で素材も薄手のものが主流だった。あくまでもチュニックに合わせることを前提としていたのである。

 ところが、今年の新生レギンスは裾にスリットが入っていたり、リブ素材であったりさまざまなタイプが登場している。色もグレーやネイビー、カーキなど黒一辺倒ではない。一口にレギンスと言っても、非常にバリエーションが豊富なのだ。当然コーディネートも多様化しており、チュニックコーデが9割だったかつてのブームとは様変わりしている。

 例えば、『VERY』2018年12月号では、「バタバタの朝こそ足首チラリで時短女っぽく!万能レギンスを使った延命プラン」「レギンスを見方につければ、“足元の肌見せ”は思いのまま」との見出しが躍る。

「リブ素材やロング素材など、バリエ豊富に進化した今どきレギンスを取り入れるだけで、素足オシャレも同時に進化!さりげなく防寒できちゃう旬のレギンスを使いこなさない手はなし!」

出典:(『VERY』2018年12月号)

 というように、レギンスのオンパレードである。何しろ、「スリット入りレギンスなら防寒しつつ抜け感が作れる」し、「ロング丈レギンスなら土踏まずまで伸ばして女っぽい甲を強調♪」できるのである。カジュアルにもモードにも合わせられるまさに「万能アイテム」として紹介されているのだ。

 レギンスをコーディネートするだけで、ファッションが旬になる。今を感じさせるようになる。「今」とは、前述の『CLASSY.』の着こなしキーワードにならえば、「ヴィンテージ」「アスレジャー」「モード」である。すなわち、どこかこなれた雰囲気、スポーツウェア的カジュアルテイスト、それでいてクールなモード感が必要とされるのだ。

 何よりも現在のファッションは頑張りすぎることを嫌う傾向にある。エフォートレス、抜け感、こなれ感が大切なのだ。このこなれ感を絶妙に表わしてくれるのが、レギンスというアイテムなわけである。

 ワンピースとハイヒールも、普通に合わせたのでは女っぽくなりすぎる。ドレスアップしすぎになる。そこにレギンスを加えることで、「はずし」が生まれ、過剰な女っぽさ、フォーマル感を軽減してくれる。ニットにロングスカートという無難できちんとしたスタイルもロング丈のレギンスを合わせることで、抜け感が生まれる。

 ノームコアの流行にも通じるが、頑張りすぎる過剰なおしゃれこそ、今最も敬遠されるものである。華美なファッションよりも、着心地の良さや動きやすさを重視する。スニーカーブームなどはその顕著な例であろう。レギンスの復活も行きすぎた過剰なおしゃれへの疲れや反動に加え、世界的な流れであるラグジュアリーな見た目よりも着心地の良さや動きやすさを重視するエフォートレスな着こなしへの志向に則っていると考えられる。

 ただし、『VERY』をよく読めば、このエフォートレス志向だけでなく、「冬でも素足でいたい」という「素足至上主義ママのための“素足オシャレ”延命プラン」として、防寒にも役立つレギンスが紹介されているのである。女子大生などは冬でも素足なのをよく見かけるが、今やVERYママにも素足の波が押し寄せているようだ。「素足オシャレ」こそ抜け感があって、クールと考えられているのだろうが、冬でも素足というのは厳寒の日本ではなかなか大変である。やはり「おしゃれは我慢」の法則がここにもまだ生きているのだろうか。

 「エフォートレス」でいるのにも結構「エフォート」が求められるのである。頑張りすぎているように見られないために、私たちは頑張らなければならない。今はそういう時代なのだろう。

 とはいえ、アップデートされ帰ってきた新生レギンスは、「エフォートレス」に見せるために最適なアイテムであるのは間違いない。もうすぐ12月。素足までは無理でも、とりあえずレギンスで「エフォートレス」っぽく見せてみませんか。

 

甲南女子大学教授

1970年京都生まれ、京都在住。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。扱うテーマは、コスメ、ブランド、雑誌からライフスタイル全般まで幅広い。著書は『おしゃれ嫌いー私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『筋肉女子』など多数。

米澤泉の最近の記事