初めてのデートは図書館で ~本がいちばんオシャレな時代~

2017年に新たに開業したGINZASIX内の蔦屋書店(写真:長田洋平/アフロ)

図書館司書に恋をして

 たいていの日本のファッション誌には、「一ヶ月コーディネート」という定番記事がある。物語仕立てで仕事、ショッピング、デートなどのシチュエーションごとに一ヶ月間の着こなし(着回し)を提案するものだ。

 主人公はその雑誌が理想とする読者像である。物語も読者の理想的なライフスタイルにしたがって展開されることが多い。20代後半の化粧品会社に勤める女性が合コンで広告代理店や商社勤務の男性と出会うなどというのが、これまでの黄金パターンであった。ところが、近年は時代を反映してさまざまな物語が生まれてきているという。とりわけ、アラサー女性をターゲットにした『CLASSY.』は近頃、刺激的だ。2018年5月号ではなんと「つき合っている経営者の彼が既婚者だとわか」り、逡巡する主人公が登場した。あまりの展開のすごさにネット上でも、「着回している場合か!」と服よりそのストーリー展開に引き込まれる人が続出したのであった。

 ファッション誌初の「不倫」物語もたいへん興味深かったが、それよりも私が気になったのは、『CLASSY.』2018年7月号の「丁寧に暮らす 6月の着回しDiary」である。主人公は、「渋谷区在住、PR会社に勤める29歳のまどか」。ここまでは普通なのだが、その後の展開が今までとはかなり異なる。まどかは、

社交的な性格で交友関係が広く、仕事も遊びもバリバリこなし華やかな生活を送っているように見えるが、実際はただ忙しなく過ぎていくだけの毎日に疲れていた。そんな時に出会ったある本をきっかけに丁寧な暮らしに目覚めた彼女は、今までの派手な生活を改め、シンプルライフを始めることに!

出典:『CLASSY.』2018年7月号

 派手な生活を改めるにはまずはファッションからということで、カジュアルなボーダーのカットソーやデニムに身を包んだまどかが、いきなりスープを作り置きしてみたり、家に花を飾ってみたりする「丁寧な暮らし」が展開されていく。 

 このように突如として「丁寧な暮らし」に目覚めた彼女が出会うのが、一流企業勤務ではなく、IT社長でもない、図書館司書の男性である。図書館司書!!今までファッション誌に図書館司書の彼氏が登場したことがあっただろうか。『CLASSY.』という誌名に現われているように、未だ高学歴で高収入な男性との結婚を夢見る、上昇志向の強い女性の恋の相手として図書館司書が選ばれたのだ。ある意味「既婚者の彼」以上に意外なキャスティングではなかろうか。

 まどかは、単に華やかな生活に疲れたから、「穏やかな性格で落ち着ける」肩のこらない彼を選んだのだろうか。いや、そうではない。陶芸が趣味で職業柄、本にも詳しい彼なのだ。「少し話しただけなのに、ちゃんと私に合う本を選んでくれたなんて、ちょっとした感激!」という具合に、まどかはますます彼に惹かれていく。それもそのはず、的確に本をセレクトできる「知的な雰囲気漂う」彼こそ、実は今いちばんイケてる職業、本を扱うお仕事に就いているのだから。

本を売らない本屋さん

 これまでのまどかの日常に本や本にまつわる事柄は、ほぼ皆無だったはずだ。しかし、まどかは「合コン帰りにふと目に留まった1冊の本」から「丁寧な暮らし」に目覚め、その一環として、それまで縁がなかった図書館にも出向くようになった。司書の彼との初めてのデートも図書館だった。

 そんな、もともと本好きではない彼女が、たまたま本と出会うきっかけを作ったのが、普通の書店ではなく、書店でありながらコーヒーを飲んだり、雑貨を購入したりできるブックカフェである。 

 近頃、街にはまどかのような、今まであまり本を読まなかった人をターゲットにしたブックカフェが増加している。その代表格が、お馴染みの蔦屋書店である。蔦屋書店は、「書店」という名が付いてはいるが、その店舗はご存知のようにスターバックスとセットになっており、本だけを売っているわけではない。

「書店」と銘打っているものの、この店にあるのは本ばかりではありません。

 ジャズやクラシック、ロック&ポップスが充実した音楽フロア、

 名作やDVD化されていない映像作品までが揃う映画フロア、

 世界のペンがずらりと並ぶ文具コーナー、貴重なアートブックや雑誌とアートに囲まれるラウンジ「Anjin」

 Book&Cafeのスターバックス、一つ上の品揃えが目を引くファミリーマート、

 旅行の手配ができるトラベルカウンター・・・・・・など、

 人生を深く愉しむ文化と生活をもっと楽しむアイテムがつまっています。

出典:http://real.tsite.jp/daikanyama/floor/shop/tsutaya-books/

 このように、人生と生活を愉しむことを掲げて、代官山蔦屋書店は、2011年12月に誕生した。代官山という立地の良さも手伝って、当初から芸能人が夜遅くにこっそり訪れるなど、デートスポットとしても機能していた。本を読まない人も、わざわざ行きたくなる本屋さん。代官山に続き、JR大阪駅のステーションシティや京都・岡崎のロームシアター京都、GINZA SIXなどそれぞれの立地を活かした集客力の高い場所に、直営店を次々とオープンし、一度は行ってみたい人気スポットとしての地位を確立してきた。もちろん、本だけではなかったからこその成功である。

 蔦屋書店を手掛けるカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下、CCC)の増田宗明代表取締役社長兼CEOは、「書店は本を売っているから、ダメなのだ」とまで言い切っている。

顧客にとって価値があるのは、本という物体ではなく、そこに盛り込まれている「提案」なのだ。そう、売るべきなのは、その本に書かれている提案だ。それなのに、そうした点に無自覚なまま、本そのものを売ろうとするから、書店の危機などと言われる事態を招いてしまっているのではなかろうか?

出典:増田宗明 『知的資本論-すべての企業がデザイナー集団になる未来』

 この「提案を売る」という考え方に基づき、蔦屋書店では、本が映像ソフトやアートや文具をはじめとするさまざまな雑貨と地続きに、等価に並べられており、その空間では本や読書の持つ特権性は消失したかのように見える。そこでは、本を読むこと(眺めること)とおしゃべりをすること、音楽やアートを楽しむこと、コーヒーを飲むことが全く同じように行なわれているのである。

 だからこそ、本は苦手だから本屋さんには行きたくないというタイプの人間にも、蔦屋書店なら行ってみたいと思わせることができるのだ。むしろ、本を読まない人、本を読むことが嫌いな人のための書店であると言ってもよいだろう。何しろ、ここでは本を手にとらなくても、他にすることがいっぱいあるのだから。

 書店にカフェが併設されているのではなく、カフェに書店が併設されているのが蔦屋書店なのである。時には、蔦屋書店の「提案」による「今、読むべき本」の中から、まどかのようにお気に入りの1冊を見つけて、買って帰るのもよいだろう。

 せっかく蔦屋書店に行ったのだから、「お土産」として本を買ってみるのも悪くない。今まで読まなかったけど、意外と本って面白い「知的エンタメ」なんだ、という客に支えられているのである。

本に囲まれて眠りたい

 こうして、蔦屋書店のように、わざわざ行ってみたい本屋さんが各地に出現することとなった。その多くは、ブックカフェという形をとっているが、中にはBOOK AND BEDのように泊まれる本屋さんもある。あくまでもここはコンセプトとしての「泊まれる本屋」であり、実際には1冊も本は売っていない。

読書しながら夢の中へ 「泊まれる本屋」BOOK AND BED池袋店(写真:Martin Hladik/アフロ)
読書しながら夢の中へ 「泊まれる本屋」BOOK AND BED池袋店(写真:Martin Hladik/アフロ)

 

 しかしなぜ、「本屋」に泊まらなければならないのだろうか。いくらたくさんの本が揃っているとはいえ、一晩で読める本などたかがしれている。本当に読みたければ、その宿泊料金で好きな本を買い、自宅でじっくりと読む方がいいにきまっている、などと思うのはあなたが単なる読書家だからである。繰り返すが、BOOK AND BED はホステルであり、本を売っているのではない。BOOK AND BEDが売っているのは、本のある空間だ。ここならば、本のある空間で暮らしたい、本に囲まれて眠りたいという願望を満たしてくれるのだ。

 このように、近年は「本のある空間」が脚光を浴びている。「居心地のいい本屋さん」(『ブルータス』2016年12月号)や「本と本が、つくる場所」(『ソトコト』2016年12月号)が流行しているのだ。

 その場所で本を売っているかどうかは、たいした問題ではない。「目当ての本があってもなくても、本のある空間は心地いい」(『ブルータス』2016年12月号)からだ。よって、人々は読書家ではなくても、本のある空間を求めてわざわざ出かけるようになったのである。

居心地のいい図書館

 本が作り出す心地いい空間。その傾向は図書館にも及んでいる。元祖「本を魅せる空間」といえば、やはり図書館であろう。

「居心地のいい図書館」に先鞭をつけたのも、CCCである。2013年4月、佐賀県武雄市にCCCが指定管理者となった公立図書館、いわゆるTSUTAYA図書館がオープンした。

初めて訪れた人はまず例外なく「うわ」とか「おっ」とかいった嘆声を上げる。正面の広大な壁面を埋め尽くす書籍の膨大さに圧倒されるからだ。つまりは、書物の量が直接、来館者の皮膚感覚に訴えてくるからだ。

出典:増田宗明 『知的資本論-すべての企業がデザイナー集団になる未来』
佐賀県武雄市図書館 (写真:読売新聞/アフロ)
佐賀県武雄市図書館 (写真:読売新聞/アフロ)

 この「天井まで届く魅せる書架」がマスコミで多く取り上げられたこともあり、人口5万人ほどの地方自治体である武雄市の図書館に1年間で100万人近くの来館者が押し寄せることとなった。そして、武雄市はTSUTAYA図書館のある街として全国的に有名になったのだ。その後に誕生した海老名市や多賀城市のTSUTAYA図書館も同様である。

 しかしながら、皮膚感覚に訴えるために、あまりにも質より量を重視したためか、杜撰な選書や独自の「ライフスタイル分類」に対する問題点が開館当初より指摘されており、その後建設予定だったいくつかのTSUTAYA図書館に関しては、反対運動も起きている。

 とはいえ、TSUTAYA図書館が地方都市の新名所となり、街の活性化に寄与していることは否めないだろう。閑古鳥が鳴いていた公共図書館が、休日に「そうだ、図書館行こう!」と思い立った人がわざわざ遠くから押しかける人気スポットとなったのだから。評価されている点が、「カフェがある」「おしゃれ」「年中無休」(2017年3月21日付河北新報)でも仕方がない。もともと本が読みたくて来ているのではないのだから、当然なのだ。

 「居心地のいい図書館」化は大学にも及んでいる。関西大学の梅田キャンパスには、2016年にスターバックスとともに「TSUTAYA BOOK STORE」がオープンしているが、大学図書館そのものを「居心地のいい図書館」に変えたのが、あの近畿大学(近大)である。

 近大は2017年4月に従来の大学図書館とは別に、2万2千冊のマンガを誇る新たな図書館「ビブリオシアター」を作り上げた。「ビブリオシアター」は編集工学者の松岡正剛が監修したことで話題になったが、やはりこの図書館も十進分類法ではなく、独自の「近大インデックス」によって並べられている。ガラス張りの四角い小部屋が、迷路のようにいくつもつながる「ビブリオシアター」に並べられた「魅せる書架」は、ここが大学であることを忘れさせるような居心地のいい空間である。もちろん、本を読まない大学生が行きたくなるような図書館を目指して作られたのであろう。

空間プロデューサーとしての図書館司書

 このように、人々は本が作り出す居心地のいい空間を求めてブックカフェや図書館にわざわざ出かけていくようになった。人々は本を買いたいのではなく、本を読みたいのでもなく、本のある空間を体験したいのだ。本が作り出す居心地のよい場所を味わいたいのである。

都市に広がるブックカフェや図書館はいかに行きたくなるような場所を提供するか、「居心地のよさ」を醸し出すか、が何にも増して重要になってくる。

 そしてそのわざわざ行きたくなる「居心地のよさ」を作り上げるのに欠かせないのが、選書をする人であり、近頃は「ブックディレクター」などと呼ばれている人々である。ブックディレクターは、もちろんその場所に相応しい本を的確にセレクトできる目利きであるが、どんな本を選ぶかということは、その空間をいかに「心地よく」するかということと同義なのである。そういう意味では、ブックディレクターとは実は空間プロデューサーなのである。

 まどかが恋した司書の彼が勤務する図書館もすでに、「居心地のよい図書館」化しているかもしれない。そうならば、図書館司書もまた、本のある心地いい空間をプロデュースするブックディレクターと言えるだろう。

 そのように考えるならば、ファッション誌に図書館司書の彼やデート場所としての図書館が出てくるのも別に驚くべきことではないのである。本が作り出す居心地のいい空間が、人気スポットであり、本がいちばんオシャレな時代なのだから。(文中敬称略)