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「2社寡占」に戻る日本の空 ANAによるスカイマーク支援策のケーススタディ

米重克洋JX通信社 代表取締役
ANAグループはスカイマークを「獲得」して国内線で圧倒的なシェアを確保(写真:ロイター/アフロ)

5日に開かれたスカイマークの債権者集会では、一時の予想を覆してANAによる支援策(債権者案)が可決された。主要債権者であるイントレピッドがスポンサー候補に擁立したデルタ航空は、他の主要債権者であるエアバスやロールスロイスの大口取引先だったが、エアバスについてはANA側と何らかの一致点を見出し、ANA案支持に回ったものとみられる。

そこで今後の焦点となるのが、ANAが掲げていた「即効性のある支援」の中身だ。デルタ航空には出来ない、ANAならではの支援として同社がどのような策を持っているのか、過去に支援を受けた国内新規航空各社の事例から検証したい。

コードシェアでJALに大差 羽田発着路線でANAが支配的シェアに

これまで、国内の新規航空会社でANAの支援を受けたのは、時系列順にエアドゥ(旧北海道国際航空)、ソラシドエア(スカイネットアジア航空)、スターフライヤーの3社だ。いずれも、羽田空港に新規航空会社優先の発着枠(新規参入枠)を有し、羽田発の幹線・準幹線を運航する点が共通している。

「羽田枠」は、巷間指摘される通り航空会社にとって非常に価値が大きい。その理由はやはり「需要の多さ」に尽きる。羽田には国内の旅客流動の約6割が集中しているが、これは分かりやすく例えれば、現在1万人が航空便に乗っているとすればそのうち約6000人は羽田に向かうか、羽田を発った人だということになる。日本の国内航空ネットワークが完全な羽田「一極集中」体制となっていることは、この数字1つからして明らかだ。

こうした構造があるために、羽田には国内・国際を問わず日本中の乗り継ぎ需要が集中する。実際に、国内の旅客航空輸送量上位10路線中9路線は羽田発着であり、また上位50路線まで広げてみても6割近い路線が羽田発着となっている(平成25年)。こうして、各路線にまとまった需要が安定して存在しているために、実質的には羽田発着路線での「供給力」の勝負がそのまま国内線の売上、シェアの勝敗を左右するのだ。

平成25年の国内旅客航空輸送量上位10路線(国交省)。うち9路線が羽田線。
平成25年の国内旅客航空輸送量上位10路線(国交省)。うち9路線が羽田線。

実際、上記で挙げた「ANA系」の新規航空3社は、この羽田線の中でもANA単独ではJALと供給力(便数)がイーブンな幹線・準幹線に就航し、ANAとコードシェア(共同運航)をしている。

例えば、元々は北九州空港を拠点として設立されたスターフライヤー(SFJ)はANAの資本参加後、北九州空港と競合関係にある近隣の福岡空港、山口宇部空港に就航した。

その結果、福岡線ではANA18便、JAL17便のところにSFJが8便を運航することで、対JALで26対17という圧倒的な便数差を実現している。更に、SFJのような新規航空会社がエアバスA320やボーイング737といった150席級の小型機を主に使っていることもポイントだ。福岡線より輸送量が少なめな山口宇部線に至っては、元々ANAが中型機で5便飛ばしていたところを3便に減便し、そこにSFJが小型機エアバスA320で3便を追加することでJAL4便に対してANAグループ6便とした。つまり、便数を増やしながらも機材は実質小型化し、損益分岐点を下げる(座席の売れ残りが減る)工夫まで実現している。

同様のことは、エアドゥ(ADO)の就航する羽田=新千歳線やSFJが飛ぶ羽田=大阪(関空)線、ソラシドエア(SNA)の飛ぶ羽田=熊本線、羽田=宮崎線など殆どの新規航空就航路線に共通して言えることだ。言い換えれば、ANAとしてはSFJやその他新規航空会社を「ANAネットワーク」に取り込み、対JALで供給力優位を実現するために活用している、ということになる。

便数の多さは、利用者にとっては時間帯の選択肢の多さにつながる。高需要な幹線では便数を増やして利用者を取り込み、且つ新規航空会社の小・中型機も活用して損益分岐点を下げ、浮いた中・大型機は他の幹線に回していく。こうした取り組みで輸送量を増やしていった結果、ANAの国内線旅客売上(2014年度)は6833億円と、JALの4875億円の実に1.4倍にまで達している

日本の航空自由化は、事実上、参入規制を緩和しスカイマークなどが新規参入した1998年から始まった。米国の1978年、欧州の1990年代初頭スタートと比べればかなり遅れて始まったことになる。この時の日本の空は、旧日本エアシステム(JAS)を含む大手「3社体制」だった。あれから17年経った今、政策意図とは裏腹に日本の空は「2社体制」に集約されてしまった。寡占をより一層進めただけで終わったこの「遅すぎる自由化政策」はあまりにも美しく散ってしまったとしか言い様がない。

2大幹線でのANAグループとJALの便数比。スカイマークが加わると圧倒的に。
2大幹線でのANAグループとJALの便数比。スカイマークが加わると圧倒的に。

これに加えて指摘しなければならないのが、利用者・消費者視点から見ればただ便数が増えるだけでは済まないということだ。羽田=福岡線は、スカイマークが1998年の設立当初から就航している路線だが、スカイマークが就航したことでそれまで高止まりしていた運賃がわずか4年間で1割低下したとされる。創業期の少ない便数でもそれだけの影響力のあったプレイヤーが一転、ANAグループに入るとなれば、現在スカイマークが就航している羽田=福岡線や羽田=新千歳線では運賃競争が無くなることすら想定される。

逆に言えば、ANAにとって見ればスカイマークは「シェア」と「運賃単価」の両方をまとめて上昇させることの出来るキラーツールだということになる。

ANAの強大な販売力が出資比率以上の影響力に

ちなみに、過去に、西久保前社長体制下のスカイマークはANAのこうした新規航空への支援方法を「ANAグループが実質的に羽田の新規参入枠を流用している」などと批判していた。こうした批判は、スカイマーク破綻後も報道機関や専門家などから繰り返しなされてきたが、ANAは出資比率などをもとに「エアドゥもソラシドエアも独立した航空会社」だと反論している。

確かに、エアドゥはANAから13.6%の資本参加を受けているが過半には程遠い。2割以上の資本参加をすると、羽田新規参入枠を没収されるリスクがあることもマイナー出資に留める理由になっているようだ。しかし、実態として社長はANAから派遣されており、売上に至っては約3分の1がANAへのコードシェア枠の座席販売で占められている。こうしたコードシェアでは、数割〜50%程度の座席をANAが協業先から買い取る形が一般的とされる。1便150席分を売り切る力の無かった会社からすれば、最大半分はコンスタントに買い取ってくれる会社との関係は、単なる支援先ではなく「親と下請け」の関係に近い。

こうした販売支援は、国内線のチケットを売る流通機構も乗り継ぎ需要も持たないデルタ航空には不可能なものだ。それが、ANAが繰り返し説明してきた「即効性のある支援」という言葉の指すものだろう。新規航空会社からすれば、チケットをある程度売り切ることができる保証があるので、収益も予測しやすくなるし、新規に機材を調達したり路線展開する余地も生まれる。

しかし、その新規航空会社の路線展開においてもなおANAの販売力の融通を受けるとなれば、双方の利害の一致点はやはり「ANAネットワークの強化に資するもの」とになるだろう。元々北九州拠点だったSFJが事実上、羽田を主要拠点に切り替えたネットワーク展開を行っていることが象徴的だ。

かくして新規航空各社とANAネットワークとの一体化はますます進み、各社の「独立した航空会社」としての存在意義も日に日に薄くなってしまった実態がある。これが、市場・競争環境や消費者利益の観点で良いことかどうかというのが、巷間議論されてきている「寡占」の問題の根源でもある。

スカイマークは独立性を保てるか

スカイマークは、元々2011年頃までは非常に搭乗率の高い航空会社だった。上記で紹介してきた他の新規航空会社と明らかに異なるのは、同じクラスのキャパシティを有するボーイング737を中心に使いながらも、自社Webサイトなどを通じて単独でチケットを売り切り、高い搭乗率を実現してきたことだ。

元々モデルとしてきた米サウスウエスト航空など海外の大手LCCは、かつて一般的だった旅行代理店を通じたチケット販売を廃して自社での直接販売を徹底することで数%のマージンをカットすることに注力してきた。こうしたことを参考に、設立当初から旅行代理店に頼らないチケット販売体制をつくり、更にネット業界出身の西久保前社長が経営に参加してからはシステム開発も自社で行ってコストを抑えてきた経緯がある。

このように好調だった同社が失速し始めたのは、成田・茨城空港発着各線など低需要な地方路線の新規開拓や中・大型機への過剰投資を始めた2012年頃からだ。現在は、中型機エアバスA330の運航停止や成田線からの撤退など、かつての「ボーイング737で羽田発着の幹線に絞って路線展開する」というモデルに回帰しつつある。そうしたモデルのもとであればチケットを売り切る力があるスカイマークが、ANAの「即効性のある支援」によって独立性を損ない、健全な市場競争が喪われることにつながらないかという点が、今後最も注目されるべきポイントだ。

JX通信社 代表取締役

「シン・情報戦略」(KADOKAWA)著者。1988年(昭和63年)山口県生まれ。2008年、報道ベンチャーのJX通信社を創業。「報道の機械化」をミッションに、テレビ局・新聞社・通信社に対するAIを活用した事件・災害速報の配信、独自世論調査による選挙予測を行うなど、「ビジネスとジャーナリズムの両立」を目指した事業を手がける。

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