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新型コロナウイルス疑いで邦人入国拒否 インドネシアの「日本神話」に影

米元文秋ジャーナリスト
2月21日、記者に囲まれるインドネシア保健省ユリアント氏(中央)=米元文秋写す

 「一時帰国したら、インドネシアに戻ったときに入れてもらえるかな。日本はリスキーな国と考えられているようだから」―。こんな話が、インドネシア在住日本人や日本国内の友人の間でささやかれている。仮に日本で新型コロナウイルス感染の広がりが加速を続けた場合に、日本人が中国人同様に入国制限の対象とされないか、との懸念だ。

 インドネシア政府は2月21日、新型コロナウイルスの感染の疑いがあるとして、これまでに、日本人を含む外国人118人の入国を拒否したことを明らかにした。保健省疾病予防・管理総局幹部のアフマド・ユリアント氏が記者会見で筆者の質問に答えた。

 当初は中国からの感染拡大の阻止が、世界中で焦点になっていた新型ウイルス。日本での感染まん延が懸念される中、ついに日本人が入国拒否の対象とされたことの衝撃は大きい。

 この外国人たちは発熱、せきなどの症状があり、検疫に回されるなどし、入国を拒まれたという。ユリアント氏は「大部分は中国の人だ」と強調。「日本人は、日本から直接到着したのではない。マレーシアを経由して来た」と、日本人に気配りをするかのように補足した。

 「入国拒否された日本人の人数は」と質問を重ねたが、ユリアント氏は明言を避けた。

 ただ、関係者によると、入国拒否された日本人は男性1人。2月6日にスカルノ・ハッタ国際空港(ジャカルタ空港)に入ったが、1月下旬に中国にいたことが分かり、入国を拒まれた、との情報がある。中国国民に対する訪問ビザ免除の一時停止などを定めた、法務人権相規則2020年第3号に抵触したための措置だという。

 インドネシア政府は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、2月5日以降、中国本土からの航空便の運航停止や、過去14日間に中国滞在・訪問歴のある渡航者の入国と乗り継ぎを禁止するという、厳しい措置をとっている。

水際作戦に不意打ち

 ユリアント氏は、外国人の入国拒否場所は「(首都)ジャカルタ、(バリ島の)デンパサール、(スラウェシ島の)マナド、マカッサルなど複数の都市だ。最近の中国人の例だと(スマトラ島の)パダンだ」と、広大な国土で展開している防疫活動を紹介した。

 こうした水際作戦に不意打ちを食らわすように、今度は、日本人感染者の入国情報が飛び込んできた。

 東京都が22日、新型コロナウイルスに関連した感染症の症例として、高齢者保険施設に勤める60代男性が12日に発症していた、と発表した。発熱、せき、呼吸困難の重篤な症状がある。この男性は12日に風邪のような症状があったが、15日に家族と一緒に旅行でインドネシアを訪れ、19日に帰国し、入院したというのだ。

 東京からの報道は、インドネシアのどこを訪問したか、を伝えていなかった。感染拡大を防ぐためには、インドネシア人にとっても、在住日本人にとっても、そこが重要なポイントのはずなのに。

 筆者は東京都福祉保健局健康安全部の感染症対策課に電話取材した。同課の中坪直樹課長は、旅行先がバリ島であることを確認した。島内の地域名などについは「承知していない」としつつ、「男性は体調が優れなかったため、外出せずに過ごしたと聞いている」と語った。

 インドネシア当局が感染を封じ込めるためには、宿泊先や接触のあった人を、早急に特定することが必要になる。中坪課長によると、そうした外国からの問い合わせがあった場合には、日本政府が対応することになっているという。

 しかし、都の発表から2日後の24日になっても、インドネシアのテラワン・アグス・プトラント保健相は「日本政府に尋ねている。彼らからのデータを、まだ待っている」と地元記者団に説明した。

クルーズ船員救出ギクシャク

 記者らは、テラワン保健相や関係閣僚に対し、集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」についての質問を、たたみかけるように浴びせた。同船にはインドネシア人乗組員78人が所属。この日、うち5人の感染が新たに確認され、計9人が東京などで集中的な治療を受けているとの情報が伝わっていた。

 「乗組員たちは早く帰国したいと言っているのに、いつまで延期するのか」「ダイヤモンド・プリンセスはもはや感染源になっているのに、何をしているのか」

 記者たちは、諸外国が乗客らを航空機で続々帰国させる中で、インドネシア政府が続ける「日本政府と協議中」との説明にごうを煮やしていた。

 「あのビデオを見ただろう」。女性記者が語気を強めた。

 乗組員たちが、「先日まで、検疫中の乗客へのサービスを続けてきた」「21日になってから、のど粘膜の検査を受けた」「ゆっくりと殺されてしまう」と訴えるメッセージが、ビデオや写真とともに、オーストラリア放送協会(ABC)のインドネシア語ツイッターなどを通じて拡散している。

 一方で、保健相や保健省当局者らは「スタンダード通りに進めている」「日本はよくやっている」などと述べ、自らや日本政府の対応をフォローする。

 しかし、前出の保健省幹部ユリアント氏も、ダイヤモンド・プリンセス船内での感染率の異常な高さを指摘。帰国させる乗組員には「これまでの14日間の2倍となる28日間の経過観察が必要になる」と、日本政府の対策を見切ったような発言をしている。

 「清潔」「効率的」「責任感がある」「科学や医療が進んでいる」…。インドネシア人からよく聞かされる日本への高い評価に、影が忍び寄っている。

ジャーナリスト

インドネシアや日本を徘徊する記者。共同通信のベオグラード、ジャカルタ、シンガポールの各特派員として、旧ユーゴスラビアやアルバニア、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを担当。こだわってきたテーマは民族・宗教問題。コソボやアチェの独立紛争など、衝突の現場を歩いてきた。アジア取材に集中すべく独立。あと20数年でGDPが日本を抜き去るとも予想される近未来大国インドネシアを軸に、東南アジア島嶼部の国々をウォッチする。日本人の視野から外れがちな「もう一つのアジア」のざわめきを伝えたい。

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