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阪神を38年ぶりの日本一に導いたプロでも至難の業な野球とは

横尾弘一野球ジャーナリスト
球団オフィシャルウェブサイトの祝勝画面。阪神タイガースは38年ぶりの日本一だ。

 オリックスの杉本裕太郎が左中間へ高々と打ち上げた白球が、シェルドン・ノイジーのグラブに収まった瞬間、どちらが勝ってもおかしくない展開だった日本シリーズが決着した。プロの凄さを存分に発揮してくれた究極の戦いは、観る者の気持ちを強く揺さぶったが、38年ぶりの日本一に輝いた阪神とオリックスのどこに差があったのかと言われれば、両監督の采配、選手のパフォーマンス、勝敗を左右する運など、すべてが五分だった。それは、第6戦を終えて両者が23得点23失点だったことが、はっきりと示している。

 では、その戦いで阪神が僅かに上回ったのはなぜか。ヒントは、第7戦の9回表に、桐敷拓馬が登板したことにあった――。

 昨年10月16日に15年ぶりの復帰会見に臨んだ岡田彰布監督は、「勝てるチームが勝てないのが歯痒かった」と口にした。そして、ユニフォームを着ると、自身の好みではなく、チームを勝利につなげるための適材適所に選手を配していく。そうして、前回指揮した2004~08年も落合博満監督の中日と鎬を削ったように、確かな戦術眼と選手起用で次第にライバルとの差を広げ、18年ぶりのリーグ優勝を果たす。

 ただ、熱いファンの思いは1985年以来の日本一だ。それも熟知する岡田監督は、長いペナントレースの間に「こうすれば勝てる」という戦い方、そのための個々の役割を選手に理解させ、短期決戦のクライマックス・シリーズや日本シリーズでは、いかにそれを実践させるかに注力する。プロの監督経験者に聞けば、この「普段通りに戦う」ことが言葉にするほど簡単ではないのだという。

「普段通りに戦う」ことの難しさ

 大毎、阪急、近鉄で8回リーグ優勝しながら、日本シリーズではすべて敗れた西本幸雄はこう語った。

「長いペナントレースで優勝したんだ。その価値は、日本シリーズの勝敗だけでは変わらないという気持ちが選手にも私にもあり、優勝に貢献した選手が日本シリーズの流れに乗れなくても、外すことはなかなかできないものだ」

 日本シリーズでは、3年連続で采配を振るオリックスの中嶋 聡監督が、今年は独走したペナントレースの戦いを貫きながら、短期決戦独特の流れも考慮したベンチワークで勝利を手にした。ただ、3年続けて日本シリーズを戦い、昨年は日本一を手にしているからこそ、オリックスの選手は普段通りにプレーするのが難しくなった部分もあったのではないか。

 それに対して岡田監督は、ペナントレースでは不振に喘いだ湯浅京己を上手く起用してチームに勢いをつけながら、攻守にわたって堅実な試合運びに徹した。それが、守りのミスで失点したり、星を失ったりしながらも、大きな流れを逃さない要因となったという印象だ。

――そうして、あと1イニングを守れば日本一という場面も、3点差以内なら守護神の岩崎 優に任せたのだろうが、7対1と大きくリードしていたため、「普段通り」に桐敷を起用する。これには、テレビ解説者も球場のファンも意外に感じたようだ。それでも、日本一を決める役割は岩崎に任せ、7月18日に28歳の若さで亡くなった横田慎太郎さんのユニフォームをベンチ入りさせる“特別”は認めるなど、選手やファンのエモーショナルな部分も理解して、チームを、チームとファンを一体にした手腕は見事だった。

 阪神は、この感動的な勝利をきっかけに黄金時代を築くことができるか。また、絶対的なエース・山本由伸のポスティング制度によるメジャー・リーグ挑戦を認めたオリックスは、戦力をどう整備して4連覇と日本一の奪還に挑むか。感動の日本シリーズが終わった直後なのに、もう来季が楽しみになっている。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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