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【落合博満の視点vol.25】なぜ岩瀬仁紀をストッパーに抜擢したのか

横尾弘一野球ジャーナリスト
落合博満が中日を率いた8年間、ストッパーを務めた岩瀬仁紀は不可欠な存在だった。(写真:ロイター/アフロ)

 落合博満が監督を務めた8年間、中日はペナントレースですべてAクラスに入り、優勝4回、日本一1回という好成績を残した。落合はそれを「8年間に関わったすべての選手、コーチ、スタッフの力」と振り返るが、中でも大きなポイントのひとつに挙げるのは、岩瀬仁紀をストッパーに抜擢したことだ。

 落合が監督に就任する前、2003年のシーズンで、中日のストッパーはエディ・ギャラードと大塚晶則(現・晶文)が務めた。だが、ギャラードはシーズン途中で横浜へ移籍し、大塚はポスティングでサンディエゴ・パドレスと契約。前年のストッパーが不在となり、落合監督のはじめの仕事はストッパー選びとなった。落合は就任する際、一切の補強を行なわず、現有戦力を底上げして優勝すると宣言していた。ゆえに、選択肢は投手陣の中から誰かを抜擢するしかない。

 コーチの中には、マウンド度胸も満点の川上憲伸を先発から転向させればいいという意見があった。だが、落合は「黙っていても2ケタ勝ってくれる先発投手を、なぜ後ろにまわさなきゃいけないんだ」と首を縦に振らない。そして、1999年にドラフト2位で入団してから主に中継ぎを務め、5年続けて50試合以上に登板していた岩瀬に白羽の矢を立てる。

絶対にファームには落とさない

 当時の岩瀬を、落合はこう見ていた。

「5年間で294試合に登板しているけど、投球回数は340回1/3と使い減りはしていない。ストレートに力があり、スタミナも十分だから、先発ローテーションに入ってもそれなりの投球をするだろう。ただ、主に投げているのがストレートとスライダー。多彩な球種を操るタイプではなかったので、短いイニングを、その代わり毎日のように投げてもらったほうが、岩瀬の持ち味が生きるのではないかと考えた」

 ストッパーの経験がないことを懸念するコーチに、「中継ぎで7回、8回に投げていたんだろう。それを9回にすればいいじゃないか」と返した時は、「ストッパーという重責を理解しているのか」と不安を増大させたようだが、落合は涼しい顔で岩瀬の調整を見守っていた。

 岩瀬はキャンプ、オープン戦をまずまずの状態で過ごしたが、開幕直前に左足の小指を骨折するというアクシデントに見舞われる。新たな仕事に、万全ではない状態で取り組むことを強いられた岩瀬の投球は芳しくなかった。4月2日、広島との開幕戦では8対5と3点リードで迎えた9回表に登板。セーブはついたものの3安打で1点を失う。7日の巨人戦では、ロベルト・ペタジーニに逆転3ラン本塁打を被弾。その裏に、アレックス・オチョアの3ラン本塁打で逆転サヨナラ勝ちし、岩瀬には勝ち星がついたが、本調子でないのは明らかだった。

 その後も岩瀬の投球は精彩を欠き、5月11日のヤクルト戦で岩瀬が2敗目を喫し、チームも最下位に沈むと、「岩瀬にストッパーの適性はあるのか」や「ファームで再調整させるべき」という記事が並ぶ。だが、落合は岩瀬に「絶対にファームには落とさない」と伝え、メディアの取材でも同じコメントをした。

「5~6日置きに登板する先発投手なら、ローテーションを1回飛ばし、ファームで走り込ませたり、ミニキャンプを張らせるという方法もある。けれど、岩瀬の仕事は3日続けて1点も与えられない緊張感の中で投げたかと思えば、打線が好調で1週間は登板しないケースも考えられる不規則なもの。当然、いい状態でマウンドに立てることばかりではなく、調子を崩したからと言ってファームで再調整していたら仕事にならない。気持ちの面でも、負けたら再調整するのでは逃げ道ができてしまい、次も負けたら、またファームで調整しなければならなくなる。シーズン通して一軍のベンチを外れることなく、経験を積みながら仕事の精度を高めてもらいたいと考えていたので、私の中には初めからファームに落とすという選択肢はなかった」

 そして、落合はこう続ける。

「岩瀬のプライドを尊重するとか、信頼関係を築くといったことは一切考えていない。どうすれば岩瀬に力を出し切ってもらえるのか、それを継続してくれるのかという点だけでマウンドに送り続けた。そうして、勝敗の責任は監督が取るが、一つひとつの場面におけるプレーは、選手の責任であるという認識をチームに浸透させるためにも、岩瀬には自分の力で壁を乗り越えてもらおうとした」

 その後の岩瀬の実績は、周知の通りである。落合と岩瀬の物語には、誰を抜擢するかという視点もさることながら、抜擢した選手によりよい仕事をしてもらうためのノウハウも織り込まれている。

【落合博満の視点vol.24】オープン戦への取り組み方と新人が留意すべきこと

https://news.yahoo.co.jp/byline/yokoohirokazu/20210202-00220554/

落合博満は春季キャンプで何をしてきたか【落合博満の視点vol.23】

https://news.yahoo.co.jp/byline/yokoohirokazu/20210201-00220260/

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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