落合博満のホームラン論その1「全打席でバックスクリーンだけを狙っていた」

2年連続の三冠王へ邁進していた1986年、通算200本塁打を達成した落合博満。

現役引退から3年。12球団すべての春季キャンプに足を運び、横浜ベイスターズでは臨時コーチも務めた2001年に、落合博満が自らの歩みと重ねて語り、現在でも変わらないホームラン論を3回にわたって掲載する。

 最初から私論になってしまうけれど、日本の選手で天性のホームランバッターと言えるのは、田淵幸一さん(阪神-西武)と秋山幸二(西武-福岡ダイエー)だけだと思う。体格に恵まれていて、ボールをとらえて遠くへ飛ばすというセンスが備わっているからね。彼らがホームランを打った時の弾道って、実に美しいでしょう。まさに「アーチを描く」という形容がぴったりの打球。生まれついてのアーチストなんだな。

 だけど、日本の通算本塁打10傑を見れば、彼らより多くのホームランを記録した打者は王 貞治さん(巨人)を筆頭に何人もいる。では、そうした打者は何と呼ぶのか。俺は「スラッガー」という言葉を思い浮かべるね。

 体格的には並みだから、ひたすらバットを振り抜くことで打球を外野スタンドまで運ぶ力をつけた。才能ではなく、鍛錬によって“作られたホームランバッター”なんだ。スラッガーの打球って、美しくないでしょう。投球をバットで引っぱたいて、最後は執念で外野スタンドまで持っていく感じ(笑)。通算510本塁打した俺も、この仲間に入るんだろう。もちろん、それぞれにホームランを打つことへのこだわりは持っていたと思うけどね。

 この“作られたホームランバッター”に共通するのは、全打席でホームランを狙っていただろうということ。王さんは現役時代に「ヒットの延長がホームラン」と言っていたけど、これは王 貞治という人格から出た言葉。国民栄誉賞を与えられるだけの人が「俺はホームランしか狙っていない」なんて言えないでしょう。

 本当に狙っていないのなら、野手が全員右へ寄ってしまう『王シフト』を敷かれながら、「その上を越えてしまえば関係ない」なんてライトスタンドへ打ち込まないもの。ヒットを狙って左方向へコツンと打てばいい。そうすれば、イチロー(オリックス-シアトル・マリナーズなど)より先に「打率4割か」と騒がれたはずだよ。実際、王さんと話した時、それは認めていたしね。

 野村克也さん(南海-ロッテ-西武)だって、門田博光さん(南海-オリックス-福岡ダイエー)だって、みんな同じ。ホームランを狙い、その打ち損ねがヒットという考え方だったと思う。唯一の例外は、張本 勲さん(東映・日拓・日本ハム-巨人-ロッテ)。張本さんは、ヒットの延長で504本ものホームランを積み重ねた。なぜなら、一塁に走者がいて打席に入った時、その走者が動くことを凄く嫌っていた。一塁走者がいれば相手の一塁手はベースにつくから、一、二塁間のヒットゾーンは広くなるでしょう。そこを狙っていたんだね。

ホームランバッターの共通項は「狙って打つ」

 少し話が逸れたけど、歴代のホームランバッターには「狙って打った」という共通項がある。俺もそうだった。ただし、俺の場合は打ちたい方向へ左肩を向け、打ち出す方向と左肩を結ぶラインを平行にしてスイングするでしょう。これが理に適ったスイングなんだ。それを投手との対戦に置き換える。

 打席に入ると、当然ボールは投手の方向から来る。両肩は投球の軌道に対して平行になっているよね。ならば、理に適ったスイングで打ち返したら、打球はどこへ飛ぶ?

 両肩と平行な線の延長上、つまりセンターだ。これが、センター返しが基本だという理由だろう。俺自身も、この考えに則ってセンターへ打ち返すことを心がけた。打球の強さや角度も加えれば、バックスクリーンに一直線の打球が一番いい。だから、全打席でバックスクリーンだけを狙う。俺の打撃の基本はここなんだ。

 ホームランを打ちたいんじゃなく、バックスクリーン直撃の打球が一番いいから、それを打とうとする。これは現役20年間、一度も変わらなかった考え方だよ。

 ホームランへのこだわりはない。だから、「何本くらい打ちたい」という目標もなかった。長打力のある打者なら、ケガや大きなスランプなくシーズンを過ごせば、だいたいこれくらいは打てるだろうと目安にしていたのは30本かな。今だから言えるけど、2年連続で記録した50本塁打だって、あくまで結果に過ぎないんだ。

(写真=K.D. Archive)