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大阪ガスがアグレッシブな戦いで悲願の初優勝を飾る――第89回都市対抗野球大会

横尾弘一野球ジャーナリスト
第89回都市対抗野球大会で初優勝した大阪ガス。青柳匠主将が黒獅子旗を掲げる。

 9回表が二死になった時、東京ドームのモニターに映った橋口博一監督の表情は一瞬、歪んだ。その経験をした者にしかわからない、優勝を確信した瞬間だったのだろう。ほどなく、緒方 悠が最後の打者を三振に斬って取り、マウンドには歓喜の輪ができた。第89回都市対抗野球大会は、大阪市代表の大阪ガスが2-0で神戸市・高砂市代表の三菱重工神戸・高砂を下し、初優勝を飾った。

 優勝直後のインタビューで橋口監督が「お待たせしました」と口にしたように、大阪ガスは決勝の壁に跳ね返されてきた。都市対抗は2000年と2015年、日本選手権は1991、2003、2004年と準優勝。いつしか「シルバー・コレクター」という有り難くないニックネームでも呼ばれていた。

 全国の舞台で準優勝した選手は、必ず「何が足りなかったのでしょう」と聞いてくる。

「その気になれたかどうかじゃない」

 決まってそう答える。選手は拍子抜けしたような表情を見せるが、今回も勝敗を分けたのは、その僅かな差だと感じている。

 一回戦でHonda、二回戦でトヨタ自動車や東芝が敗れ、優勝候補が次々と消えた大会。連覇を狙うNTT東日本を倒した大阪ガスと、絶対的な投手力で勝ち上がった三菱重工神戸・高砂の対戦は、三菱重工神戸・高砂が優位という見方が多かった。

通算3勝7敗の天敵を攻略した価値ある日本一

 準決勝で勝利を収めた直後の富 光男監督が「決勝は予告先発みたいなものでしょう」と言ったように、三菱重工神戸・高砂が擁する絶対的エースの守安玲緒は、入社した2010年から都市対抗近畿二次予選の大阪ガスとの対戦にはすべて先発している。

 しかも、2013年までは守安が1完封、3完投で4戦4勝。その後は3勝3敗と大阪ガスも盛り返しているのだが、昨年の第五代表決定戦では2-3で惜敗し、予選敗退を喫した天敵である。

 だが、準決勝を終えた大阪ガスの青柳 匠主将は「明日は絶対に勝つ。何が何でも勝ちます」と、「守安対策は?」と聞かせないほどの勢いでまくし立てた。対する三菱重工神戸・高砂の選手は「失点したのは一回戦の1回だけ。決勝でも、投手陣におんぶに抱っこでは勝てません。打線が奮起しなければ」と冷静に語った。

 社会人選手は、誰もが日本一を目指してプレーしている。だが、そのシーズンの戦いを重ねていくうち、心の中ではチーム力を冷静に受け止め、「今年はベスト8くらいの力かな」と思っていたりする。日本一に「なりたい」とは思っても、「なれる」と確信するのは容易ではない。

 実際、今春に就任した橋口監督が「都市対抗を連覇できるチームを作ろう」と選手に呼びかけた時、青柳は「優勝したこともないのに何を言っているのか」と感じたという。だが、橋口監督が求めた積極性が進化していくのを肌で感じた選手たちは、次第に“その気”になっていく。

 例えば、走塁では「アウトになってもいいから走ろう」というシンプルな積極性が、セーフになれるタイミングを見極めて走る――そんな根拠のある積極性へと進化した。それが、大会新記録のチーム13盗塁という武器になった。

 そして、“その気”になれたかどうかの僅かな差が、8回の攻防に表れた。ともに先頭打者が安打を放ち、一死二塁の形を作ったが、大阪ガスは先発の温水賀一から緒方にリレーして切り抜け、その裏の攻撃では峰下智弘が中前に先制タイムリーを放つ。通算3勝7敗の天敵・守安を攻略し、シルバー・コレクターは決勝6回進出の強豪へと脱皮した。

 現役引退後も、マネージャーや副部長としてチームを見守ってきた橋口監督の手腕は見事だったし、橋戸賞と首位打者賞に輝いた近本光司をはじめ、選手たちのパフォーマンスも光った。ただ、大切なのはこれからだ。

 優勝チームは来夏の大会が終わるまで、左袖に黒獅子のエンブレムをつける。他チームの選手たちから羨望の視線を向けられるとともに、ファンや関係者はグラウンドでの立ち居振る舞いを注視し、日本一に相応しいチームか否かを感じ取る。そうして全国のチームから追われる立場で戦い、橋口監督が目指す都市対抗連覇を達成できるか。まずは、日本選手権でのさらなる進化に期待したい。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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