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2018年上半期で最も注目すべきラーメン店が横浜にオープン

山路力也フードジャーナリスト
話題の新店「Ramen Free Birds」(本郷台)の「醤油ラーメン」。

アメリカンガレージのようなラーメン店?

古い一軒家を改装した店舗はアメリカの古い倉庫のような佇まい。
古い一軒家を改装した店舗はアメリカの古い倉庫のような佇まい。

 根岸線「本郷台」駅から歩いて10分ほど。大通りから一本入った閑静な住宅街の一角に、6月20日一軒の店がオープンした。古民家然とした佇まいの一軒家は、いい感じで錆びていて洒落た風情がある。その壁面に大きく書かれている「FREE BIRDS」の文字。これだけでは何屋なのかまったく見当がつかない。

 店の前に立つと雑貨店のような、あるいはカフェのようなイメージが伝わってくる。エイジングのかかったプレートには「RAMEN」の文字が。店名は「Ramen Free Birds」。そう、ここは歴としたラーメン専門店。次々と新しい店がオープンしては消えていく、移り変わりの激しいラーメン業界において、今俄然注目を集めている新店なのだ。

いたるところにグッズが散りばめられ、遊び心があふれている店内。
いたるところにグッズが散りばめられ、遊び心があふれている店内。

 その店内に一歩入れば、そこには外観以上にラーメン店らしからぬ空間が広がっている。数々のグッズやオモチャがところ狭しと飾られ、壁にはギターまでかけられている。ステンシルで染め抜かれた横文字が書かれた麺箱や券売機。奥にはゆったりとしたソファがあるが、そこにテーブルはない。もちろんカウンターやテーブル席はあるし、厨房をみればラーメン店だと分かる。しかし、その空気感はラーメン店というよりもお洒落なカフェのようだ。なぜラーメン店がこのような空間になったのだろうか。

人気店の味を支えた実力派職人が独立

ラーメン店とは思えない作りの空間は、宮本さん自身が好きなもので埋め尽くされている。
ラーメン店とは思えない作りの空間は、宮本さん自身が好きなもので埋め尽くされている。

 「子供の頃からアメリカが好きで、アメリカンなガレージ風でボロボロの倉庫ようなイメージで、ただ自分がいたいと思える空間を作りました。ソファなども無駄なのですが、どうしても置きたかったんです(笑)」と語るのは店主の宮本智さん。プロレス好きでもある宮本さんは、大好きなアメリカのプロレスタッグチーム「The Fabulous Freebirds」から店名を拝借した。

 宮本さんはラーメン業界では知らない人のいない人気ラーメン店で20年以上にわたり味を守り続けてきた。そんな宮本さんの独立は業界にも驚きを与えた。ラーメン店で修行して独立するまでの期間は人によってまちまちだが、20年以上経っての独立は稀有なケースだ。なぜ宮本さんは長年勤めていた店から独立しようと思ったのだろうか。

店主の宮本智さんは、人気ラーメン店で20年以上腕をふるったあと、満を持して独立を果たした。
店主の宮本智さんは、人気ラーメン店で20年以上腕をふるったあと、満を持して独立を果たした。

 「自分がお世話になっていたお店は、歴史の長いお店ですしブランドもしっかり確立されています。そのお店の味を守り続けることも大事ですが、もっと気軽にラーメンを作ってみたくなったというのでしょうか、自分の味を出してみたいという思いが強くなったのです。自分の好きな空間で自分の好きな味のラーメンを出して、そのラーメンを気に入った方が来てくれる。そんなお店をやってみたいと思い独立を決意しました」(宮本さん)

優しくじわじわと旨味が強くなる醤油ラーメン

渾身の一杯「醤油ラーメン」。名古屋コーチンなど数種類の鶏の旨味が広がる。
渾身の一杯「醤油ラーメン」。名古屋コーチンなど数種類の鶏の旨味が広がる。

 果たしてベテランラーメン職人が20年以上かかって辿り着いた味はどのようなものか。スープはしっかりと醤油の色が感じられる清湯(ちんたん)スープ。鶏は「名古屋コーチン」をはじめ、佐賀の銘柄鶏である「みつせ鶏」や鳥取の「大山鶏」などを使い、北海道の羅臼昆布や佐賀の白カタクチイワシ、サバ節やムロ節などの魚介系素材も合わせた。醤油は埼玉県産の生醤油や再仕込み醤油など4種類をブレンド。麺は三河屋製麺による国産小麦麺を使っている。

 最近のトレンドである鶏のパンチが効いた醤油ラーメンとは異なり、最初のうちはややインパクトに欠けるように感じるが、少しずつ旨味の層が折り重なって味に強さが出てくる。そこにしっかりと茹でられたしなやかな細麺が泳ぐ。こちらも昨今の風潮である固ゆでとは異なるものだが、本来麺はしっかり茹でてこそ美味しさが発揮されるもの。スープにも麺にも宮本さんの思いがしっかりと落とし込まれた「作り手の顔が見えるラーメン」になっている。

 「重厚ではなくライトな感覚でありながら、食材の旨味を感じられる味に仕上げました」と語る宮本さん。宮本さんのラーメンには流行に流されることなく、己の味を貫こうという矜持が感じられるのだ。

流行にとらわれず己の味を追い求める

二枚看板の「塩ラーメン」も天然塩を使った滋味あふれる味わい。
二枚看板の「塩ラーメン」も天然塩を使った滋味あふれる味わい。

 今流行のラーメンとも、修行先のラーメンとも異なる宮本さんらしいラーメン。しかし、その根幹にはやはり修行先への思いが込められているように感じられる。それは素材の味を十二分に引き出し、食材の選び方からスープの作り方、麺の茹で方にいたるまで、すべてに手抜きがないという姿勢からくるのかもしれない。

 「僕のラーメン屋としての基礎はすべて修業先の師匠から教わりました。食材の下処理から食材の選び方、管理の仕方、食材の使い方、組み合わせ方、僕のラーメン作りはすべて師匠が基礎になっていて、それが身体にしみついています」(宮本さん)

 師匠の思いを胸に抱き、己の新たな味を追い求める。ベテランラーメン職人の新たな挑戦を心から応援したい。そして、何よりも誠実で美味しいラーメンを提供する店がまた一軒増えたことが、ラーメン好きとして素直に嬉しいと思う。

Ramen Free Birds:神奈川県横浜市栄区桂町181-12】

※写真は筆者の撮影によるものです。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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