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背脂と煮干の邂逅から産まれる恍惚と背徳の狭間

山路力也フードジャーナリスト
背脂と煮干は何故巡り逢ってしまったのか。

「背脂×煮干」最強のハイブリッドラーメン

 ラーメンの世界では常にトレンドやブームがある。かつての「札幌味噌ラーメン」や「豚骨ラーメン」「背脂チャッチャ系」などに始まり、「鶏白湯」「つけ麺」「まぜそば」「横浜家系」などの大きなブームから、「牛骨」「鯛出汁」「淡麗清湯」などのトレンドまで、その時代に必ず話題になったり流行っているラーメンがあり、それが続けばいつしか一つのジャンルとして確立されていく。

 ここ最近、都内でにわかに注目を集めているラーメンが「背脂煮干ラーメン」である。背脂がスープの表面に浮いた「背脂ラーメン」や、煮干しの出汁をしっかりと効かせた「煮干ラーメン」はどちらも一大ブームを巻き起こし、多くの店が登場して一つのジャンルとして確立した。そんな人気の背脂と煮干が合体した最強のハイブリッドラーメンが「背脂煮干ラーメン」だ。

 「ホープ軒」「らーめん香月」などで一世を風靡した背脂ラーメンと、古くは「春木屋」「永福町大勝軒」など、煮干しを旨味の中心に据えた老舗から脈々と進化を続けている煮干ラーメン。どちらもラーメン界では欠かすことの出来ないジャンルになっているラーメンだが、そんな背脂ラーメンと煮干ラーメンが融合したものが「背脂煮干ラーメン」。もうこの「背脂煮干」というネーミングだけで、他のラーメンの追随を許さない破壊力を持っているではないか。食べる前から旨そうではないか。

新潟燕で長年愛されるご当地ラーメン

 都内では最近増えている背脂煮干ラーメンだが、その源流は新潟燕市にある「燕背脂ラーメン」「燕三条ラーメン」とも呼ばれるご当地ラーメンにある。新潟には新潟市の濃厚味噌ラーメンや、三条市のカレーラーメン、長岡市の生姜醤油ラーメンなど多くの個性的なご当地ラーメンがあるが、燕市や三条市にある背脂煮干ラーメンも新潟で長年愛されているご当地ラーメンだ。

燕背脂ラーメンの嚆矢「杭州飯店」。80年以上の歴史を持つ老舗は今も行列が出来る。
燕背脂ラーメンの嚆矢「杭州飯店」。80年以上の歴史を持つ老舗は今も行列が出来る。

 燕市にある「杭州飯店」は創業80有余年という歴史ある老舗。燕背脂ラーメンは杭州飯店の創業者である故徐昌星さんが考案したとされている。そのラーメンの特徴は、煮干し出汁の効いたスープの上に背脂が浮き、麺はうどんのような極太麺という組み合わせ。そこに刻んだタマネギが乗るのが徐さんの考案したラーメンであり、燕背脂ラーメンの基本的な形だ。しかし元々徐さんが作っていたラーメンは、スープに背脂は浮いておらず麺も細麺だったという。

杭州飯店の「中華そば」。燕背脂ラーメンを代表する風格のある一杯だ。
杭州飯店の「中華そば」。燕背脂ラーメンを代表する風格のある一杯だ。

 それがいつからか背脂が浮き、麺が太くなっていった徐さんのラーメン。戦前より背脂を浮かべていたという説もあるが、有力なのは戦後の高度成長期に広まったという説。燕市は古くから金属加工の町として知られ町工場が多く、戦後の高度成長期に工場の稼働も多くなった。そんな工場で働く肉体労働の職人さんたちのニーズに応えて味が濃くなり、出前も多かったことから背脂でスープを冷めにくく、太麺で伸びにくくしたというのだ。いずれにせよ70年以上ものあいだ、背脂煮干ラーメンは新潟燕で愛され続けているのは間違いない。

都内に続々登場している実力派背脂煮干

「麺工豊潤亭」(武蔵小金井)は燕三条の人気店「酒麺亭潤」による新業態。
「麺工豊潤亭」(武蔵小金井)は燕三条の人気店「酒麺亭潤」による新業態。

 新潟では長い歴史を持つ背脂煮干ラーメンを出す店が、今都内続々オープンして人気を集めている。その嚆矢的存在は燕三条を拠点に都内や海外にまで多数店舗を展開する人気店「酒麺亭潤」だろう。「らーめん潤」の屋号で蒲田や亀戸などに出店していた潤が、2016年11月に立ち上げたのが武蔵小金井の「麺工豊潤亭」である。

 パンチのある煮干スープに甘味のある良質な背脂がビッシリと浮く。燕三条同様、「鬼脂」「大脂」「中脂」など脂の量を好みで選ぶことが出来る。そして何よりこの店で特筆すべきは加水率55%という超多加水の自家製太麺。しっかりと時間をかけて羽釜で茹で上げられた麺は、柔らかいのにコシがある。しっかり茹でた火が通ってコシがある麺と、早めに上げた食感が硬い麺とは違うのだということを明確に主張した麺の存在感が物凄い。甘い背脂を身にまとった麺を啜りながら、深みのある煮干スープを飲み干す至福の時。燕背脂ラーメンの正統進化系と呼ぶべき一杯だ。

話題の新店「吟醸煮干 灯花紅猿」(四谷三丁目)は燕背脂をモチーフにした背脂煮干。
話題の新店「吟醸煮干 灯花紅猿」(四谷三丁目)は燕背脂をモチーフにした背脂煮干。

 2017年6月、四谷三丁目にオープンした「吟醸煮干 灯花紅猿」は、人気店「灯花」が手掛ける新業態店。鯛出汁、京都醤油など店ごとに様々なラーメンを提供して人気を集めている灯花が、次に取り組んだのが背脂煮干ラーメンだった。燕三条系と対外的に謳ってはいないが、そのラーメンの構成やビジュアルから考えても燕背脂ラーメンを意識しているのだろう。

 煮干がガツンと効いたスープは、煮干を一杯あたり100gは使用しているという煮干100%のスープ。煮干を大量に使っていながら煮干ラーメンにありがちな嫌なエグみがなく、背脂の量や塩度も含めて飲み干せるバランスにしている。一杯ごとにやっとこ(小鍋)で温めることで熱々にして提供するなど、東京で出すということを意識したローカライズが上手に出来ているラーメンだ。

期間限定店「新潟ラーメン」(池袋)の「濃厚背脂煮干」はドロッとしたスープが特徴。
期間限定店「新潟ラーメン」(池袋)の「濃厚背脂煮干」はドロッとしたスープが特徴。

 2017年3月より期間限定店として池袋で出店中なのが「新潟ラーメン」。こちらは高田馬場の人気店「渡なべ」が手掛ける新潟ご当地ラーメン専門店。看板メニューは新潟の濃厚味噌と燕の背脂の二枚看板。その両方のラーメンの特徴を合わせたと思われるのが「濃厚背脂煮干」である。

 驚くほどに濃度と粘度が高い超濃厚煮干スープは、麺を引き上げればスープが減っていくほど。スープを啜るというよりも麺と一緒に絡めて食べるような感覚に陥る。燕の背脂煮干ラーメンに力強くブーストをかけたような一杯は、ともすればしつこさが出てしまいがちだが、最後まで飽きずに食べ切らせるバランスは、いち早く濃厚豚骨魚介ラーメンに取り組み十年以上作り続けてきた、渡なべならではのアドバンテージだろう。

人間は脂があって塩分が強いラーメンを求めている

 ラーメンの世界は日々進化しており、昨今は淡麗系とも言われるスッキリとしたラーメンも人気が高い。また最近の健康志向の高まりによって、ラーメンの世界でも「低糖質」や「カロリーオフ」などを意識したメニューが登場している。しかし語弊を恐れず言うならば、ラーメンという食べ物は元来、油も浮いて塩っぱいような「下品」な食べ物であったはずで、人が無性にラーメンを欲する時にはある種の下品さを本能的に求めている部分があるのではないかと思うのだ。

 煮干がガッツリと効いて塩分が強めのスープに大量の背脂が浮き、食べ応えのある太麺を合わせた背脂煮干ラーメンは、まさにその本能を刺激するラーメンだ。食べ進めるうちに入れ替わり押し寄せる恍惚感と背徳感に逡巡しながら、今日もまたついつい食べ切ってしまい満足感と微かな後悔を覚える。背脂煮干ラーメンは、私たちが本能的に求めるラーメン欲を存分に満たす無敵のラーメンなのだ。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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