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「働きがいのある会社ランキング」常連企業によるES向上の手引き、そのポイントとは

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
株式会社ディスコ 品質保証部 松村真吾さん、丸山夏希さん

「働きがいのある会社ランキング」(Great Place to Work(R) Institute Japan 発表)で11年連続して上位に位置づけられるなど、ES(従業員満足)に定評のある株式会社ディスコが、「従業員満足規格」(※)を開発しました。

(※正式名称は「JSA-S 1001:2019 ヒューマンリソース マネジメント-従業員満足-組織における行動規範のための指針」)

『JSA-S 1001:2019 ヒューマンリソース マネジメント-従業員満足-組織における行動規範のための指針』表紙
『JSA-S 1001:2019 ヒューマンリソース マネジメント-従業員満足-組織における行動規範のための指針』表紙

規格とは、製品やサービス、マネジメントシステムなどに関して、その形状や品質、プロセスなどに関する取り決めを文書化したもの。企業内で使用される社内規格のほか、会社を超えて共通のルールを取り決める国家規格や国際規格などがあります。JIS(日本工業規格)やJAS(日本農林規格)、ISO(国際標準化機構)といった名前を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。

「従業員満足規格」は社内規格ではなく、どのような組織でもこれを参照して利用することができる「日本規格協会規格(JSA-S)」として発行されました。

製造業の同社がなぜこのような規格を開発したのか、彼らが考えるES向上のポイントとは何か、規格開発のプロジェクトリーダーを務めた松村真吾さん(品質保証部 システムグループ サブリーダー)、事務局の丸山夏希さん(品質保証部 システムグループ)に聞きました。

■きっかけは仕入先の品質トラブル

ディスコが「従業員満足規格」の開発に動き出したきっかけは、顧客に納入した製品に不具合が出たことでした。原因は他社から仕入れている部品の品質にあり、さらに原因を探ると、部品を作る担当者の退職に伴う引き継ぎが不十分だったためだということが判明しました。

このようなとき、仕入先に対してクレームをつけるだけで終わる会社がほとんどかもしれません。もう少し丁寧にやるなら、「品質をきちんと管理してください」、「引き継ぎ内容を文書化してください」といった申し入れを行ったり、そのための具体策の提示を求めたりするでしょう。

ディスコがユニークなのは、ここで「なぜ社員が辞めたのか?」に注目した点です。トラブルの元となった仕入先の離職率の高さに注目し、ESの低さが問題を引き起こしたのではないかと考えたのです。

きっかけはひとつの仕入先の品質問題でしたが、同社では以前からESと品質の関係性を認識していました。

「私たち品質保証部は、『トラブル・コミッティ』という会議を毎月開催しています。社長がチェアマンで、技術、営業、製造など関連部署から総勢30〜40人が集まり、発生したトラブルについて話し合うのです。

そこでの議論から、私たちが起こしたトラブルでもサプライヤー様におけるトラブルでも、人と人の関係性やコミュニケーションに起因するものがかなり多いことがわかっています。

特に社長の関家は、品質管理の仕組みやシステムをいくら整備しても、実際に業務に当たる人のモチベーションが低ければ品質は上がらないと、常々言っています。職場における人間関係をもっと重視すべきだ。それが品質事故の減少につながっていくだろう、というような話は、ずっと前からしていました」(松村さん)

■社外の識者との委員会で検討を重ね他社でも使える汎用的な規格に

ES向上のための考え方を「規格」という形に落とし込み、他社にも活用してもらおうというのは関家一馬社長のアイデアで、当初はISOの規格にしようと考えていたそうです。

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長年「ISO9001」(品質マネジメントシステムの国際規格)をベースに社内監査や教育を担当してきた松村さんは、これを聞いて驚きました。ISOの規格の開発や改定には100以上の国のコンセンサスを取る必要があり、その手続に膨大な時間と手間がかかります。一企業の提案で動き出すのは非現実的だと感じたのでした。

しかし「やってみること」を大切にするディスコの一員として、ISOやJIS等の規格を発行している日本規格協会に相談に行ったところ、JSA-Sの規格として開発するという案が浮上したのでした。

JSA-Sは2017年に創設された新しい規格制度で、企業や団体などの提案をもとに開発する民間ベースの規格です。法律に基づく規格であるJISなどと比較して柔軟かつスピーディに開発が行えるという利点があります。今回の従業員満足規格も、ディスコが提案を行い、外部の識者を招いての委員会での検討を経て発行に至るまでにかかったのは1年弱でした。

「外部のさまざまな方に集まっていただき、会議での検討を重ねて形にしていきました。ディスコの中でしかニュアンスが通じない言葉を指摘していただくなど、自分たちでは気づかない点がたくさんありました。私達はあくまで提案者の立場で、委員会の皆さんと一緒に作ったものだと考えています」と松村さん。ISOほどの権威はなくとも、当初の狙い通り、ディスコ以外の会社でも活用できる汎用的な基準ができたのです。

■ディスコの長年の取り組みから見出された「従業員満足の基本6要素」

「従業員満足規格」の定義によれば、ESは働きがい(働くことへの誇りおよびやりがい)、働きやすさ(安心して働き続けられる状況)、健康の3つがバランス良く実現したときに高まるものです。また、ESの向上は企業収益の向上につながり、それがさらにES向上の取組みを可能にするという循環が生み出されます。

従業員満足と企業収益との関係(出典:『JSA-S 1001:2019 ヒューマンリソース マネジメント-従業員満足-組織における行動規範のための指針』)
従業員満足と企業収益との関係(出典:『JSA-S 1001:2019 ヒューマンリソース マネジメント-従業員満足-組織における行動規範のための指針』)

ここまでは、比較的一般的なESの考え方です。この規格の独自な点は、従業員の働きがい、働きやすさ、健康を重視することをESO(Employee Satisfaction Oriented:従業員満足志向)と称し、ESOの基本要素として以下の6つを挙げたところです。

<ESOの6つの基本要素>

--「働きがい」につながる要素

・組織及びリーダーの考えに共感していること

・自分のやりたい仕事がやれていること

・自分の成長及び貢献が認められていること

--「働きやすさ」につながる要素

・良好な人間関係が築けていること

・仕事と生活が両立していること

--「健康」につながる要素

・心身ともに健やかで生き生きとしていること

6つの基本要素を規格に入れた理由を、松村さんはこのように説明します。

「ISO9001など、マネジメントシステムの規格はPDCAがベースとなっています。例えば不良率が高いということであれば、その原因を分析し、改善を繰り返すことで問題を解消していけますよね。

従業員満足規格も、基本的にはPDCAでESを高めていくという枠組みになっています。ただ、人の心を扱うことですから、単に目標を設定して実行していきましょう、という機械的なやり方では、かえって不満足に陥ってしまう可能性があります。そこを補完するという意味で、基本要素を6つ記載しました。弊社がこれまで行ってきたさまざまな仕組み、取り組み、制度を洗い出し、整理して概念化したのです」

■6つの基本要素をバランスよく高めることがESにつながる

上に挙げたESOの6つの基本要素を見ると、自身の職場や自分自身について「これはできているけれど、こっちはできていないな」と感じる部分があるでしょう。そんなときは、まずはできていないところをケアし、6つをバランスよく高めていくべし、というのが松村さんらの考え方です。

これらの要素のひとつも欠けることなく、働きがい、働きやすさ、健康をバランスよく高めていくことが大事だと考えています。たとえば、働きがいが高くてもワークライフバランスや健康が実現していなければ燃え尽きてしまったりして長続きしません。逆に健康やワークライフバランスが良くても、自分の好きな仕事ができていないとか会社の考え方に共感していないという状態であれば、不満足につながります」(松村さん)

ディスコ自体、2003年から毎年1回、300近い項目からなる社員アンケートで自社のESの状況を定点観測し、その時々の問題点を見つけては対応をとってきました。6つの基本要素の抽出は規格開発の中でも最も苦労した点だそうですが、ここにディスコのこれまでの知見が凝縮されているとも言えるでしょう。

■「やりたい仕事がやれている」を実現する「個人別管理会計」

規格の本編に書かれているのは基本的な考え方と、ES向上のためにPDCAをまわしていく手順のみですが、後半の「解説」部分にはそのヒントとなる具体的な施策の事例も挙げられています。

その中に「自分のやりたい仕事がやれていること」を実現するツールとして「個人別管理会計」が出てくるのも、ディスコらしさが現れた部分でしょう。

「個人別管理会計」とは、以下の記事で紹介した「個人Will」の仕組みです。

同社では、すべての仕事と、仕事に使うリソースに「Will」という社内通貨で値付けがされ、それに基づいて社員が自由に仕事を選んだり、ほかの社員に委託したりする社内市場が成り立っています。

誰もが「やりたい仕事」をできればハッピーに違いありませんが、事業を成立させていくためには、誰もやりたくない仕事も誰かがやらなければいけません。そういう仕事にESを下げずに取り組んでもらうにはどうしたら良いかが、多くの会社の課題でしょう。「個人Will」は、この課題をうまく乗り越えるのによく機能しているのだといいます。

「私たちの会社では、誰も手を挙げない仕事はどんどんWill価格が上がっていきます。すると『その価格ならやりたい』と思う人が出てきて、納得してその仕事をすることになるんです。

Willがなくても、誰もやりたがらないような大変な仕事に対して相応の評価がきちんとされるのであれば、やりがいをもってできるのだと思います。でも、仕組みがない状態で上司が評価するとなると、どうしても偏りが生じますし、大きな会社ではそこまで目を行き届かせるのも難しいですよね。個人Willはうまく適正配分するためのツールとしても機能していると思います」(松村さん)

■会社だけでなく社員の意識もESを高めるカギになる

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従業員満足規格は2019年3月に発行したばかりで、他社での活用はこれからという段階です。規格の活用方法に関して、丸山さんは「ESのための制度や仕組みをつくって終わりではなく、ここに挙がっているESOの基本要素を日常の中に取り入れてほしい」と語ります。

また、松村さんによれば「ESを向上するには、会社だけでなく社員の意識も重要」です。「従業員満足」という言葉からは、「会社が社員を満足させる」という関係性をイメージしがちですが、品質トラブルの根底に人間関係の問題を見出したというエピソードからもわかるように、ESは社員同士の人間関係に負うところが大きいのです。

お話を聞いて、個人としては、一緒に働く仲間の働きがい、働きやすさ、健康を気遣うこと、会社としてはそのような気遣いができる環境づくりに注力することが大事なのではないか、と感じました。

(写真はすべて筆者撮影)

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』(http://mydeskteam.com/ )を運営中。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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