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「子連れ出勤」は仕事と子育ての両立の切り札か〜「保育園休み」でラジオアナウンサーも〜

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
(ペイレスイメージズ/アフロ)

「豪雨の影響で保育園が休園になった」

そんな理由で、アナウンサーが1歳の子供を伴ってラジオに出演したことが話題になりました。ネット上では、やむを得ない状況の中で「子連れ出勤」を快く受け入れた番組関係者の姿勢に好感を抱く声が多く挙がりました。

一方で昨年11月には、熊本市議会の緒方夕佳議員が生後7ヶ月の子供を抱いて議会に出席しようとして制止され、厳重注意を受けたというニュースもありました。こちらは賛否両論あり、否定的な声もかなり見られました。

「子連れ出勤」にOK、NGという基準はあるのでしょうか。そして、「子連れ出勤」はアナウンサーのような「決まった時間に現場にいなければいけない仕事」をするワーキングマザー・ファザーたちの切り札になり得るものなのでしょうか。

「ラジオに子連れで出演」の経緯

子連れでのラジオ出演が話題になったのは、近畿圏で放送されているABC放送『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』の金曜日パートナーを務める喜多ゆかりアナウンサーです。

番組は7月6日の朝9時からの生放送。その日は大雨の影響で、運休する交通機関が多数出ていました。喜多アナが子供を預ける保育園では、当日の朝7時の時点で「出勤できない保育士がいるため休園」の旨を発表。喜多アナの実母が埼玉から駆けつけようにも、やはり交通機関の乱れで間に合わない。夫も会議で休めないということから、急遽、喜多アナが子供を連れて仕事に行ったそうです。

子供は収録スタジオの外にいさせるつもりだったようですが、番組のメインパーソナリティである三代澤康司アナが「一緒にやろう」と声をかけ、子供も一緒にスタジオに入ることになったそうです。

筆者も後から「radiko.jp」で番組の最初の方を聴いてみたのですが、冒頭で三代澤アナが大雨やそれに伴う交通機関の運休の情報などを伝えている間も、ときおり赤ちゃんの声が聴こえてきました。

視聴者の方の以下のつぶやきの通り、なんとも可愛らしい声です。

番組が始まって5分ほど経ったとき、声の主が喜多アナの子供であることが明かされ、喜多アナはその朝の慌てぶりや、子供を連れてスタジオに入った時の様子を振り返ります。腰を低くして事情説明をするつもりで行ったところ、三代澤アナが驚くでもなく、理由を尋ねるでもなく、いきなり「あら、きたの〜?」と子供に話しかけ、受け入れてくれたそう。それが喜多アナにはとても心強かったようです。

途中からは、同僚のヒロド歩美アナが駆けつけ、ベビーシッターを買って出るという一幕も。関係者の協力的な姿勢が伝わる、明るく楽しい雰囲気に溢れた放送でした。

「現場に行かなければできない仕事」をする人の子連れ出勤事例

小さな子供がいると、急なトラブルでいつもどおり出勤するのが難しい、ということがしょっちゅうあるものです。そこで、在宅勤務制度やフレックスタイム制度などを導入し、子育てとの両立支援を行う企業が増えてきました。

しかし、アナウンサーを始め、決まった時間に現場に行くことが必要な仕事では、そういった制度は助けになりません。そのような場合、いざというときに子連れで仕事に行ければ、とても助かるでしょう。

実際、子連れ出勤で現場の仕事をしている人たちは以前から存在しています。

子連れのアパレル店員、美容師

子連れ出勤の可能性を世に発信する立役者に、授乳服メーカーのモーハウスの社長、光畑由佳さんがいます。創業当初から子育て中の女性たちが子連れで商品づくりに携わり、2005年に東京・青山に店舗をオープンすると、店員にも子連れ出勤を認め、子供をおんぶしたり抱っこしたり、あるいはベビーベッドに寝かせたりしながら接客するスタイルを確立しました。

子連れ出勤経験者の体験談(モーハウス ウェブサイト)

最近では、子供をおんぶしながら髪を切る美容師さんもいるようです。他にも、個人で経営するお店では、働くお父さんやお母さんの周りに子供がいる、という光景はよくあります。扱う商品や作業内容にもよりますが、子連れで接客というのは、意外とアリなのかもしれません。

子連れで議会出席

熊本市議会では事前の許可なく子連れで議会に出ようとしたことが問題になったのですが、諸外国にも子連れでの議会出席の事例があります。

熊本市議会で赤ちゃん連れ議員の出席認められず...でも、世界にはこんなにいます

海外であっても議場に子供を連れて行くことは、やはり論争を引き起こしているようです。

しかし、信念を持ってその行動を続けているイタリアのリチア・ロンズーリ欧州議会議員や、議員らの長年の働きかけにより議会がルールを変えて子連れでの参加を認めたオーストラリア連邦議会など、注目すべき例があります。

子連れで朝ドラ撮影

10月開始予定のNHK朝の連続テレビ小説「まんぷく」のヒロイン役を務める安藤サクラさんは、昨年6月に第一子を出産しています。役のオファーを受けたときは「無理だ」と断るつもりでいたところ、家族の励ましとNHKのスタッフによるサポートの申し出を受け、出演を決心したそうです。

撮影が行われるNHK大阪では、これを機に局内にキッズスペースを設けました。これは、安藤さんのほか、出演者やスタッフ、職員も利用できるものです。

安藤サクラさん、涙の会見 朝ドラオファー「悔しくて」:朝日新聞デジタル

NHK:大阪放送局にキッズスペース “ママさんヒロイン”安藤サクラの撮入と共に - 毎日新聞

世間を二分した「アグネス論争」から30年。当時の批判は今でも通用するか

「子連れ出勤」という言葉が生まれたのは、おそらく1987年に歌手・タレントのアグネス・チャンさんがテレビの収録スタジオに子連れで行ったことがきっかけで「アグネス論争」に発展したときでしょう。

彼女の行動は、出身地である香港の芸能界では珍しくなかったようですが、日本では驚きをもって受け止められました。また、作家の林真理子さん、コラムニストの中野翠さん、女優の淡谷のり子さんなど、女性有名人たちによる批判が相次いだことで、世間の注目度が高まったようです。

批判の内容は、以下のようなものでした。

・芸人は夢を売る商売なのに生活感を見せるべきではない

・大人の場所に子供を連れてくるべきではない

・子供への気遣いを強いられるのは迷惑(と、周りが感じていることに気づいていない)

・仕事の場に子供を連れて行くのは仕事軽視、甘えである

これらの意見の中には、「30年前だから」と思わされる点もあります。

30年で変化した芸能人の立ち位置

「芸人は夢を売る商売なのに〜」という意見は、当時は確かにそうだったのでしょう。でも、今はむしろ身近さで人気を博す芸能人が多く、だいぶ状況が変わってきています。

そしてアグネス・チャンさんこそが、芸能人が「ママタレ」や「イクメン芸能人」として活躍できる場所を切り開いたのかもしれないと気付かされます。

社会的に「子連れ」への許容度が高まっている

「大人の場所に子供を連れてくるべきではない」という意見は、子供の健康や教育への配慮にも取れますが、当時の批判は「大人にとっての迷惑」が主眼でした。「大人が真剣に何かをしていたり、くつろいでいたりする場に子供が入ってきて場を乱されるのは迷惑」、「子供がいたらタバコも吸えない」ということで、もう一つの意見「子供への気遣いを強いられるのは迷惑」と同じことなのです。

今でも飲食店での親子連れの振る舞いなどが度々問題になりますので、この批判は現代にも通じます。

ただ、少子化や「孤育て」(母親が家族や社会の協力を得られずに一人で子育てをしている状況)に対する問題意識も浸透し、当時に比べると「子連れに優しい社会」「子育てに協力する社会」を良しとする意識、子連れへの許容度が高まっていると感じます。

「仕事重視」と「子連れ」が両立するケースも増えている

「仕事の場に子供を連れて行くのは仕事軽視、甘えである」という意見についてはどうでしょうか。

アグネス論争が繰り広げられた1980年代後半、都会で働く人たちにとっては、これはごく当たり前の考え方だったでしょう。

でも、都会で忙しく働く人たちの目に止まりにくい農家や個人商店などでは、「仕事軽視」でも「甘え」でもなく、子供をそばに置いて働くということが、当たり前に行われてきたはずです。

そして、共働きが増え、働き方のスタイルも多様になってきた今、いわゆるホワイトカラーの仕事であっても、「子連れ=仕事軽視、甘え」と言い切ることはできなくなっています。むしろ、「真剣に働きたいという気持ちがあるのに、子供を預ける場所が見つからない」と子連れ出勤をする人たちがいたり、「仕事も子育ても両方大事にしたい」と自宅で子供を見ながら短時間でできる在宅ワークをする、というような人たちもいるのです。

現代における子連れ出勤のOKラインとは

喜多アナが子連れでラジオに出演したり、安藤サクラさんが子連れで撮影に行くと報道されたりしても、アグネス論争のときのような批判が巻き起こらないのは、上に見てきたような時代の変化があるためでしょう。

それでもやはり、仕事の現場に子供を連れて行くことが「常にOK」というわけではありません。以下のような点を踏まえて子連れ出勤の可否を考えるべきでしょう。

・現場の安全性

子供にとって安全な場所かどうか。

これは、子供が歩き回ることができる年齢かどうか、などによっても変わってきます。

いきなり連れて行ったら危険な場所も、事前に了解を取って危険物を手の届かないところに移動させるなど、配慮すれば可能になる場合もあります。

・子供の面倒を見る体制

連れて行った本人が自分で面倒を見られるかどうかは、仕事の内容によります。

喜多アナの例では、アナウンサーとしてベテランで、番組も数ヶ月続けていて慣れているから、子供の状態にも気を配りつつアナウンサーとしての仕事をすることができたのでしょう。

例えば美容師であれば、お店の雰囲気やお客さんとのコンセンサスが取れているかによっても、子供のオムツ替えなどが必要なときにちょっと待っていてもらえるかどうか、などが変わってきます。

いったん仕事モードに入ったら子供に気を配っていられない、という場合は、ベビーシッターも連れて行く、といった準備が必要です。

また、職場とのコンセンサスが取れていて、手が離せないときは同僚が見ていてあげる、といったことで子連れ出勤が可能になるケースもあります。

・仕事へのリスク

モノを汚す・壊す、大声を出すといった子供の行動がトラブルに繋がる可能性がある場には連れて行くべきではないでしょう。

喜多アナウンサーが出演したのが、普段からカジュアルなトークで笑いの多い番組なので問題なかったという面もあります。例えばゲストの話をじっくり聞く場、政治家同士が討論するような場では、子供の声で気勢がそがれてしまうようなことがあるのは、望ましくないでしょう。

前の項で、美容師の例を挙げましたが、提供するサービスのブランドや約束する品質によっても、子連れが許容されるかどうかが変わってきます。

・子供への影響

最初に「現場の安全性」という観点を挙げましたが、仕事の長さや時間帯、少し物事が理解できるようになった年齢であれば子供が見聞きする内容などにも、気を配る必要があります。

また、子供の気質によっても、子連れ出勤させられる子供の側の負担は変わってくるでしょう。ずっと親のそばにいることが嬉しい子もいれば、狭い場所にずっといることが苦痛な子もいます。誰もが同じ条件で同じように子連れ出勤できる、というわけではなく、個別に見極める必要があります。

以上は、筆者が現時点で考える検討の観点です。こういうことは、時代によっても変化しますし、子連れ出勤の実践者やその関係者が増えれば、新たに気づくポイントやコツも出てくるでしょう。それらが共有され、より上手な子育てと仕事の両立の実践例が増えていくことを期待しています。

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』(http://mydeskteam.com/ )を運営中。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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