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【体操世界選手権】「勝ち方が分かった」男子団体 頼れるエースとなった橋本大輝 #体操競技

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
体操世界選手権、男子団体総合で8年ぶり優勝を飾った日本チーム(写真:ロイター/アフロ)

9月30日から10月8日までベルギー・アントワープで開催された体操世界選手権が幕を閉じた。日本は橋本大輝(順大)、萱和磨(セントラルスポーツ)、千葉健太(セントラルスポーツ)、南一輝(エムズスポーツクラブ)、杉本海誉斗(相好体操クラブ)がチームを組んで出場した男子団体総合で、2015年グラスゴー大会以来8年ぶりの優勝を飾り、パリ五輪に弾みをつけた。

橋本は個人でも金メダル2つ(男子個人総合、種目別鉄棒)を手にし、3冠に輝く大活躍。パリ五輪での団体金メダル奪還へ向け、頼れるエースとしての存在感を高めた。

■実は想定外の展開だった男子団体総合 

10月3日にあった男子団体総合。日本は後半の逆転で2015年以来となる金メダルに輝いた。

日本は1種目目のゆかで4位と出遅れたうえに、続く2種目目のあん馬では予選で日本勢トップの点を出していた千葉がまさかの落下。2種目を終えても4位にとどまる苦しい展開だった。

けれども、そこから後の種目で地力を見せ、逆転劇を演じた。4種目目の跳馬で3選手ともEスコア9点以上をマークする好パフォーマンスをそろえて一気に首位に立つと、残りの2種目でも高得点を並べて優勝した。

ただ、これは事前の想定とは逆だったという。

佐藤寛朗ヘッドコーチがこのように説明する。

「もともとは最初のゆかとあん馬で日本がリードして、鉄棒で突き放すという流れを想定していた」

ところが、試合が始まると思い通りにはいかず、日本は前半種目でつまずいたが、チームが結束して粘り強く演技を続けていくうちに逆転に成功。

「実際にやってみて想定通りにはいかないということと、(高得点を稼ぎたい)ゆかとあん馬で取り切れなくても、粘り強く試合をすれば、後半に勝てる可能性があるというのが今回分かった。そういった意味ではすごく収穫のある戦いだった」と佐藤HCは指摘する。

想定プランと想定外プラン、2つのパターンで勝つ道筋を作れるという手応えを口にしたのは萱だ。

「今年は後半種目で追い上げて勝ったが、本来の日本のプランとしては前半で貯金を作って、余裕を持って後半にいくという展開。でも、今回の経験で、前半で悪くても後半で巻き返せることが分かった。前半が良かったらその流れで最後までいけることも分かっている。勝ち方が分かった」

今大会ではすべて14点台をマークした萱和磨
今大会ではすべて14点台をマークした萱和磨写真:松尾/アフロスポーツ

■勝てた大きな要因は「着地」

団体金メダルを手にできた要因として選手とスタッフが口をそろえたのが「着地」だ。

佐藤HCは団体決勝を終えてこのように語った。

「前半種目ではかなり苦しかったが、後半は点数を考えるより、とにかく着地を止めていけば雰囲気は変わるということを選手たちに伝えてきた」

2015年から代表に入っている萱によると、この約10年で、今年は最も着地への意識付けが強かったという。

佐藤HCも「団体決勝の試合前も、しつこくて聞きたくないかもしれないけど着地を止めていきましょうと言った。それをみんなで共通認識として持って演技できたことが、跳馬からの流れをつくったと思います」と振り返る。

世界選手権初出場の千葉健太のさわやかな闘いぶりも印象的だった
世界選手権初出場の千葉健太のさわやかな闘いぶりも印象的だった写真:松尾/アフロスポーツ

■着地の意識付けに大きく貢献した内村航平コーチ

着地の練習ではフィジカル的なアプローチはもちろんだが、やはり、「止める」という意識の部分が重要だ。その観点で、今回の世界選手権前から就任した内村航平コーチの存在は明らかに大きかった。

佐藤HCは、「内村も常々言っていますが、着地を止めると減点がないだけでなく、雰囲気を変えたり、良い流れをつくったり、悪い流れを断ち切ったりできる効果がある、だからこそ大事だとみんなで話してきた。そういったところの意識が、着地の強さに結びついたのではないかと思う」と強調した。

実は、今大会では、体操界のレジェンドが初めてコーチに就任したということで、日本はもちろん世界各国のメディアが内村コーチのコメントを得ようと希望したが、彼は頑としてこれを断った。

「主役は選手」

その信念を貫き、自分が出ることを避け、大会中はメディアの前に決して姿を現さないように留意していた。

その分、エネルギーをすべて選手に注いだ。団体決勝ではサブ会場に張り付き、各種目のオーダー順に応じて選手たちを心身とも最高の状態に仕上げてから本会場へ送り込んだ。

宿舎では佐藤HCと同部屋になり、選手起用など戦略を練る際の参謀役にもなった。

佐藤HCは「補欠の入れ替えなど、悩むことが多かった中で、彼にはいろいろと助けてもらい、感謝しています。本当に彼の働きはすごく大きかった」と感謝した。

今大会で3つの金メダルを獲得した橋本大輝。鉄棒の着地の極意をつかんだことには大きな意義がある
今大会で3つの金メダルを獲得した橋本大輝。鉄棒の着地の極意をつかんだことには大きな意義がある写真:ロイター/アフロ

■団体総合、個人総合、種目別でメダルの色を左右する鉄棒の着地 

そして今大会で、非常に大きな価値を持つ「鉄棒の着地」を自家薬籠中のものにしたのが橋本だ。

昨年までの橋本は鉄棒の着地が不安定で、時に前へ大きく飛び出しすぎてマットの外に出そうになることもあった。それを努力で改善した。種目別鉄棒では微動だにしない完璧な着地を見せた。

佐藤HCは「もともとそこまで鉄棒の降り技が得意な選手ではないのですが、本人もそこを理解し、冨田(洋之)コーチがしっかりと指導してくださっている。鉄棒は最後の種目になることが多く、体力的にもしんどいので、バーを離した後に正しい軌道を描くのは凄く難しい。彼自身がしっかりと高い意識を持って練習してきた結果だと思う」と称賛した。

橋本も言う。

「やっぱり着地がすべての結果を左右するのかなと感じている。今大会は自分の強さを出せた試合だった。(内村)航平さんが言っていたように、着地を決めるということは最後の勝負の場面で最大の武器になると感じた」

鉄棒は団体決勝と個人総合決勝では最終種目になる可能性が高く、種目別決勝では鉄棒が男女全種目の中の大トリになる。

橋本が団体・個人総合・種目別鉄棒で「最後に着地決めて勝つ」姿を披露する実力を手に入れたことは非常に大きな価値がある。

課題もあったが収穫が多かった世界選手権。来年のパリ五輪に向けて日本が勢いをつけてきた。

パリ五輪でもこの光景を見られるか
パリ五輪でもこの光景を見られるか写真:ロイター/アフロ

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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