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【体操世界選手権】日本女子がパリ五輪の団体出場権を獲得! 熱き戦いの舞台裏 #体操競技

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
体操世界選手権でパリ五輪切符獲得に挑んだ日本女子チーム(写真:松尾/アフロスポーツ)

日本女子が5大会連続五輪となるパリ五輪の団体出場権を獲得した。

ベルギー・アントワープで開催中の体操世界選手権。女子団体総合予選に出場した日本(宮田笙子=順大、岸里奈=戸田市スポーツセンター、深沢こころ=筑波大、芦川うらら=日体大、畠田千愛 =セントラルスポーツ)は、合計158.497点で8位。

前回大会の上位3か国を除く予選9位以内に与えられるパリ五輪の出場権を手に入れ、2008年北京五輪から続く団体出場権を死守した。

「パリ五輪の団体出場権を取るチャンスはここしかない。そのチャンスをつかみに行くためにみんなで練習してきた」。エースの宮田が力を込めて語っていた目標は、重圧となって選手たちを苦しめたが、最年少16歳、最年長21歳、平均年齢19歳の精鋭たちは力を合わせて最後まで粘りきった。

岸里奈(左)は若手のホープ。豊島リサコーチはアトランタ五輪代表
岸里奈(左)は若手のホープ。豊島リサコーチはアトランタ五輪代表写真:松尾/アフロスポーツ

■ポディウム練習で苦しんだ跳馬を克服した岸

日本のスタート種目は跳馬。最初に演技をした畠田は「ユルチェンコ1回半ひねり」をきれいにまとめて13.500点。難しい一番手の役割をきちっと果たした。

続く深沢も同じく「ユルチェンコ1回半ひねり」で13.466点を出した。

3番手で登場したのは最年少の岸。今年からシニアに上がったばかりの16歳は、Dスコア5.0の「ユルチェンコ2回ひねり」の着地をピタリと止めて14.000点。さらには4人目の宮田も「ユルチェンコ2回ひねり」を余裕をもって決め、14.100点をマークした。日本は上位3人の合計点41.600点と上々の滑り出しとなった。

大事な最初の種目で殊勲と言える演技を見せたのは岸だ。9月29日に行われた本番会場での練習で、この日と同じ「ユルチェンコ2回ひねり」を跳んだ際に着地で右ふくらはぎを負傷。ダッシュで駆け寄った豊島リサコーチに抱きかかえられ、しばらく練習を中断するアクシデントがあった。

しかし、16歳は強気だった。「(ケガの)影響は気にせずにやった」と、淡々と振り返った。

段違い平行棒で「マロニーハーフ」を成功させた深沢こころ
段違い平行棒で「マロニーハーフ」を成功させた深沢こころ写真:ロイター/アフロ

■見せ場の段違い平行棒で落下しながらもDスコア6.0を死守した深沢

2種目目の段違い平行棒は、日本が最も苦手としている種目だ。

ここでも一番手として登場した畠田は、大会数日前の練習で失敗して肩を痛めた「マロニーハーフ」をがっちりと持ち、12.933点。

2人目の宮田も難関の「トカチェフ」を決めて13.366点を出した。

ところが、五輪出場権の重みは選手の動きをどんどん硬くしていった。3人目の深沢はこの種目を最も得意としている選手だが、普段はミスをしない、上バーから下バーへの移動でまさかの落下。それでも再びバーにとびつくと、予定の技を全部やりぬいてDスコア6.0を死守した。

そして、仲間のミスをカバーし合うのがこのチームの強みだ。4人目に出た岸は、ポディウム練習でミスが出た技を抜いて予定とは違う構成で挑むという難しい状況の中で12.166点。日本は上位3人の合計38.465点と、どうにか踏ん張った。

平均台で見事な演技を見せた芦川うらら
平均台で見事な演技を見せた芦川うらら写真:松尾/アフロスポーツ

■平均台でパリ五輪を引き寄せた芦川

3種目目は、女子の種目で最も緊張感の高い平均台。繊細なバランス感覚が求められるこの種目は日本が2021年(芦川)、2022年(渡部葉月)に2年連続で金メダルを獲得している得意種目でもある。

しかし、日本はここで不穏なムードに包まれてしまう。

一番手の畠田はぐらついた場面があったもののこらえて、13.166点とまとめたが、2人目の宮田が連続技で痛恨の落下となり、11.900点にとどまってしまったのだ。

さらに、3人目の岸も落下こそなかったもののバランスを崩す場面が複数あり、12.700点と伸びない。

だが、日本には芦川がいた。2021年世界選手権の種目別金メダリストは、Dスコア5.9、Eスコア8.100点、合計14.000点の高得点をマークし、チームの合計スコアを一気に伸ばした。

田中光・女子強化本部長は「芦川選手のあの演技が(五輪切符の)決め手となった。非常に高い緊張の中だったと思うが、本当に良い演技をしてくれた」と称えた。

3種目で一番手を任された畠田千愛
3種目で一番手を任された畠田千愛写真:松尾/アフロスポーツ

■「新技よりパリ五輪出場権」と覚悟を決めた畠田

こうして迎えた最終4種目目はゆか。近年は日本が得意とするようになってきた種目だ。ここで「団体出場権」に全神経を集中させたのが畠田だった。

今回、畠田は、上げた足を水平に保ってターンする「片足立ち3回ターン」を新技として申請。成功すれば技に「ハタケダ」の名がつく可能性がある中で、「パリ五輪の権利を取ることが一番大事」と、リスクのある3回ターンを封印し、2回ターンを選択することで演技全体をきっちりとまとめたのだ。

試合前は「自分の名前が技につくことはなかなかないこと。今の時代は技がたくさんあって、新技を探してもなかなか見つからない状態なので、新技に挑戦できるだけでも特別な機会だと思います」と語っていたが、日本のパリ五輪団体出場権だけにフォーカスし、12.600点。

3人目の宮田は珍しくミスが出たものの、4人目の岸が踏ん張り、日本は合計158.497点。最終班の3チームの演技を残した状態で6位となり、パリ五輪切符が確定した。

ゆかで「しゃがみターン」をする宮田笙子
ゆかで「しゃがみターン」をする宮田笙子写真:松尾/アフロスポーツ

■重圧を引き受けて闘い抜いた宮田

五輪の重みと出場権を獲得する難しさに打ち勝った選手たちは、互いに抱き合い、ねぎらいあっていた。

暫定順位が出た時の選手たちの表情は、歓びを爆発させるというのではなく、ホッとした様子だった。

今年1月の右かかと疲労骨折から苦しい日々が続きながらも、女子体操界を引っ張り続けたエースは、「後半は少しミスが出てしまったんですけど、その分周りがカバーしてくれたおかげで獲れた五輪の切符だと思う」と仲間に感謝した。

そして、「団体決勝では楽しく演技をできるようにして、メダルを狙っていけるようにしたい」と意気込んだ。

2日後の団体決勝をパリ五輪へのスタートとする心意気だった。

五輪切符の獲得に貢献して笑顔の畠田千愛(左)と芦川うらら
五輪切符の獲得に貢献して笑顔の畠田千愛(左)と芦川うらら写真:松尾/アフロスポーツ

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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