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【浦和レッズ】GK西川周作はどのようにしてクロスへの対応力を上げたのか

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
浦和レッズ加入から10年目のGK西川周作。プロ生活は19年目だ(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

■J1通算無失点試合は歴代1位の「177」

 長い間、GK西川周作のプレーを見てきたファン・サポーターなら、プレーの変化に舌を巻き、また、頼もしく感じているに違いない。

 今季はプロ19年目。育成組織から昇格してプロになった大分トリニータでは、1年目から正GKの座を手にし、2010年から所属したサンフレッチェ広島では2012、2013年のJリーグ連覇に貢献した。2014年から所属している浦和レッズでのプレーは今季10年目となり、この5月には自身2度目のAFCチャンピオンズリーグ優勝。浦和で手にした主要タイトルは5つ目だった。

 西川周作史上、最高の自分を更新し続けているのではないか?

 そんなふうに問いかけると、「これまでになかった感覚でやれているように感じていますね。シュートストップにしても、クロスボールへの対応にしても、しっかりと理由があっての動き方をやっと見つけられたかなと思っています」という答えが返ってきた。

 6月3日現在の浦和の成績は14試合8勝3分け3敗で勝ち点27。16試合消化が11チームある中で4位と好調を維持している。さらに西川自身は絶好調とも言えるパフォーマンスで、昨夏から歴代通算首位に立っている「J1通算無失点試合数」を177に伸ばしているところだ。

 理論にも裏打ちされた安定感について踏み込んで尋ねると、就任2年目のジョアン・ミレッGKコーチの下で取り組んでいることのひとつである「相手に打たせる前に防ぐ」というタスクについて語ってくれた。

「ゴール前の空間をどう守るか。シュートを止めるだけがキーパーの仕事じゃないというところで、いかに打たせないか。クロスボールを取ったりパンチしたりという部分は、Jリーグの中でも違いを見せることができていると思っています」

正確無比な左足キックはもちろん健在だ
正確無比な左足キックはもちろん健在だ写真:西村尚己/アフロスポーツ

■「ゴールを守ることを意識すると、クロスボールにも下がってしまう」

 さかのぼれば、クロスへの対応については昨秋の時点で大幅な改善ができているという手応えを口にしていた。

「トライしているのは、ゴールを意識するのではなくて、その前をどう防ぐか。やはり、ボールを意識してしまうと、クロスボールに対しても下がってしまい、ゴール前にへばりつくみたいな意識になってしまう。それは“ゴールの魔術”のようなものなんです。ジョアンが来てからはその考えを一度リセットして、ポジショニングだったり、構え方だったり、体勢だったりというところにトライしています」

 それまでの西川はゴールを守ろうとするあまり、クロスボールに向かって出て行く動きをとれなくなったり、迷いが出ていた時期があった。しかし、昨季からその思考は変化し、「今はクロスに出るのが楽しいと思えるようになりましたし、以前の自分だったらいけなかったボールもある中で、今は行けているという感覚もあります」と胸を張るまでになったのだ。

 変化したのは思考だけではない。技術的には動き出すべきタイミングが訪れるまでどっしりと動かないことが徹底してできるようになったことが大きいという。

「頭の中が整理されていて、クロスが上がってくる時に先に動くなどの予備動作をせず、しっかり地に足をつけていることができている。ステップを間違えずに動けているのはそれが要因。クロスを上げられたらどうしようというのではなく、メンタル的に落ち着いて、ドンと来いという感じでプレーができています」

2022年はチームキャプテンを務めた
2022年はチームキャプテンを務めた写真:つのだよしお/アフロ

■ミレッGKコーチが定める唯一の“禁止事項”とは…?

 西川の言葉から分かるように、昨年1月から浦和のGKコーチを務めているミレッコーチとの刺激的な学びの時間が、進化を促している。浦和では試合の翌日に4人のGK陣全員で失点シーンを振り返るディスカッションの時間を設けており、そこで的確なアドバイスをするのがミレッコーチの真骨頂。

 西川は、「ジョアンには引き出しがたくさんあります。ワンプレー毎に動き方の意味と理由があって、(失点回避のための)答えがセットになって返ってくるので、非常に学びやすい。味方がミスした時の解決方法も自分たちの頭の中にあるから、どういう動きをすればいいかが分かるんです」と学びの現場の様子を紐解く。

 失点後、気持ちをすぐに切り替えられたり、落ち着いていられたりすることは、好結果にもつながっている。今季の浦和は逆転勝利がリーグ戦だけで4試合。先制された後も慌てないマインドが身についているからこそ連続失点がなく、だからこそ同点に追いつけるし、逆転劇を可能にするというわけだ。

 昨季より今季のほうがさらに安定しているように見えるのにも明確な理由がある。

「昨年積み重ねたことが、今年は無意識の中でプレーに現れてきている。それが昨年と違うところです。昨年は考えながらプレーしていた部分もありましたが、今は身体がしっかり覚えて、動き方や角度のつけかたも自然とできてきているのかなと思います」

 西川によれば、ミレッコーチは「いつもGK陣の味方。自分も一緒にプレーしているつもり」というスタンスの持ち主であり、試合の序盤に失点しても「切り替えれば良い」と言い、怒るようなことをしない。例外はひとつだけ。

「やってはいけないのは、下を向いて考え込んだりすることですね。やるとすぐ怒られちゃう。だから常に顔を上げて、前を向いています」

5月には自身2度目となるAFCチャンピオンズリーグ優勝を果たした
5月には自身2度目となるAFCチャンピオンズリーグ優勝を果たした写真:ロイター/アフロ

■過去の自分を分解してでも「うまくなりたかった」

 36歳。数々の記録やタイトルを手にし、日本代表としての実績も重ねてきた。「西川周作」としての確立したプレーがある中で、一度リセットするという作業は難しかったのではないだろうか。

 そんな質問をすると、西川は「いえっ!」と首を振った。

「シンプルに、もっとうまくなりたいなって思ったし、以前の自分のままなら何だか伸びしろがないと感じた部分があったんです。うまくなりたいけど、でもどうしたらいいかわからないという状況でもあったところに、ジョアンが浦和に来た。ジョアンのことについては林彰洋選手(現ベガルタ仙台。2017、2018年にFC東京でミレッコーチに師事)から、“言われたことをできるようになると面白いよ”と聞いていました。だから、自分から一度ゼロにしようと思ったし、ジョアンからも、素直に聞いてくれたら絶対うまくなると言われました」

 1年目だった2022年1月の沖縄キャンプではミレッコーチに対し、「聞いて、質問して、聞いて、質問してということを続けた」という。「練習しているうちに、失点の確率を減らしてこられているという感覚があったんです。前だったらノーチャンスと思えることも、どうにか防げたなと思えたりして」。その実感が新しいことへ取り組む心を加速した。

 かなり先の話になるが、西川はいずれ指導者になりたいと思っているという。「現役を終わって自分が指導者になった時、技術面も考え方もジョアンのような指導の仕方を落とし込んでやっていきたいというくらい楽しいです」とも言う。

「まだまだ終わりない作業なんですけどね」

 6月18日は37歳の誕生日。渋みや重厚さをまといながらも、笑みを浮かべる顔はやはり若々しかった。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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