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【体操】「僕は1段ずつしか登れないタイプ」谷川航が初めて手にした個人総合銅メダルの意義

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
体操世界選手権の男子個人総合で銅メダルを獲得した谷川航(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 初出場だった2017年世界選手権から5年。東京五輪の体操男子団体銀メダルメンバーの1人、谷川航(セントラルスポーツ)が、英国リバプールで開催された世界選手権で、初の個人メダルとなる男子個人総合銅メダルを獲得した。

■予選1位の“特権”。鉄棒の最終演技者として登場

「ミスを出さないで粘り強く、最後まで通し切ることができた。やり切ったという気持ちです」

 言葉と表情に充実感が漂った。大会前から好調で、個人総合予選では橋本大輝を抑えて1位で通過。予選の順位で試技順の決まる決勝では、会場にいるすべての人の注目を浴びる最終種目の鉄棒に最終演技者として登場し、着地までしっかり通した。

「最終演技者というのは日本でもやったことがなかったのですが、意外と冷静でした。多少のフワフワ感はあったけど、自分のいつも通りのことをできるだけやろうと思って、それができた。だからすごく成長できたかなと思います」

 6種目とも安定感が光った。元々得意だったゆかで14・266点を出して無難にスタートすると、猛練習で克服した苦手なあん馬をうまくまとめて13・766点。続いては東京五輪のメンバー構成を考えてとりわけ強化した種目のつり輪で13・833点。4種目めの跳馬は谷川航にとってパワフルさで個性をアピールできる得意種目。Dスコア6・0の大技「リ・セグァン2」を跳んで着地をピタリと止めた。

「団体決勝の跳馬では力んで前に行きすぎてしまっていたので、今回はリラックスしてあまり力まないように、気持ちよくできた。立ててよかった」と胸を張った。出来映えを示すEスコアが9・0点と低めに抑えられたことには首をかしげながらも、「多分、頭が下がっちゃって低い着地だったからだと思う。種目別決勝ではもっと高い着地をしろということだと思うので、(重心が)後ろに行けるような着地したいなと思います」と前向きな改善点として受け入れた。

 さらに得意な平行棒では14・766点のハイスコアをマーク。最後の鉄棒も離れ技の「カッシーナ」などを決めて13・600点。合計85・231点で堂々の3位になった。

「これまで個人総合も種目別も世界戦で決勝に残ったことがなかったので、まず、決勝に残った時点で僕的には『よし、残れたぞ』という気持ちだった。こういう経験は今後できるかわからないから、楽しもうという感じで思い切ってやった」と声を弾ませた。

2017年世界選手権の平行棒の演技
2017年世界選手権の平行棒の演技写真:YUTAKA/アフロスポーツ

■2017年の世界選手権初出場から5年

 順大3年生だった2017年に初めて世界選手権代表に入り、既に6年目。同期の白井健三や萱和磨が個人種目で表彰台に上がる横で、自らも高い実力を持つからこその悔しさもあっただろう。

「毎年悔しい思いをしてきた。今年も団体は悔しかったですが、この悔しさがあるから頑張れるのだなという思いもある。やっぱり、簡単じゃないから楽しい。簡単すぎたら面白くないのかなとも思いつつ、でもやっぱり勝ちたいなという思いでやってきた」

 複雑な思いをそのように表現した。

 実は今回の世界選手権の代表選考に関しては、谷川航は個人総合上位での選出ではなかった。しかし、負傷で6種目の練習をできない選手も現れた中で、水鳥寿思男子監督は「大会前に一番調子が良かったのが航だった」と起用を決断。日本チームの戦略として出場2選手がともに表彰台に上がるという目的を明確にしたうえで谷川航を送り出し、見事に橋本とのダブル表彰台を実現した。

 日本勢のダブル表彰台は2014年に中国・南寧で開催された世界選手権で内村航平が金、田中佑典が銅メダルを獲得して以来、8年ぶりだった(※2013年に内村が金、加藤凌平が銀。2011年は内村が金、山室光史が銅)。種目の得手不得手を超え、伝統的に個人総合を重視してきた成果を結果に反映させたことにも価値がある。

谷川航の跳馬の技はどれも「脚の強さ」が必要だ
谷川航の跳馬の技はどれも「脚の強さ」が必要だ写真:YUTAKA/アフロスポーツ

■得意の跳馬で見つかった課題も

 一方で、谷川航個人としては課題も見つかった。今回は個人総合の他、種目別跳馬でも決勝に残ったが、Dスコア6・0の超大技「リ・セグァン2(屈身ドラグレスク)」で出来映えを示すEスコアが伸びなかった。

 さらに種目別決勝では課題がより明確になった。谷川航はDスコア6・0の「リ・セグァン2」を跳んだものの難度認定がされず、Dスコア5・6。着地もやや動いたために、Eスコアも低く、さらにはラインオーバーで0・1点の減点もあった。Eスコアが伸びなかった理由として谷川航が考えたのは、種目別決勝で同じ「リ・セグァン2」を跳んだカルロス・ユーロ(フィリピン)らの空中姿勢と比べて、屈身姿勢がほどけてヒザが曲がってしまうタイミングが早いこと。

「来年以降、どう対処していこうかというのを今考えている。カロイ(カルロス・ユーロ)やトルコの選手が綺麗にヒザを伸ばした状態で着地に入っていくので、そこと比べられて抱え込みという判定になってしまう。これから修正していく必要がある」(谷川航)

 課題が見つかった反面として、手にした収穫で最も大きなものは「自信」だろう。これまでの谷川航は、合宿や試技会でのハイパフォーマンスと比べて、本番でなかなか力を出し切れないという傾向が見受けられた。今回は個人総合予選を1位で突破し、決勝も3位と実力を出し切った。ピーキングを合わせるという、厚かった壁を打ち破ったことは大きな自信になるはずだ。

今回の世界選手権は2019年大会以来となる弟の谷川翔(右)との兄弟出場だった
今回の世界選手権は2019年大会以来となる弟の谷川翔(右)との兄弟出場だった写真:YUTAKA/アフロスポーツ

■「一気にすっ飛ばしていけないタイプだなと自分で思う」

「今年、やっと決勝に残れて、少しずつ成長していることを自分の中で感じられています。個人総合では失敗しないことが一番大事。あん馬で落ちたり、鉄棒で落ちたりするとそこでメダル争いからは厳しくなる。今回、多少ふらつきがあっても通しきることができれば個人総合で結果を出していけるのかなということを感じた」

 結果を出したことで多くの気づきを得ることができた。谷川航はこのように言った。

「僕は本当に1段ずつしか登れないタイプ。一気にすっ飛ばしていけないタイプだなと自分で思う。そんなに欲張らず、少しずつ自分の成績を伸ばしていけたらいいのかな。来年はまたこれ以上の成績を残せるように、少しでも階段を登れるようにやっていきたい」

 24年のパリ五輪を見つめるように、力強く言った。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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