3年後のパリ五輪で団体金メダルを奪還すべく、すでに再スタートを切っている体操ニッポン勢。東京五輪の代表入りを僅差で逃した悔しさをバネに、パリ五輪では必ず日本の力になると誓っているのが、今春から徳洲会入りした杉野正尭(たかあき)だ。

 身長170センチ。ダイナミックでスピード感のある演技を武器とする22歳が一躍名を上げたのは、東京五輪の団体メンバーを決める最後の試合となった6月の全日本種目別選手権決勝だった。

 得意のあん馬と鉄棒に出場した杉野は、団体総合の4枠目の選考で北園丈琉(徳洲会)とほぼ一騎打ち。最終種目の鉄棒で渾身の演技を見せて「シャーッ!」と雄叫びを上げ、感無量の涙を流す姿は多くの人々の目に焼き付いた。

 結果的にわずかな点差で北園に及ばず、代表入りはかなわなかったが、杉野が見せた魂のこもった演技や、スポーツマンシップにあふれる振る舞いは、体操競技の価値をあらためて知らしめてくれるものだった。

東京五輪代表選考会のラストとなった6月の全日本種目別選手権決勝で着地を止めてガッツポーズをする杉野
東京五輪代表選考会のラストとなった6月の全日本種目別選手権決勝で着地を止めてガッツポーズをする杉野写真:松尾/アフロスポーツ

■鹿屋体育大学1年の17年に種目別あん馬で日本一に

 1998年、三重県生まれ。鯖江高校を経て鹿屋体育大学に入学した17年、杉野は「東京五輪出場」を目標に定め、個人総合を伸ばしつつ、得意のあん馬と鉄棒で団体貢献ポイントを取るという戦略を同大学の村田憲亮監督とともに立てた。

 その後は着実に力を蓄えていった。もともと得意だったあん馬は、1年生だった17年に全日本種目別で初優勝。19年も制した。鉄棒では大学3年から「コバチ+コールマン」の連続離れ技を演技に組み込むようになり、年ごとに完成度を上げた。東京五輪が1年延期になった昨年は跳馬で「ロペス」を使えるようになり、個人総合の底上げにも成功した。

 こうして迎えた今年4、5、6月の東京五輪代表選考会。男子団体メンバーは5月のNHK杯を終えた時点で4枠中2人(橋本大輝、萱和磨)が決定し、「団体貢献度」で争う残り2枠のうち1枠は谷川航がほぼ確実という状況になった。

 NHK杯で6位だった杉野は、貢献ポイントにより、4枠目の1番手という位置につけた。ところが、6月の全日本種目別選手権予選で4月に右ひじ骨折をしていた北園が誰も予想しなかったほどの回復ぶりを見せ、杉野を逆転した。

あん馬がもともと得意だった(撮影:矢内由美子)
あん馬がもともと得意だった(撮影:矢内由美子)

■ミラクル復活の北園丈琉に逆転された

 一歩後退して選考会最終日の種目別決勝に臨んだ杉野は、最初に出たあん馬ではまさかの落下となったが、「勝負は鉄棒だ」としっかり気持ちを切り替えて鉄棒に挑んだ。北園を上回るには自身が今まで一度も出したことのない15・018点が必要。極限まで集中力を高めた杉野の演技には凄みすら漂っていた。見せ場の「コバチ+コールマン」や片手車輪は長身選手ならではの雄大さがあった。着地まで完璧だった。

「120%の演技をできました。ゾーンに入ったような感じになり、気付いたら村田監督と抱き合っていて、自然と涙が出ていました。感動とか悔しいとかという気持ちもなく、自己採点をする暇もありませんでした。それぐらい究極の場所でした」(杉野)

 結果は15・000点。杉野にとってこれは自己最高点だったが、五輪代表には届かなかった。

■杉野が見せたスポーツマンシップ

「僕の点が出た時点で丈琉が勝ったのは分かりました」

 無念の思いが込み上がった。しかし、自分の後に鉄棒の演技をした北園が着地を決めるのを見ると、自然と手が動いていた。杉野は北園を拍手で称えていた。その前、ミスをしてモヤモヤしていたであろうあん馬の演技後も、北園とすれ違う時にはグータッチしながら「ガンバ」と声を掛けていた。

 すべての演技を終えた後の表情には悔しさがにじんでいたが、ベストを尽くし、力を出し切った選手だからこその潔さが漂っていた。

 この時、杉野の胸の中で浮かんできた言葉がある。大学時代に村田監督から聞いていた「観客も審判も選手も全部巻き込める選手が最後にオリンピックに行くんだ」という言葉だ。

「それができていたのは丈琉だったのかなと素直に思えました。全日本種目別選手権予選の丈琉は僕らの想定を超えていました。でも、僕には“自分も負けなかった”という思いがありますし、やっぱりオリンピックに行きたかったという気持ちがあります。まだ23年しか生きていないですけど、一番の悔しさでした。すごく感情が揺れ動きました」

6月の全日本種目別選手権鉄棒では橋本大輝、内村航平に続き、僅差で3位になった。上2人を見るだけで杉野のレベルの高さが伝わる
6月の全日本種目別選手権鉄棒では橋本大輝、内村航平に続き、僅差で3位になった。上2人を見るだけで杉野のレベルの高さが伝わる写真:YUTAKA/アフロスポーツ

■「周りから見ると僕の成績は想定外だったかもしれないけど」

 それから3カ月あまり。東京五輪で日本男子は団体総合銀メダルとなり、橋本が個人総合と種目別鉄棒で金メダル。種目別あん馬で萱が銅メダルを獲得した。今、体操ニッポンは「パリ五輪で団体金メダルを」という機運で盛り上がっている。

 杉野の胸中には悔しさも残っているが、大学1年生の時に立てた計画をきっちり遂行し、東京五輪の代表選考会を最後まで競り合ったことで得た大いなる自信がある。

「僕が東京五輪の選考の枠内にいたのは、周りの人から見ると想定外だったと思う。でも僕らとしては計画通り。努力ということでは五輪のメンバーにも負けないくらいやっていたと思います」。胸を張ってそう語る。

■今春に徳洲会入り。まずは全日本シニア選手権団体優勝を目指す

 徳洲会の一員になって最初に出る団体戦は9月23日に行われる全日本シニア選手権(山形県酒田市)になる。

 チームには同期として加入した4歳下の北園や東京五輪代表選考の4枠目をともに争った武田一志がいる。目指すは団体優勝だ。

「徳洲会は選手一人ひとりのモチベーションが非常に高いですし、今年は年齢が若くなり、これから勢いがどんどん出てくる時代になると思います。全日本シニア選手権の団体ではセントラルスポーツの牙城を崩し、徳洲会の強さを見てもらいたいです」

 そして、大きな目標はもちろんパリ五輪だ。

「今年のような悔しい思いをしたくない。日本にとって自分が何をしなければいけないかというイメージを持って、毎日練習しています。できる、というイメージもあります」

 強い気持ちが伝わってくるだけに期待も膨らむ。ダイナミックな演技には、見る者の心をどんどん巻き込んでいく魅力がある。3年後に向けて目を離せない選手である。

会見でさわやかに受け答えをする杉野
会見でさわやかに受け答えをする杉野写真:松尾/アフロスポーツ

◆杉野 正尭(すぎの・たかあき)◆

1998年10月18日、三重県津市出身。4歳上と2歳上の兄が先に体操を始めていた流れで6歳で体操を始める。久居体操クラブから東観中、高校は福井県の鯖江高校へ進み、大学は鹿児島県の鹿屋体育大学。大学1年生だった2017年の全日本種目別選手権あん馬で初優勝し、19年も同種目を制した。得意種目はあん馬と鉄棒。ナショナルナンバーは「200」。身長170センチ、体重60キロ。