“日本のお家芸”女子レスリング。 東京五輪で2階級目の金メダルを目指すのが、エースの川井梨紗子(25=ジャパンビバレッジ)だ。

 16年リオデジャネイロ五輪63キロ級で頂点に立った後に階級を変更し、東京五輪は57キロ級で代表に内定している。1年後、 57キロ級の試合がスタートするのは8月4日。この日に合わせてインタビューに応じた川井が、自身を強くさせた伊調馨との闘いや、五輪の1年延期を受けて新たに取り組んでいることについて語った。

■女王らしさが浮かぶ落ち着いた佇まい

 7月中旬、リモート取材の画面越しに見る川井の表情は、泰然自若とした雰囲気が漂っていた。まずは東京五輪が延期した時の率直な気持ちを聞いた。

「正式に発表された時はショックもありましたが、やっぱりそうなるだろうなと、意外と冷静に受け止めている自分もいました。少し時間がたってからは、『またしんどい練習をしないといけないのは苦しい』とも感じましたが、これは五輪を目指す選手全員に言えること。ネガティブに受け止めないようにしていました」

 6月に人生初のぎっくり腰になり、制限のある中での練習の難しさを痛感しながらも、腰の状態はすでに回復していると言い、今は気持ちを切り替えて毎日を過ごしている。落ち着いた佇まいに、女王らしさが浮かんでいる。

インタビューで終始落ち着いた佇まいを見せていた川井梨紗子(撮影:矢内由美子)
インタビューで終始落ち着いた佇まいを見せていた川井梨紗子(撮影:矢内由美子)

■「代表に決まるまでの過程が自信になっている」

 レスリング選手だった両親の間に生まれた川井が、本格的に五輪をターゲットにし始めたのは、12年ロンドン五輪後だ。ただし、まだ10代だったため、13年と14年は世界ジュニア選手権に出場している。(13年55キロ級、14年59キロ級でいずれも優勝)

 着実に競技力を向上させてきた時に直面したのが、伊調という大きな壁だった。04年アテネ、08年北京、12年ロンドンの63キロ級で五輪3連覇を果たしていた伊調が、川井がいる58キロ級に階級を下げたのだ。

 伊調との代表争いを避けるべく、栄和人監督から 階級変更を言い渡された川井は、涙しながら悩み抜いたうえで、63キロ級への階級変更を決断。見事にリオ五輪を制した。そしてリオ五輪後、今度は本来の自分の体格にマッチした57キロ級に戻した。

 リオ五輪前は世界選手権を制したことがなく、チャレンジャーの立場だった川井だが、東京五輪には「五輪金メダリスト」「世界選手権3連覇」の肩書きで臨むことになる。いわば、完全に追われる立場であり、前回以上の重圧は避けられない。

 しかし、表情に力みはない。

「もちろん2回目の方がプレッシャーがあるというのも分かっています。でも、ここに来るまでの過程がとてつもないものだったので、それを自信にして戦えるのではないかと思っています。本当に、東京五輪の代表に内定するまでが凄く濃かったですから」

19年7月6日のプレーオフ。青のシングレットを着用している選手が川井梨紗子。伊調馨に技をかける(撮影:矢内由美子)
19年7月6日のプレーオフ。青のシングレットを着用している選手が川井梨紗子。伊調馨に技をかける(撮影:矢内由美子)

■「あのプレーオフを乗り越えたから、私は大丈夫」

 「川井vs伊調」。それは日本のレスリング史 に残る壮絶な代表争いだった。まずは18年12月の直接対決で、川井は伊調の前に屈して涙し、家族に「レスリングを辞めたい」とこぼすほど落ち込んだ。しかし、後がない状態で迎えた19年6月、 今度は川井が一矢報いて1勝1敗とする。

 こうして迎えた19年7月6日。世界選手権の日本代表を決める世紀のプレーオフが行われた。五輪金メダリスト同士によるビッグマッチは、日本中が注目する白熱の展開となり、接戦の末、川井が伊調を下した。

 五輪決勝以上と表された ハイレベルで緊迫した戦いを制した川井は、9月の世界選手権で優勝し、東京五輪の代表に内定した。

 この時の心境を、今回のインタビュー川井はこのように振り返った。

「世界選手権ではもちろん緊張しました。でも、ここまで苦しい思いをして、厳しい戦いをくぐり抜けてきた選手は自分くらいしかいないだろう。そう思うと、自分の力を出し切れば大丈夫と思えたのです」

 伊調とのプレーオフを乗り越えたことで、川井は一皮むけている自分に気づいていた。

「これから先も苦しいことはあるかもしれないけれど、馨さんとのプレーオフ以上はないと思います。馨さんに勝ったから私は大丈夫。そう思えます」

試合は「ビッグポイントの差」で川井梨紗子が制した(撮影:矢内由美子)
試合は「ビッグポイントの差」で川井梨紗子が制した(撮影:矢内由美子)

■伊調と戦う前、母と語り合ったこと

 前述の通りレスリング経験者である川井の母・初江さんは、1989年世界選手権に出場した元トップ選手だ。小2でレスリングを始めた川井は母の指導を受けて育っている。伊調とのプレーオフの前、川井は母としみじみ語り合ったそうだ。

「馨さんが続けていなければ、私もここまで馨さんを追いかけてはいないし、これほど注目されることもない。馨さんが続けてくれていたからこそ、私はここまで強くなれたし、これほど注目されるプレーオフが実現している。そんな話をしたのです」

 川井はさらに続ける。

「ずっと馨さんに勝てなくて、苦しくて、この人さえいなければと思ってしまう時もありました。でも、馨さんがいなければ私はここまで来ていないと思う。五輪を目指すようになってからの私にとって、馨さんが大部分 。大きな存在です 」

■受け継ぎ、未来に繋げたい「日本女子レスリングの伝統」

 63キロ級から57キロ級に階級を下げてから4年 。川井は現在の自分をこのように客観視している。

「63キロ級の時の方がパワーはあったかもしれないですけど、リオ五輪を経験してからレスリングの奥深さを知り、4年前より今の方が戦い方の幅は広がっていると思っています」

 今は東京五輪が1年延びたことで、そこへプラスしていくためのヒントを掴んでいるという。ウエイトトレーニングの専門家に指導を受け、体の土台作りから取り組むようになったことで、左右バランス などが修正されつつあり、「1年後はもっと上手く体を動かせるようになる」と手応えを掴んでいる。

女子63キロ級で代表に内定している妹の川井友香子(右)と(撮影:矢内由美子)
女子63キロ級で代表に内定している妹の川井友香子(右)と(撮影:矢内由美子)

 日本の女子レスリングはアテネ五輪を出発点に、4大会で計11個の金メダルを獲得している。階級を替えての連覇を目指すエースの川井には、伝統を繋いでいくことへの期待もある。

「女子レスリングが五輪種目でなかった時からやってきた母のような人々がいて、今、自分たちが表舞台で活躍できています。『五輪で勝ち続ける』と言う のは重いことですが、やはり続けていきたい。私がリオ五輪で勝ったように、『次は自分が金メダルを獲る』と思う年下の子たちが出てくれるのが嬉しい。伝統を受け継ぎたいし、繋げてもいきたいです」

 取材の最中には、63キロ級の代表に内定している妹の友香子も来てくれた。2人は今、ともに東京五輪の頂点を目指している。

 歩んできた道。強大なライバル。母をはじめとする偉大な先駆者たち。周りの全てを肯定するすがすがしさに、川井の強さの理由がある。

画像制作:Yahooニュース
画像制作:Yahooニュース

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【連載 365日後の覇者たち】1年後に延期された「東京2020オリンピック」。新型コロナウイルスによって数々の大会がなくなり、練習環境にも苦労するアスリートたちだが、その目は毅然と前を見つめている。この連載は、21年夏に行われる東京五輪の競技日程に合わせて、毎日1人の選手にフォーカスし、「365日後の覇者」を目指す戦士たちへエールを送る企画。7月21日から8月8日まで19人を取り上げる。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】