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「東京五輪も、パリ五輪も」女子バスケの至宝・渡嘉敷来夢 金メダルに懸ける思い

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
日本女子バスケ界の至宝・渡嘉敷来夢。彼女がいる時代に日本はどんな歴史を刻めるか(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 大黒柱。100年に1人の選手。渡嘉敷来夢(とかしき・らむ、29=ENEOSサンフラワーズ)は、誰もが認める日本女子バスケットボール史上最高の万能プレーヤーだ。

 身長193センチという世界基準の高さがあり、得点力やリバウンド力に優れている。走力や俊敏性も備えている。国内の「Wリーグ」では6年連続、合計7度のMVP受賞。日本代表としては2016年リオデジャネイロ五輪でベスト8入りの立役者となった。

 日本女子は東京五輪の目標として「金メダル」を掲げている。開催が1年後となった今、渡嘉敷の思いに変化はないのだろうか。率直な思いを聞いた。

■「レベルアップできる時間が増えた」ポジティブ思考の源

「コロナの自粛期間は、私が一番良い時間を過ごしたんじゃないかなと思っています」

 リモート取材の画面の向こうにいる渡嘉敷は、いつもの彼女らしい、はつらつとした表情と口調だった。

 ともにリオ五輪で戦い、所属チームでもホットラインを組んできたポイントガードの吉田亜沙美がチームを退団。年下の藤岡麻菜美は引退した。コロナによる世の中の変化や東京五輪の延期は、女性アスリートの心理に大きな影響を与えているが、渡嘉敷はどんな気持ちだったのか。

「チームはWリーグ12連覇が懸かっていたので、プレーオフファイナルまでやりたい気持ちはありました。でも、安全面を考えれば中止や五輪の延期は仕方ないと思えました」

 渡嘉敷はすぐに気持ちを切り替えた。

「また1年間、日本代表と向き合える。レベルアップできる時間が増えたと思いました。実際 、この数カ月は、代表合宿があったらできなかった3点シュートの練習を思う存分にやりました。筋トレも今までにないくらいやったので、親に会ったらときに『来夢、太った? 背中や脚が変わったよ』と言われたんですよ」

 そう言って笑顔を見せた。

来季の新ユニフォームを着る渡嘉敷来夢。力を伸ばしつつある若手選手と切磋琢磨しながらチームを強くしていきたいと考えている(ENEOSサンフラワーズ提供)
来季の新ユニフォームを着る渡嘉敷来夢。力を伸ばしつつある若手選手と切磋琢磨しながらチームを強くしていきたいと考えている(ENEOSサンフラワーズ提供)

■恩師であるホーバスHCの教えで意識改革

 ポジティブな思考を作ってくれた恩師がいる。リオ五輪翌年の17年から日本女子を率いるトム・ホーバスヘッドコーチ(HC)だ。ENEOSに入って1年目の頃、練習でミスをするたびに「ごめんなさい」 と謝っていた渡嘉敷は、ホーバスコーチに叱られた。

「その『ごめんなさい』、やめてー!」

 大きな声で言われた。

「そのとき以来、トムさんが怖くて、謝れなくなりました(笑)。元々はネガティブな性格だった私が今こうやってポジティブな人になっているのは、トムさんのお陰だと思います。ミスは誰でもするし、コートでは謝ってペコペコしている場合じゃありません」

 ケガをしたことも考えに変化をもたらした。渡嘉敷はルーキーだった10‐ー11年に新人賞とMVPを獲得する活躍を見せたが、足首を痛めて12年1月に手術をしている。そのため、同年夏にあったロンドン五輪世界最終予選はメンバー外。日本は五輪切符を逃した。

「ケガと手術で、バスケットボールをできない期間があったことも、ポジティブに考えるようになった理由です。プレーできている時間は楽しくやった方がいいですからね」

■アメリカ代表選手に持たせてもらった金メダルの重さを忘れない

 1年という時間を生かし、限界までレベルアップした状態で挑みたい相手がいる。リオ五輪の準々決勝で対戦し、64-110で敗れた女王・アメリカだ。

 渡嘉敷は当時、アメリカ・女子プロバスケットボールリーグ「WNBA」のシアトル・ストームでの2年目を迎えていた。五輪5連覇中だったアメリカで培った実力を、日本のために披露したい思いは強かった。

 アメリカとの対戦前、日本は予選ラウンドで3勝(2敗)し、渡嘉敷は得点ランキングの4位につけていた。心身ともに良い状態でティップオフを迎えた。

 立ち上がりから勢いを見せた日本は、シーソーゲーム状態で序盤を進め、前半を10点差で折り返す。日本がどこまで食らいついていけるか、ブラジルの観客も日本に声援を送っていた。

 だが、後半は一気に突き放された。本気になったときのアメリカは、実力を肌で知っているはずの渡嘉敷の想像をも超えていた。マッチアップしたティナ・チャールズ(当時ニューヨーク・リバティ)をはじめ、いくら日本が詰め寄っても、誰もが余裕を持っていた。

 渡嘉敷は日本最多の14得点。試合後に「楽しかった」とコメントしたのは嘘ではなかったが、WNBA出場のため、ブラジルからそのままシアトルに向かってチームに合流すると、悔しさが一気に膨らんだ。

 首から金メダルを提げているアメリカ代表の選手に、「来夢も掛けてみる?」と言われたが、「いや、東京五輪で掛けるからいい」と突っ張って断った。

「でも、ちょっとだけ持たせてもらって重さはチェックしました(笑)。あの重みを来年までずっと忘れずにいたいですね。それと、日本代表としてアメリカに勝って成長した姿を見せたいです」

17年4月、シアトルへ向かう前に囲み取材に応じた渡嘉敷来夢。WNBAシアトル・ストームには3シーズン在籍。17年のレギュラーシーズンはキャリアハイの33試合に出場した(撮影:矢内由美子)
17年4月、シアトルへ向かう前に囲み取材に応じた渡嘉敷来夢。WNBAシアトル・ストームには3シーズン在籍。17年のレギュラーシーズンはキャリアハイの33試合に出場した(撮影:矢内由美子)

■渡嘉敷「アメリカと決勝で対戦したらドラマになりますね」

 東京五輪に向けてあらためて思いを尋ねると、渡嘉敷は「メダルに向けて頑張っています。もちろん金メダルがいいですけど、何か形に残ればと思います」と率直な思いを語り、このように続けた。

「アメリカと決勝で対戦して勝ったらドラマになりますね。そのためには今、しっかりとやらないといけません。1年後はとにかく表彰台に立っていたいです」

 さらに、その先を既に見つめていることも自ら明かした。

「年下のプレーヤーも増えてきましたが、私はまだまだ引退するつもりはありません。もちろん、まずは東京五輪ですが、その次はもう一度、リオ五輪前のように、みんなで予選を闘い抜いて、自分たちの手で出場権を勝ち取って、パリ五輪に向かいたいんです」

 日本は2年に一度行われる女子アジアカップで13年から19年まで4連覇しており、実力的にも東京五輪出場は当然の結果だ。ただ、甘えではないにせよ、気持ちの片隅に「開催国枠」の存在はあった。

「今、若い選手たちがすごく力をつけています。私も彼女たちに負けず、あと5年は頑張りたい。必要とされる限りはやっていきたいです」 

 日本の至宝は力強く前を向いた。

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【連載 365日後の覇者たち】  1年後に延期された「東京2020オリンピック」。新型コロナウイルスによって数々の大会がなくなり、練習環境にも苦労するアスリートたちだが、その目は毅然と前を見つめている。この連載は、21年夏に行われる東京五輪の競技日程に合わせて、毎日1人の選手にフォーカスし、「365日後の覇者」を目指す戦士たちへエールを送る企画。7月21日から8月8日まで19人を取り上げる。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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